空飛ぶ宮殿

 早速シュテルと私は、眼下に見える惑星(ヴェルトというらしい。世界という意味だそうだ。なんと安直な。)に向かって、降りていった。

 近づくにつれ、徐々に一つの建物が見えてくる。

 宮殿だった。

 それこそ世界史の資料集にでも載っているような、荘厳で、絢爛な、白亜の宮殿がそこにはあった。白を基調とした中に、落ち着いた金色の装飾が随所に施されている。

 だが端的に言って、もっと分かりやすい特徴がそれにはあった。

 宮殿は空に浮いていた。

 正確には雲に乗っていた。

 ……うん、異世界だもん。なんでもありだよね。もう何があっても驚かない驚かない。

「あそこがあんたの家だ」

「はい!?」

 ……驚いてしまった。

 だって、あそこが家?あそこに住むの!?地球にあったら確実に世界遺産レベルだよ、あの宮殿。

「あ、あの、私もっと普通の家でいいんだけど。質素って言うか、もう少し慎ましい感じの……」

「……あんたな。天上世界に質素な建物があるとでも思うのか?」

 ……ですよねー。

 確かに6畳1Kのマンションに住んでいる神様の世界とか私でも行きたくない。骨の髄まで貧乏になりそうだ。

「まあ、今はこんなでもあんたはれっきとした主神、最高神だ。箔を付けるためにも、それなりの館に住む必要がある。悪いが慣れてくれ」

 ……。

 なんというか、言葉の端々で私を落としてくるよね、この子。

 まあ事実だし、私が神様には程遠い凡人なのは自覚しているから、気にしないけど。


 そんな問答をしている間に、宮殿前に到着した。

 うわ、やっぱり私も乗れるんだ、この雲。すごい。

 ふわふわっていうよりは、羽毛の中に足底だけ浸かって浮いている感じ。ほとんど踏んでる感覚はしないのに、沈んでいくことはない。不思議。

「到着早々で悪いが、入ったらあんたに紹介したい奴らが居る」

「え!あ、ごめん、何?紹介?」

 雲海に飛び込みたい。ごろごろしたい。もふもふしたい。なんて誘惑と戦っていた私は(まだ誰の足跡もついていない新雪に大の字に倒れこみたくなる感覚とでもいえば、ご理解いただけるだろうか)、シュテルに声をかけられて我に帰った。

 危ない危ない。スカートで転げまわるなんて、女を捨てるとこだった。

「……聞いてたか?」

「う、うん!大丈夫だよ!紹介したい人がいるんだよね。……って、私達以外にも、ここに人が居るの?」

「当たり前だ。主神とおれだけでは、はっきり言って創世能力は皆無に近い。これからあんたは、十二柱の神々に協力を仰ぐ必要がある」

「十二……柱?」

「ああ。それぞれが固有の星を司り、物質創造能力を有する。世界の再生には彼らの助力が不可欠だ。つっても、その能力は、主神がいてこそのものなんだけどな。彼らとのえにしを紡ぎ、世界を編む。それがあんたの仕事だ、主神」

 ……さっぱり分からない。

「だがまあ、いきなり全員と会わせても混乱するだろうからな。とりあえず今日のところは三人に来てもらっている。最初だし、なるべくとっつきやすそうな奴等を選んだから、軽い気持ちで挨拶するといい」

 とっつきやすそうって何!?つまり、選ばれなかった人(神?)達はそうじゃないってこと!?不安だ!

 うわあ。困ったなあ。人と話すの、苦手なんだよな……。人見知りオブザイヤー受賞(嘘)。

 具体的に何をするのかは全然理解できなかったけど、とりあえず十二人の神様と仲良くしないといけないってことだよね?ううう。プレッシャーだ。自慢じゃないけど、元の世界の友達だって十二人もいないぞ。

 ……本当に自慢じゃなかった。自縄自縛じじょうじばく


 なんて一人でふざけているうちに、宮殿の門をくぐり、廊下を通り、応接間の前まで来てしまった。シュテルが立ち止まったから、おそらくここにその三神の方々が待っているのだろう。

 ちなみに宮殿の内装はといえば、外観を裏切らずどこもかしこも豪華絢爛だった。

 落ち着かない……。

 シュテルがノックをし、応接間に向かって声をかける。

「副神・シュテルだ。主神をお連れした。入るぞ」

 そしてドアを開ける。


 私が入室すると同時――いや、それよりも早く、中に居た三人――多分神様――が立ち上がり、正面から私を見た。

 うわあ。

 うわあうわあうわあ。

 ……人間って本当に綺麗なものを見たときは言葉が出てこないんだなあ。

 立ち上がった三人は揃いも揃って超美形だった。シュテルもものすごく美少年だけど、それに勝るとも劣らない。さらに言えば三人ともタイプの異なる美しさである。

 もうここまで来ると格好いいだの可愛いだのを超越して、芸術品を鑑賞している気分だ。

 向かって右側に立つのは、十五歳ほどの少年。毛先が肩にかかる程度の、緩く波打ったふわっふわの蜂蜜色の髪の毛が、ふっくらとした頬を縁取り流れている。大きな目に、艶やかな唇の、女の子と見紛うばかりの可憐さの中で、月白げっぱく色の瞳だけは確かな意思を宿していた。柔らかなブラウスにベストを重ね、七分丈のズボンを身に付けている。貴族の子弟のような服装だ。

 向かって左には、私と同じ年頃の青年がいた。格好だけなら現代日本にいても違和感はない。鎖骨の出たインナーにジャケットをはおり、細身のパンツをごく自然に着こなしている。青みがかった黒髪が耳にかかり、毛先は元気そうにはね、紺色の瞳は好奇心に輝いていた。整った顔立ちは、男性的な格好良さの中に一匙ひとさじ、愛嬌のある可愛さを兼ね備え、アイドルグループでも間違いなくセンターポジションといった感じ。

 そして、中央。これはなんというか、もう、王子様だ。もしくは伝説の勇者。部分的な鎧を身に着けた騎士のような服装に、マントを羽織っている。白銀の髪はくしなどいらないんじゃないかと思うくらいさらさらで、肩の下辺りまでという男性にしては長い髪形も、違和感無く似合っている。怜悧な顔に光る、真紅の瞳が美しかった。


 ……とまあ、たっぷり三十秒は見入っていたんじゃないだろうか。

「ゴホン!」

 明らかにわざとらしい咳払いが聞こえ、はっと我に帰った。

 見ると、シュテルがじろりと私をにらんでいる。

 おっと。いけないいけない。目の保養をし過ぎた。

 第一印象は大事って言うし、ここはきちんと挨拶をするべきだよね。

「はじめまして。私は、珠雰しゅぶん有紗ありさといいます。これから、どうぞよろしくお願いします」

 言って、ぺこりと頭を下げた。

 そして頭を上げると、なぜか三人は呆気にとられたような表情で私を見ていた。シュテルも頭を抱えている。


 ……あれ?

 私、早速、失敗しちゃった?

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