天蠍・巨蟹・人馬 episode.0

 なんでだろう。きちんと礼儀正しくしたつもりだったけど……。

 すると騎士らしき人が私に近づき……、目の前で、片膝をつき頭を垂れた。所作まで綺麗だ。

「主神。どうか、私達に、そのように頭を下げないでください。丁寧なお言葉遣いも無用です。我々は貴方に仕える身。貴方は我々の頂点に立つお方なのです。どうぞ、ご自覚を」

「え……。で、でも、初対面の方達だし、あなた方は神様なんですよね?当然の礼儀かと……」

「はい、我々は神です。そして、あなたはその最高神です、主神。――ずっと、お待ち申し上げておりました」

「本当はあんたが人間的に、ある程度の熟練度に達した段階でおれが迎えに行くはずだったんだけどな。それが想定外に遅くなった上に、あんたの気配がやたら薄いもんだから、探すのに苦労したぞ」

 口を挟んできたシュテルに、騎士さんは剣呑けんのんな視線を向けた。けれど、どうやらシュテルのほうが立場は上のようで、何も口に出すことはなかった。

 ……すっごい睨んでるけど。怖い、怖いって。目は口ほどに物を言い、だ。

「……どうぞ、副神の言葉はお気になさらず。そして、ご挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。私は、天蠍宮てんかつきゅうを司る、ルピオと申します。今この時より、貴方の従者として、貴方のお力となるよう、心よりお仕え致します。どうぞ宜しくお願い致します」

 ルピオさんに続くように、今度は右側の少年が進み出た。

「……はじめまして。僕は、巨蟹宮きょかいきゅうを司る、クレイといいます。あ、あの。お会いできて光栄です、主神。これからよろしくお願いします」

 にっこりと笑う。すっごい可愛い。

 続いて、左の青年。

「俺は人馬宮じんばきゅうのシュッツェ。やっと会えたな、主神。分かんないこととかあったら何でも聞いてくれよ。これからよろしくな」

 うん、爽やかお兄ちゃんって感じだ。素敵。

「ルピオさん、クレイくん、シュッツェさん。こちらこそ、これからお世話になります」

 私は再度頭を下げる。

「いえ、ですから、それはお止めくださいと――」

「まあまあ、いいじゃねえか。主神自身がその方がやりやすいって言ってんだ。したいようにさせようぜ」

「えと、僕も、主神らしいやり方で接していただけたらいいと、思います」

「お前達まで……」

「はい、そこまで」

 パン!と手を打って、シュテルが三人の問答を制止した。

「自己紹介も済んだことだ。時間が惜しい。主神としての仕事について、説明に移らせてもらって構わないか」

 ――それは、私にとっても是非も無い申し出だった。

ここまでろくに説明も無く連れて来られた訳だけど、はて、私は一体何をすればいいんだ?


 皆が席に着いたタイミングを見計らって、シュテルが口火くちびを切る。

「主神の仕事は、大きく分けて二つある。一つは、天上――つまり、ここで行う作業。そしてもう一つは、地上で行う作業だ」

「地上……?ちょっと待って。来る途中に見た感じだと、地上に人が生活できそうな場所なんて、無かったように思うんだけど……。あんなところで、一体何をするっていうの?」

「そこだ。そこで、一つ目の仕事が重要になってくる。手っ取り早く言うが、天上であんたにしてもらわないといけないのは、十二柱の神々との縁を強くすることだ」

「縁を、強く……?」

「分かりやすく言えば、仲良くしろってことだな」

 分かりやす過ぎる!

「最初に言ったとおり、エレメントが足りないために、この星は瀕死になっている。逆に言えば、エレメントさえ補充されれば星は生き返る、生命が生まれるってことだ。エレメントは、あんた自身から、十二柱神に注がれる。あんた達の、絆を通じてな。それがひいては世界を潤すってわけだ」

「んー……なんだか回りくどいな。私から直接星にエレメントとやらを注ぐことはできないの?」

「あんたは主神だからな。つまりは、神を統べる存在だ。直接的に惑星を統治するのは十二柱神なんだよ」

「私達は、各々異なる属性の加護を受け持っています」

 ルピオさんが補足する。

「私は、プルートの支配を受けた水の加護を」

「俺は、ユーピターの支配、火の加護だな」

「僕は、モーントの支配の下に、水の加護を与えます。僕達と絆を深めていただくことで、各人の担当するそれぞれの加護が、惑星に注がれるということになります」

 シュッツェさん、クレイくんもルピオさんに続き、説明してくれる。

 ん、んー?でもごめんなさい、せっかく説明してもらったけど、火と水の加護くらいしかよく分かんなかった……。

 まあどうやら、それぞれ統治に関して得意分野があるってことみたいだね(適当)。


「じゃあ、もう一つ質問。そのエレメントっていうのは、私は無制限に使うことができるの?」

「いい質問だな。――残念ながら、答えはいなだ。そこで、地上での仕事が重要になってくる」

「もう一つの仕事ってやつ?」

「ああ。あんたが元々持っていたエレメントは有限だ。今回こうして三柱と会ってもらったことで、少なからずこいつらにはエレメントが補給された。本来なら十二柱全員に配分できる程の貯蓄があるはずなんだが――今のあんたのキャパじゃ三柱が限度だろう。すでにあんたのエレメントは枯渇してしまったはずだ」

 ……私って、そんなに小物なのか。へこむなあ。

 私が未熟だから、最初は三人にしか会えなかったってことだよね?

「それでも結果として、地上ではいくらかの変化が生じた。森や川といった一部の自然も、復活しているだろう。で、だ。あんたには、地上に一軒の工房を用意した」

「工房?」

「合成室と言ってもいい。あんたは、復活した自然から、素材を採取してきてくれ。例えば水とか草とかな。それらは単体だと大したエレメントは持っていないが、あんたはそれを合成して、より上位の物質を生み出せる。材料を、昇華させる。これは主神にしかできないことだ。何せ、神の創造物に手を加えるわけだからな。そして、それによって合成物のエレメントは、素材に比べて格段に増量する。その繰り返しで、あんたはエレメントを補給してくれ」

「……ごめん、もう少し噛み砕いて言って」

「物拾って、混ぜろ」

 おお、分かりやすい。

 って、どれだけ馬鹿だと思われているんだ、自分!


「さて、あとはもう実際に作業しながら説明したほうが早いな。今日はお前も疲れているだろうし、ここまでにしよう。明日、おれが一緒に地上に降りて、直接やることを教えてやるよ」

 そういって、シュテルは立ち上がる。

 私は、ほっと息をついた。肩の力が抜ける。

 これだけの美形に、それも今日初めて会った人達に四人も囲まれ、正直かなり緊張していたのだ。自分のような平民(いや、なぜか主神とやららしいのだが)が敬われ、丁重に扱われると言うのはひどく心苦しいものがある。ようやく休める、と安心した。

「何か質問はあるか?」

 シュテルが聞くけれど、質問どころか、聞いたことを覚えておくので精一杯で、何が分からないのかも分からない。首を横に振る。

「そうか。じゃあ、ここで解散とする。三人はご苦労だったな。各々の館に帰ってくれ。主神、あんたはおれが今から部屋に案内する。ついてきてくれ」

 帰りがけに、三人は丁寧に私に挨拶をしてくれた。

「主神。何かご命令があれば、いつでもお申し付けください。またお会いできるのを楽しみにしております」

「あの、今日は、ご招待いただき、ありがとうございました。僕にできることがあれば、何でも言ってくださいね。次は是非、僕の館にもご招待させてください」

「これから大変かもしれねーけど、あんまり無理はするなよな。主神とは色々、話してみたいことがあるんだ。また会おうぜ!」

 私はそれぞれに丁寧に挨拶を返し、見送った。

 そしてシュテルについていく。


 こうして、異世界最初の一日は、終わりを告げた。

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