双魚 episode.1&side

「ふう……」

 椅子の背にもたれ、顔を上げて、私はゆっくりと目を閉じた。

 ちゅんちゅんと、外では可愛らしい鳥の声がしている。

 ――一つ目の核を取り戻した翌朝、一仕事終えた気分で、のんびりとお茶を飲んでいる。

 はあ……癒される。

 二つ目の核に向けて、また頑張らなきゃだけど、しばらくは何事もないといいなあ。

 そんなふうに、しばしの休息を満喫していると――、

「うわああん!アリサちゃーーーん!!」

 ばたーん!と勢いよく音を立て、工房の扉が開いた。

「どうしよう、大事なペンダント、失くしちゃったぁ!」

 ……ずる、と椅子から滑り落ちる。――ヘ、ヘルメスさん?

 ――どうやら、休んでいる暇は無いみたいだった。


「一体、何があったの?」

 取り乱すヘルメスさんをとりあえず椅子に座らせて、お茶を出す。

 ようやく少し落ち着いてきたのか、半泣きになりながらも、少しずつ事情を教えてくれた。

「うう……、ごめんね、突然。実はこの間、採取のためにシャフト坑道に行っていたんだけど――」

 ヘルメスさんのその言葉を聞いて、私は目が点になった。

 ……シャフト坑道!?

「ヘ、ヘルメスさんシャフト坑道に行ったの?しかもこの間って!?」

「へ……う、うん。行ったよー。三日くらい前だったかな?」

 三日前!?

 うそ、私達がそこを見つけたのが一昨日だったのに、それより前にヘルメスさんはそこに行ってたってこと!?

「ど――どうやってそんなところに?」

「へ?どうやってって……、うーん、普通に?ナハト洞窟を探索してたら見つけたから、作ったアイテムを使って明かりを出して、邪魔な岩壁とかあったら壊したり、敵が出たら倒したり、だよー」

 ヘ、ヘルメスさん、自力でそんなにたくさんのアイテムを作れるようになったんだ……。もしかしてこの人、天才かも……。

 あまりに規格外な話に呆然としていると、ヘルメスさんは再び半泣きで語り始めた。


「途中までは順調に行ってたんだけど、奥のほうになんだかやたら黒くて強い敵が出て、色んなアイテム使ったんだけど、そいつにはあんまり効かなくて――」

 そ、それってもしかして澱み――い、いや。

 ……考えないでおこう。

「もっと強力な攻撃アイテムもあったんだけど、私、爆弾系のアイテムしか持って無くて、へたに使ったら坑道ごと崩れて私も生き埋めになっちゃいそうだったから……、情けないけど、諦めて逃げてきたんだけど――」

 全然情けなくないと思う……。

「その途中で、ペンダントを落としてきちゃったみたいなんだあ!」

 だーっとヘルメスさんの目から涙がこぼれる。

「おばあちゃんから貰った、大切なペンダントなのに~……。多分、逃げてくる途中で落としちゃったんだと思うの……」

 そういうと、ヘルメスさんは、きっ!と顔を上げて言った。

「――アリサちゃん!私、もう一度探しに戻りたいんだ。アリサちゃんなら、私より強力なアイテムも持っているんじゃないかって思って……。お願い!私に、ペンダントを探すための、敵に負けないためのアイテムを売ってくれないかな!?」

 がしっ!と両手を握られる。

 ほんとに大事なペンダントなんだ……。


 どうしよう、澱みはもう祓ったけど、シャフト坑道が危険な採取地であることに変わりはない。ヘルメスさんをそんなところに行かせるわけにはいかないよね――。

「ヘルメスさん、残念だけど、アイテムは渡せない」

「え……」

「一人でそんなところに行っちゃ駄目だよ。私が代わりに取りに行ってくるから、――任せてくれる?」

 言うと、ヘルメスさんの目にみるみる涙が盛り上がり、勢いよく抱きつかれた。

「わあああん!アリサちゃん!ありがとう!!」

 よしよしとヘルメスさんの頭を撫でる。ほんとに可愛らしい人だなー。

 それじゃあ――、張り切って、ペンダント探しに行ってみよう!



「ふふ、話を聞いていると、ずいぶんと愛らしい人のようだね。女性の涙を止める手助けが出来るなんて、光栄だよ」

「同行してくださって、ありがとうございました、イッシェさん」

 ヘルメスさんの落し物を探すため、私は双魚宮のイッシェさんと一緒に、シャフト坑道へと来ていた。

「いいんだよ、お礼なんて。ちょうど主神にも会いたいと思っていたところだ。声をかけてくれて、嬉しいよ」

 艶のある声で、優しく囁かれる。

「……恐縮です。では、行きましょうか」

 さらりと流し、私は足を進める。

 初対面の頃は、甘い言葉にいちいち動揺してしまったものだけれど、この頃では、イッシェさんの言動は、特別な意味はないことが分かってきたので、聞き流すようにしている。

 単純に、女性にはいつでも誰にでも同じような態度なのだ。

 要するにフェミニストである。

 いちいち反応していてもきりがない。


「ああ、悲しいね。初めて会った頃の主神は、話しかけるたびに頬を染めて、それはそれは可愛らしかったのに。すっかりつれなくなってしまった」

「昔のことは忘れました!さ、さて、これでペンダントの探索を始めましょうか」

 過去の恥を蒸し返さないで欲しい。話をそらすために、急いでアイテムを取り出す。

「おや、――それは?」

「闇雲に探しても無駄ですからね。『怪鳥の導き』、――ごくわずかですが、黄金に反応するアイテムです。ダウジングのような物ですね。ヘルメスさんのペンダントは、金の鎖で出来ているそうですので、これで辿っていけば、見つかるはずです」

「ほう……!すごいね、君は。いつの間にか、合成能力を使いこなしている。探索に当たり、準備を整えてくる冷静さも好ましい。さすがは主神だ」

「……お褒めにあずかり光栄です」

「――おやおや、褒め甲斐がないねえ。私は本気なのに」

 と言いながらも、イッシェさんの口調は、しれっとしたものだ。

 絶対本気じゃない……。


 その後もイッシェさんの軽口は続いた。

「しかし、こんな薄暗いところで君と二人きりというのは、なかなか役得だね。ふふ、周りがこんな土壁などではなく、もっと情緒のある場所だったら良かったのに」

「ええー、とっても残念ですねー」

「ふむ、心がこもっていないようだけれど。冷たい素振りも素敵だけれど、たまには愛らしい笑顔を見せてほしいな」

「すみません、ペンダント探しに集中していまして」

「ああ、そうか。大切なご友人のために、君は心を砕いているんだね。なんて優しいんだろう。その友情をとても美しいと思うよ。もちろん、君自身もね」

「……。ありがとうございます」

 こ、この人……。ほんとに苦手だっ。

 早くペンダント見つかってくれないかなあ!

 と、その時、願いが通じたわけでもないだろうが、アイテムに大きな反応があった。

 近い!

 少しでも早く二人っきりの状況から脱するため、私は足早に、アイテムが導く方角へと向かった。


「これ……かな?」

 坑道の通路から、金色に光るペンダントを拾い上げる。複雑な意匠を施された、丁寧な作りのものだ。綺麗ながらも少し年代を感じさせるその外観は、それが長い間大切に受け継がれてきたものであることをうかがわせた。

「これは……、すばらしい品だね」

 珍しく素直に感嘆した様子で、イッシェさんがつぶやく。

「ほんとに、綺麗ですね……」

 見つかってよかった。早くヘルメスさんに届けてあげよう!

 くるりと振り向き、出口に向かおうとすると、イッシェさんに話しかけられた。

「そういえば、主神はアクセサリーは身につけないのかい?」

「ええ……、私は持っていませんので」

「それは、いけないね。今度何かプレゼントしようか」

「いえ、そんなわけには――」

 顔を上げると、すぐ近くにイッシェさんがいてびっくりする。

「主神には、どんなものが似合うだろうね?」

 そう言って、イッシェさんは、耳の下辺りに指を当てるようにして、私の首にそっと手を触れた。

「――うっひゃあっ!」

 途端、反射的に情けない声を上げて私はイッシェさんから飛び離れた。

 び、びっくりした!

 うっひゃあって何だ自分!

「な、な、な、何をするんですかっ!突然!」

 触られた首を押さえて、イッシェさんをにらむ。多分顔は真っ赤になっているだろう。うう、恥ずかしい。

「……」

 イッシェさんは、ぽかんとした表情で一瞬私を見た後――

「……ふっ、くくっ、はは!はははっ!」

噴きだすように笑い始めた。

 ほんとに楽しそうだ。

「はは……、ご、ごめん。くくっ。でも、き、君があんまり驚くものだから――、ははっ」

 喋りながらも抑えきれないように笑っている。

 こんな無邪気な顔で笑うイッシェさん、始めて見た……。

 笑われている恥ずかしさよりも、その珍しさに気を取られて、私はぽかんとイッシェさんを見つめていた。

「は――、悪かったね、急に笑ったりして」

 やっとのことで笑いを収め、イッシェさんは私を見る。

「――それと、勝手に触れたことも悪かった。君がそんなに嫌がるなら、もうしないよ。――約束する」

「……ありがとうございます」

 その時のイッシェさんの言葉は真摯しんしで、不思議なくらい優しい表情をしていた。いつもの笑顔とは違う、自然な微笑みで。

 だから、私も、素直にお礼が言えたのだった。


 こうして、街に戻り、無事ヘルメスさんにペンダントを届けた私は、彼女から熱烈な感謝の抱擁ほうようを受けたのだった。

 もう危ないことしちゃ駄目だよ、ヘルメスさん。


 ――side:イッシェ――


 そんなに驚かれるとはね。あんなに顔を真っ赤にして……。

 言葉で何を言われようと平然としていたくせに、軽く触れたくらいであの動揺とは。

 本当に、ころころとよく表情の変わる子だ。

 見ていて、飽きないな。

 ふふ。もっと、色んな表情を見たいと思うようになったよ――。


【使用アイテム】

・先人の足跡+ヒッポグリフの嘴=

《怪鳥の導き:黄金に反応して指し示す。効果は弱い》


【採取アイテム】

・《鉄鉱石:採掘と言えば鉄鉱石が定番な気がする》

・《石炭:よく燃える》

・《硝石:ものが燃えるのを助ける。火薬の原料になる》

・《堅い岩盤:坑道の壁や地面。とても堅い》

・《トートの霊魂:ゴーストの敵から落ちたもの。ちょっと不気味》

・《金のペンダント:ヘルメスさんの大切な落し物》


【習得スキル】

・投入 Lv.1

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