天秤 episode.1&side
――トントン。
「主神、おれだ。入ってもいいか?」
工房の玄関から、シュテルの声がした。
「はーい、今開けるね」
言いながら、玄関へと向かう。
――ガチャリ。
「おはよう、主神」
「シュテル、おはよう。今日はどうしたの?」
「ああ。ちょっと、主神に、天上まで来て欲しくてな。――天秤宮のヴァーゲが、主神に話があるそうだ。応接間まで来てくれないか」
――ヴァーゲさん。えっと……、上品で紳士的な方だっけ。
私に、何の用だろう?
「こんにちは、主神。今日はお呼び立てして、申し訳ありません」
「いえ、そんな。こちらこそ、なかなかご挨拶できずにすみませんでした」
「そのようなことは、お気になさらず。――どうぞ、こちらへ」
テーブルに案内され、椅子を引いてエスコートされる。
な、なんだか、こんな風にエスコートされると緊張するな。
椅子に座ると、ヴァーゲさんは優雅な仕草で紅茶を入れ始める。私も何か手伝おうとするのだけど、ヴァーゲさんの洗練された所作に、手を出す暇がない。
結局、おとなしく座ったまま、お茶が出されるのを待ってしまった。
「どうぞ。――お口に合うと良いのですが」
「ありがとうございます。いただきます」
言って、一口お茶をいただく。――うわあ、華やかな香りがして、美味しい。
そう思ったことが表情に出ていたのだろう、ヴァーゲさんは嬉しそうに笑った。
「気に入っていただけたようで、よかった」
「はい。とても美味しいです。なんだかほっとしますね」
「主神は、毎日お忙しい。きっとお疲れだろうと思って、落ち着いていただけるような茶葉をブレンドしたのですよ。お茶菓子も用意してあります。どうぞごゆっくりくつろいで下さい」
そう言って、焼き菓子なども出してくれる。――この紅茶、ヴァーゲさんのブレンドなんだ。すごいなあ。
お茶菓子もすごく美味しくて、ついつい手が伸びてしまう。しばらく雑談をしながらヴァーゲさんとティータイムを楽しんだ。
次第に私の緊張も取れ、会話が一段落した頃、静かにティーカップを置いて、ヴァーゲさんが切り出した。
「――ところで、本日お呼び立てした件ですが」
その言葉に、私は居住まいを正す。
そうだ。すっかりお茶を楽しんでいたけど、今日はヴァーゲさんに話があるからと招かれたんだった。――一体、何の話なんだろう。
「主神には、私達十二柱との絆を、日々深めていただいていますね。それ自体はよくやっていただいていると感謝しています。ですが――、どうでしょう。絆の質と量には、個人差があるのではないでしょうか」
ヴァーゲさんの言葉に、思わずぎくりとする。彼が言いたいことがなんとなく察せられ、その指摘に思い当たる点があったからだ。
ふっ、とヴァーゲさんが片手を振ると、中空に、図形のようなものが浮かび上がった。
ぱっと見は、平たい円柱、という印象だった。
縦長の長方形の板を、横に繋げるようにしてぐるりと円形に繋ぎ合わせたもの。簡単に言えば、側面が十二枚の板で出来た洗面器、といった感じ。
ただし、その板の上下の長さはそれぞれ異なった。高さが、でこぼこの棒グラフのようになっているのだ。
「例えば、ですが――、この板の一枚一枚が、十二柱一人ひとりとの絆の強さだとお考え下さい。この十二枚の板からなる入れ物に、水を入れてみたとしましょう」
映像の中で、洗面器(?)に水が注ぎ込まれる。
「全ての板の高さが、均一に高ければ、当然、水はたくさん入れ物に溜まることになります」
洗面器が、ふたの開いたきれいな円柱に変化し、表面ぎりぎりまで水が満たされた。
「ただし――」
洗面器の側面が、先程のように、高さの
「――このように、側面の板がたとえ一枚でも欠けてしまえば、他の板がどれだけ高くても、その欠けた部分から、水は流れ去ってしまいます。その入れ物に水が満ちることはありません」
私は、その映像をじっと見つめる。
「もう、お分かりですね。この板は私達と主神との絆。――そして、中の水は、この世界に満ちるエレメントです」
――ゆっくりと、息を吐く。ヴァーゲさんの言いたいことは良く分かった。
「一人でも絆が低ければ、エレメントは充分に溜まらない……、そういうことですね」
「ご理解いただけましたね。その上で――、いかがでしょう。今現在、主神と十二柱との絆は、平等に育まれていると思いますか?」
柔らかく問いかけられるが、その質問は私には痛いものだった。
「いえ――、思いません」
認めるのは苦しかったけど、はっきりと答える。
きっと平等じゃない。
「それは、なぜですか?」
続けて問いかけられる。
質問自体は容赦のないものだけれど、責めるような口ぶりでは全く無かった。――きっと、ヴァーゲさんは、私に事実を直視させようとしている。
「話しやすい人と、正直に言って、まだ上手くコミュニケーションできない人がいるから……。苦手意識が、あるんだと思います。無意識に、避けている部分があるかも。――特に、レーヴェさんには」
レーヴェさん。獅子のような雰囲気の男の人。
初めて会ったときに、――私を主神とは認めない、主神にふさわしいのは自分だ――と、言われた。
「――そうですね、今、主神とレーヴェとの絆が最も低い。無理もないことと思います。彼の態度は傲岸不遜ですからね。主神が苦手意識を持つのももっともでしょう」
ヴァーゲさんは優しく頷いてくれながらも、続けて言う。
「しかし――どうでしょう。主神がこれまで結んできた絆を思い返してみてください。他の十二柱との交流を」
これまでの、交流――?
「第一印象は、苦手な者や合わない者もいたでしょう。ですが現在、主神は私も含め、十一柱との絆を徐々に築かれています。交流を経て、苦手な者は、いつまでも苦手なままでしたか?行動を共にすることで、これまでと異なる、予想外な一面が見えたりはしませんでしたか?今までよりも近しく、接しやすくなったりは?」
それは――。
――確かに、思い当たることがある。
「――自分に優しい人間としか交流しないようでは、いずれ、貴方の周りからは、人はいなくなってしまいますよ」
「――っ……」
何も、言えなかった。
それは、本当に――そうだと思ったから。
ひと時、沈黙が流れる。
ふ、と空気を和らげるようにヴァーゲさんは微笑んだ。
「なにやら説教じみてしまいましたね。申し訳ありません。主神の気持ちはよく分かりますよ。全く、レーヴェの態度にも困ったものです」
肩をすくめ、軽口を装って言うヴァーゲさんに、ようやく私は詰めていた息を吐き出した。緊張がほぐれ、ようやく笑みを浮かべることができる。
「そこで――、私から、機会を設定させていただきました」
だが、次のヴァーゲさんの言葉に気を取られる。
「機会――、ですか?」
「ええ。主神のおかげで、徐々に星も実りを取り戻しつつあるようで――、今度、地上で収穫祭が行われるそうなのですよ」
「収穫祭――。お祭りですか」
それは喜ばしいことだけれど、それがどう関係してくるんだろう?
「レーヴェには話をつけておきましたので、主神は是非、彼と一緒に収穫祭を楽しんできてください」
さらりと言って、ヴァーゲさんは素敵な笑顔を浮かべた。
「え――」
「ぇぇえええっ!?」
応接間に、私の(多分絶望の)悲鳴が響き渡った。
――side:ヴァーゲ――
ご自身でお認めになるのは辛いであろう事も、多々申し上げましたが――、主神は素直に受け止めていらっしゃった。他人の意見を冷静に聞いてくださるのは、素晴らしい美徳ですね。
今回の計らいは少し荒療治ですが――、これも十二柱との絆のためです。それにきっと、主神なら彼とも上手くやっていくことができるでしょう。
――期待していますよ、主神。
【習得スキル】
・昇華 Lv.1
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