獅子 episode.1&side

 夏祭りが、好きだった。

 小学生の頃、地元の学校で開催されるお祭りに行く時は、お小遣いを握り締めて、すごくわくわくして向かったのを覚えている。たくさんの屋台を前に、一体どれから食べようか、遊ぼうかと――、選ぶ時の楽しさを、覚えている。

 私にとって、お祭り当日というのは、心弾むものだった。

 ――だったはずなのに。


「全然わくわくしない……」

「ああ?そりゃこっちの台詞だよ。なんでお前なんかとこんなとこに」

「へっ!?き――聞こえてました!?」

「隣で歩いてんだから当たり前だろうが!」

 うわ、しまった!独り言のつもりだったのに!

 ――空は快晴。絶好のお祭り日和。

 なのにどうしてこんなに気分は沈んでるんだろう……。

 私は、レーヴェさんと一緒に収穫祭会場へと向かっていた。

 ――あの後、ヴァーゲさんには、どうにかこのセッティングを解除してもらえないかと、何度もお願いしたのだけれど――、ヴァーゲさんは優しい笑顔を保ったまま、それでも頑として譲ってはくれなかった。

 ――意外と頑固な人なんだな……。

「ったく、ヴァーゲの奴、無理やり送り出しやがって……」

 どうやら、レーヴェさんも、彼から強制的に参加させられてるみたいだ。

 ……ヴァーゲさんって、一体何者なんだろう……。

「あのな、前にも言ったが、オレはお前を主神と認めてないからな。おとなしく供なんかしねえぞ」

 剣呑な視線で一瞥され、冷たく言い捨てられる。

 ……やっぱり、この人からは良く思われていないんだな。

 こうもあからさまに感情を出されるとやっぱりヘコむけれど……。

 ――ここまで来たら、落ち込んでばかりじゃ仕方がない。

「分かってます。私も自分が主神にふさわしいとは思っていません。だから――あなたに従って欲しいなんて言いません」

「はん!よく分かってるじゃねえか。いい心がけだ」

「だから、これは単なるお願いなんですが――」

 私は、腹をくくって言う。

「今日一日、私と一緒に収穫祭を巡ってください!」

 ――こうなったら、仲良くなれるよう、目いっぱい努力してやる!


 広場は、にぎやかな喧騒に包まれていた。多くの屋台が並び、人々が楽しそうに笑いさざめいている。

 けれどその光景を見て、私は呆気にとられた。

「なんでヨーロッパ風の町並みに、日本の縁日が展開されてるの!?」

 並んでいるのは、たこ焼き、焼きそば、金魚すくいなどなど――、私にとって非常に見覚えのあるものばかりだ。正直言って、外観とのミスマッチが半端無い……。

「ニホン?何だそれは」

「あ、日本って言うのは、私の出身国なんですけど……」

「ふん、なるほどな。じゃあこの街が、成長過程であんたの影響を受けたんだろう。仮にもあんたが神ってことになってるからな」

 こ、こんな影響が……。

 ――ふむ。欧風の収穫祭を楽しみたかった気持ちもあるけれど、これはこれで嬉しいかもしれない。すっごく懐かしいし。

 あ、でもこれはチャンスかも。勝手知ったる日本の縁日なら、レーヴェさんを案内しやすい!

「レーヴェさん、それじゃ、私が、出展してるお店についてご説明しますね」

「ほう。いいだろう、案内したいというなら、させてやる」

 ようし、遊べる屋台で盛り上がろう作戦開始だ!

 

「これは、射的っていって――、あそこにある景品を、このおもちゃの銃で撃って、落とせたら戦利品としてもらえるんです」

「要するに狩りだな。いいじゃねえか。俺好みだ」

 レーヴェさんが不敵に笑う。あ、ちょっと興味を持ってくれたみたいだ。

「じゃあ、まずは試しに私がやってみますね。こうやって――えい!」

 ぽこん、と残念な音を立てて、私の打った弾はあさってのところに当たった。

「あ、あれ……失敗。――今度こそ!」

 ぽこん。ぽこん。――ぽこん。

 ……うううう。全弾外してしまった……。

 がっくりと肩を落とすと、レーヴェさんに銃を取られた。

「どんくせえなあ……。貸してみろ」

 そして無造作に銃を構えると、レーヴェさんは即座に連続で弾を発射した。

 パン、パン、パンッ。

 小気味いい音を立てて、次々と景品が倒れていく。

「す――すごい!レーヴェさん、全部当たったよ!?」

「当たり前だろ。あんなとろくさい的、外す方がどうかしてる」

 興奮気味に私が言うと、ズバッと切り捨てられる。うう、レーヴェさんがすごいんだと思うけどなあ……。

 くそー、でも、ちょっと悔しい。

「次!次のお店に行きましょう!」


「なんだこりゃ。魚……か?」

「金魚、って言うんです。この、紙でできた『ポイ』っていう道具で金魚をすくうんですよ。すぐに破けちゃうから、結構難しいんです」

 そう言って試しにすくおうとするけど、2匹目に挑んだところで私のポイはあっけなく破れてしまった。

「ああー……」

「はっ、確かに、破れやすいみてえだな」

 皮肉げに言いながら、レーヴェさんもポイを手に取る。

 そして、瞬く間に器が一杯になるまで金魚をすくってしまった。

「え、ええ!なんでそんなに上手なんですか!?初めてやるのに!」

「こんなもん、なるべくこいつを濡らさない様にして、魚の重さと水圧のかかる位置を調節すりゃすくえるだろ」

 レーヴェさんはいかにも簡単そうに言うけれど、すぐにそれを見抜くのもすごいし、分かってても普通はそれを実践するのが難しいんだと思う……。

「レーヴェさんって、判断力も反射神経も、応用力もとても高いんですね……」

「オレのすごさを理解したか。いいぞ、もっと言え」

 く……、この性格さえなければもっと尊敬できる人なのに……っ。

 ――でも、すごいことはすごいと思うから、褒め言葉は素直に口から出た。

「本当に、私なんかよりずっと実力のある人だと思います」

「お前が鈍くさいだけなんじゃねえの」

 ……くそう!言い返せない!

 ――その後もレーヴェさんは、ヨーヨー釣りでも、ボールすくいでもその技量を披露し、果てはくじ引きでさえも、見事にトップクラスの景品を引き当ててしまったのだった。

 こ、この人、運も味方につけてるんだ……。そりゃあ、自信満々な人にもなるよね……。

 運も実力も備わってるんだもん。決して口だけの人ではない。

 ちなみに、戦利品は全てお店側に返しておいた。――神様が街の人のものを取るわけにはいかないもんね。


 一通り遊びつくしたので、軽食を買って一休みしていた――、その時。

「――うわぁああん……。うわーーぁああん!」

 悲しそうに寂しそうに泣く、子供の声が聞こえた。

 見ると、4・5歳くらいの男の子が、一人で立ち尽くしている。

「おかあさぁん、どこーー?ひくっ、ぇえーーん」

 迷子だ――。急いで、その子のところにかけよる。

「お、おい!」

 レーヴェさんも私を追ってきた。

「ぼく、どうしたの?大丈夫?」

 男の子は、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

「ひっく、うえぇ、お母さんが、いない……。ひっく」

「んだよ。迷子かよ。しゃあねえな……。おめえ。名前は」

 ぶっきらぼうなレーヴェさんの口調に、男の子は再び泣き出してしまった。

「うああああん!」

「だああ!泣いてちゃ分かんねえだろうが!」

 レーヴェさんが怒鳴ってしまったものだから、さらに激しく男の子は泣き声を上げる。

 ちょ、ちょっと――。

「レーヴェさん!そんな言い方しちゃだめですよ!こんな時に、小さい子が冷静に説明できるわけないでしょう?とりあえず、なんとか安心させてあげないと……」

 男の子を驚かせないように、そっと抱き上げる。

「――よしよし、お母さんと、はぐれちゃったんだね。寂しかったね……」

 なるべく静かで優しい声を心がけながら、体を揺らし、あやすように背中をゆっくりと、軽くたたく。

「大丈夫。――大丈夫だよ。私達が、きっと、お母さんを見つけてあげるからね――」

 少しずつ、男の子の泣き声が静かになってくる。

 ちょっとは、落ち着いてくれたかな……?


「レーヴェさん」

「な、なんだよ」

「お願いがあります。この子を、肩車してあげてくれませんか?」

「はあ!?何でオレがそんなこと――」

「レーヴェさん、背が高いから、肩車してあげたら、遠くからでもこの子が良く見えると思うんです。もしかしたら、お母さんが気付いてくれるかもしれないから。それに、この子もお母さんを見つけられるかもしれないし。――ね、ぼく。あのお兄ちゃんに抱っこしてもらおっか」

 男の子の目を見つめて言う。けれど、さっきのことを思い出してだろう、男の子は少し怖がるような素振りを見せて、ぎゅっと私にしがみついてきた。

「ほれみろ。そいつも嫌がってんじゃねえか」

「レーヴェさんが威圧するからでしょう」

 小声で囁いてから、再び男の子に向き直る。

「あのね、これは秘密のお話なんだけど……、このお兄ちゃんはね、実はヒーローなの」

「ヒーロー?」

 男の子は泣き止み、きょとんと私を見る。

「おい、お前!適当なこと言ってんじゃ――」

「ちょっとこわそうに見えるけれど、とっても賢くて強い、正義の味方なんだよ。何でもできるの。だから、きっとお母さんもすぐに見つけてくれるよ」

「~~っ」

 有無を言わせない私の言葉に、さすがにレーヴェさんも二の句が継げないようだった。

「……ヒーローのおにいちゃん」

 おずおずと、男の子がレーヴェさんに両手を差し出す。

「……ちっ。わかったよ!仕方ねえな――」

 ふわっ、と男の子を持ち上げ、レーヴェさんが肩に乗せる。

「わあ……高―い!」

 その視線の高さが新鮮だったのだろう、初めて男の子が笑顔を見せた。

「ねえ、きみのお名前は、なんて言うの?」

「ライン……」

「ラインくんだね。よし、じゃあお母さんを探しに行こうか!」

「――うん!」


 ――人ごみの中を歩きながら、私は声を張り上げる。

「ラインくんのお母さーん!ラインくんのお母さん、いませんかー!?」

「…………」

 集まってくる人々の視線に、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、それでもレーヴェさんは黙ってついてきてくれた。

 しばらくそうして歩いているうちに、街の人たちが次第に声をかけてくれる。

「どうしたんだい?人を探してるのかい?」

「その子、迷子なのか?そりゃあ助けてやらねえと」

「お母さんは、どんな人?私も探してあげる」

 そうしていつの間にか、お母さん探しの人数は増えていった。

 そしてついに――。

「ライン!」

「あ――、お母さん!お母さーーん!!」

「ライン!ごめんね、私がちゃんと手を繋いでいなかったから――」

 ラインくんはお母さんの腕の中に戻り、しっかりと抱きしめられる。

 見つかって、良かった……!

 ほっとした気持ちで母子を見つめていると、ラインくんがこちらに振り向いた。

 そして、はにかむような笑顔で、小さく言ってくれた。

「……ありがとう。お姉ちゃん、――ヒーローのお兄ちゃん」


 母子と別れた後、私はレーヴェさんに向き直り、お礼を言う。

「――ありがとうございました。レーヴェさんのおかげで、あの子をお母さんに合わせてあげることができました」

「――別に、オレは何もしてねえよ」

 ふいっ、とレーヴェさんは顔を背ける。

 その横顔に、誠意を込めて言った。

「レーヴェさんは、本当に何でも出来るんですね。今日は、あなたの能力が高いことがよく分かりました。きっとあなたなら、私よりずっと素晴らしい主神になるんだと思う。私の事を認める気になれないのももっともだと思います」

 決意を込めて、続ける。

「――でも、今の主神は私で、それは変わりません。――だから、少しでもあなたに認められる主神になるように、私は努力したい。これからも、色んなことを教えて欲しいんです。そして、力を貸して欲しい。――この世界を、少しでも良くするために」

 頭を、下げる。

「どうか――よろしくお願いします」

 そのまま、レーヴェさんの答えを待つ。


 ―しばらくして。

「……頭を上げろ」

 嘆息して、レーヴェさんが言った。

「……そこまで頼み込むなら、しょうがねえな。――そんなにこのオレの力が必要だってんなら、仕方ねーから貸してやるよ。ありがたく思え」

 頭を上げ、私を見下ろして言い放つ。

 こ、この言い草だもんなあ……。嬉しいけど。

 きびすを返し、私に背を向けながら、ついでのようにレーヴェさんは付け加えた。

「……さっきの子供の件だがな」

「――?はい」

「――オレだけなら、母親に会わせることはできなかっただろう。街の奴らの助けを借りることもな。――多少なら、あんたにも出来ることがあるのを認めてやるよ。――『主神』」

「え――」

 ……今、主神って――、呼んでくれた?

 呆気にとられているうちに、レーヴェさんは何事もなかったかのように私をおいてさっさと行ってしまう。

「――。ありがとうっ!」

 晴れやかに笑って、私はその後を追い、駆け出した。


 ――side:レーヴェ――


 ち――、このオレが、子守なんざするはめになるとはな。

 何を言っても怒りもせずに聞いているかと思やあ、急に強引に人を使いやがって。どうもペースを乱される女だ。

 だが――、あの、人を味方につける力はまあ、認めてやらねーでもねえ。

 思い上がってる素振りもねえし、このオレの助けが欲しいって素直に頭を下げるのは、いい心がけだ。

 ふん。――ちょっとくらいなら面倒見てやるか。


【習得スキル】

・温浸 Lv.1

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