白羊 episode.1&side

「いいところに来た。ちょっといいか、嬢ちゃん」

「はい?」

 依頼を受けに酒場に入ると、突然マスターに声をかけられた。……何の用事だろう?

「何でしょう、マスター」

「いやな、あんたを見込んで、頼みたい仕事があるんだ。常連からの依頼なんだが、ちょっと手が掛かりそうでな。あんただったら、やってくれるんじゃねえかと思ってよ」

 ……手の掛かる依頼?う……なんだろう、やっかいな仕事は、あんまりやりたくないけど――。

「頼むよ。依頼人も困ってんだ」

 ……うーん、困ってるなら、かわいそうだしなあ。

「分かりました。とりあえず、話だけでも聞かせてもらえますか?」



「――で、結局お前が引き受けたのか。しかも何で供がおれなんだ」

「う……。ご、ごめんなさい。シュテルに話したら、それならヴィッダーさんが適任だろうって……」

「……副神。余計なことを」

 小さく舌打ちをする、白羊宮のヴィッダーさん。……相変わらずの剣呑な雰囲気で、近寄りがたい。

「なんでおれたちが羊飼いの真似事なんか……」


 そうなのだ。酒場のマスターに頼まれた依頼とは、「逃げ出した羊達を集めるのを手伝って欲しい」というものだった。

「面倒な役目を頼んじゃって、すみません……、ヴィッダーさん。――でも、依頼人の牧羊主さんは、一人で牧羊を営んでいるらしいんです。大分お年も召してて、百匹近い羊達を一人で集めるのはとても無理だって。柵が劣化してて、破られちゃったらしいんですけど、このままだと生活していけないっていうから――。私だったら、人手も借りれるし、と思って……」

「人手というのは、おれら十二柱のことか」

 ヴィッターさんがじろり、と睨む。こ、こわい……。

「ご、ごめんなさいっ!」

 ぺこりと頭を下げると、ヴィッダーさんは嘆息した。

「……いい。あんたが上だ。」

 言うと、ざっ、と歩き始める。

「――行くぞ」

「――は、はいっ」

 慌てて、後を追う。

 羊回収大作戦(作戦はないけど)が始まった。


「――いた。静かに」

 牧羊主さんが目星をつけていたエリアをしばらく探索すると、数十匹の羊の群れを見つけた。どうやら逃げた羊は、いくつかの群れに分散しているみたいだ。

「おれが行く」

「え――ちょっ」

 止める間もなく、ヴィッダーさんは音も立てずに羊達に迫る。

 そして群れの前に立ちはだかると、素早くダガーを放った。


 ザッ、ザクッ。

 ――めえ。めえめえ。めえめえめえ――


 ……す、すごい。羊達が一定の方向に誘導されてる。

 ヴィッダーさんが群れの動きをコントロールしてるんだ。自分が追い立てながら、進路を外れそうになる羊がいたら遮るようにダガーを地面に打つことで、動きを調整してる。

 それにしてもヴィッダーさん、速い!羊達の周りを飛ぶように駆ける。

シュテルが、彼が適任だと言った訳がよく分かった。まるで一匹の俊敏な獣みたいだ。

 ――めえめえめえ――

 こうして瞬く間に、ヴィッダーさんは一つ目の群れを、牧場へと送り返してしまった。


「ヴィッダーさん、すごい!羊を操ってるみたいでした!」

 思わず興奮して駆け寄ったけれど、ヴィッダーさんは、ふい、と顔を背けてしまった。

「……別に。大した事じゃないだろう。まだ終わりじゃない。次に行く」

「――あ、待って。今度は私も手伝います!さっきは、見とれっぱなしだったけど……」

「いい。お前は黙って見ていろ」

「でも、ヴィッダーさん一人に働かせるなんて――」

「……お前、おれと同じように動けるのか。飛び道具を使ったりは?」

「う……。それは、出来ないですけど……」

「なら、手伝えることはない」

 がーん。は、はっきり言われてしまった……。

 落ち込む私を尻目に、ヴィッダーさんはさっさと次の群れに向かっていった。


 鮮やかに羊達をさばいていくヴィッダーさんを見ながら、思案する(考えるくらいしかする事がないからだ)。

 このままぼーっと見ているわけにはいかない。何といっても、私が勝手に引き受けた仕事なのだ。付き合わせてしまったヴィッダーさん一人を働かせているなんて、後味が悪すぎる。

(何か、ないかな……出来ること。確かに、ヴィッダーさんの動きがすごすぎて、私が出て行っても邪魔にしかならなさそうだけど――)

 ん?邪魔……?

 ――そうか。

 出来ること、あったかも。


「次で最後の群れだ」

 言い置いて、ヴィッダーさんは駆けていく。

 私は、その動きを見る。そして、羊達の動きを。

 ヴィッダーさんの進路、羊達の進路、ダガーの方向・位置。周囲の環境。

 見る。じっと見る。そして、移動する。

 最後の群れは、少し数が多い。

 あ――徐々に、群れの動きが不規則になってきた。

 ダガーを投擲とうてきし、走り、ヴィッダーさんが懸命に調整するけれど――ついに、一部の羊が、枝分かれするように進路を外れる。

「ちっ!」

 ヴィッダーさんが急いで回り込もうとするけれど、間に合わない。

 逃げられる、と思った、その枝分かれした羊達の前に――

私は飛び出した。

「なっ!?」

 進路を遮った私に驚いて、逃げそうになった羊達は向きを変えて群れへと戻る。

「やったー!」

 そうして最後の群れも、無事に牧場へと戻すことが出来たのだった。


「――よかった。無事に、全ての羊を呼び戻すこと出来ましたね」

 牧羊主さんに羊達の確認をしてもらい、工房へと戻る道すがら、ヴィッダーさんに話しかける。

 考え込むようにしていたヴィッダーさんは、私の言葉に、ゆっくりと口を開いた。

「お前……、何であそこにいた?」

「――ああ。もしも、羊が、二手に分かれてしまったら――、って考えたんです。それで、ヴィッダーさんの動きを見て……。羊を誘導する方向と、ヴィッダーさんの居る場所から、常に一番遠い側にいれば、ヴィッダーさんが間に合わない位置に羊が逃げたとしても、私が近くに居て対応できると思って……」

「おれの動きを、見て――?」

「はい。見ていることと、羊の邪魔をすることしか、私には出来なかったから」

 情けないけれど。

 そう言うと、ヴィッダーさんは黙り込んでしまった。

 ……?私、何かまずいことを言っただろうか。

 おずおずと、聞いてみる。

「あ、あの……、ヴィッダーさん……?」

 すると、ヴィッダーさんは顔を上げ、私を見て言った。


「――ヴィッダーでいい。敬語も無しだ」

 唐突な言葉に、きょとんとする。

「……前から思っていたんだがな、お前はびくびくし過ぎだ。――牧羊主をおもんばかってこの依頼を受けたこと、そして、自らに出来る事と出来ない事を判断して、出来る事を果たしたこと――、いずれも、主神として恥ずかしくない行動だ。使命に背く気がないのなら、もっと堂々としていろ。――お前は、主神として、悪くはない」

 言うや、ヴィッダーさん――ヴィッダーは、背を向けて歩き始めた。

 ……。

 もしかして、ちょっと認めてもらえた?

 うわあ。やばい。顔が笑顔になる。

「ありがとう!ヴィッダー!」

 そうして、私も後を追って歩き出した。


 ――side:ヴィッダー――


 主神に、サポートされるとはな。予想外だ。

 今自分に出来る事をやろうとする努力は認めよう。ひとまずは、お前の下についてやる。様子見だ。

 だが――、おれに認められたからといって、あんなに喜ぶものか?

 嬉々とした声で礼を言い、帰路の間も笑みをこぼして――。

 ……変わった女だ。


【報酬アイテム】

・《上質な羊毛:ふかふかの羊毛。牧羊主さんに頂いた》


【習得スキル】

・煆燃 Lv.1


「――主神」

 工房に帰ると、シュテルに呼び止められた。……?なんだか真剣な様子だ。

「話がある。――一つ目の核が見つかった」

 え……。

 核が!?

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