第4話 はじめての冒険


 結局、ぼうけんの書の日本語の部分に書かれていた『家が眺められる、山』というところに注目して、自分の家が見えるくらい近くにある山に登ることにした。おあつらえ向きなことに、頂上までバスが通っているような緩い山で、登山というよりピクニックというのがピッタリな感じだけど、けっこう大きいのでバスじゃないと一日かけて山登りすることになる……地図でポイントを押さえ、リュックにお弁当を詰め水筒を肩から掛けて、山に登るバスに乗る。

地図で調べた、我が家が見えそうな所に一番近いバス停で降りる。

「ええっ、道なんかないじゃん」

地図の上では確かに山肌を登っていく脇道が書かれていたのに、行ってみるとせいぜい下草が少ない程度のとても道とは呼べないモノのが一筋……

「しかたないよね」

意を決して、道に取りつく。下草を棒で掻き分けながら進んでいく……うん。ひのきの棒、すごく便利。

本当にこれであっているのかなあ? 山登りに疲れてそんな疑問が頭に浮かんだ時、昨日ママが言っていた『いい加減な考えに振り回されて、大変に目にあった挙句』というのが、すごく実感を持って感じられた。

確かに、これだけ苦労して何もなかったら目も当てられないよ。

ずいぶん急な道を登ってきて、ようやく木立の間から遠くが見えるようになった。

「おお、ずいぶん遠くまで見える……家はどのあたりかな」

まだ、ちょっと障害物に隠れて見えないみたい。ふと見ると立木の間に『クマ注意』の看板が見える。

「げげっ! クマなんて出るのっ!?」

頭の中に、とあるRPGのクマとの戦闘シーンが浮かんできた。ひのきのぼうで倒すのは難しそうだ……

『おおカナよ。死んでしまうとは情けない……』

ゲームではゴールドが半分になるだけで済むけど、現実ではそれで済ますわけにはいかなそうだ。嫌な妄想が頭に浮かんだせいで、思わず体がブルっと震える……今度来るときは、もっと攻撃力が強い武器を装備してからにしようと強く思った。


「うわっ!」

ふいに足もとの地面が崩れ、身体ごと穴の中に引っ張り込まれた。真っ暗闇を落ちていく恐怖にたまらず悲鳴をあげる!

「きゃあっ!!!!」

しばらくして、自分が地面に出来た穴から地中の坂を転がり落ちてひっくり返っているらしいことがわかった。

「イタタタタ……」

かなり上の方に、自分が落ちてきた穴の入り口がみえる。何メートルか落ちたようだけど、幸い直接ではなく坂を転げるように落ちたのと、土がやわらかかったので怪我はしてないみたい。けど落ちてきた穴の中は結構湿っぽくて気持ち悪い。だんだん目が慣れてきて周囲の様子もわかるようになった……なんか奥の方には横に続いていく穴があって、いかにも地下迷宮ダンジョンっていう雰囲気だ……このまま冒険したらゲーム・オーバー死んでしまうとは情けないは確実な気がする。

「こんにゃろ!」

ワタシは無理やり元気を捏造すると、ひのきの棒を地面に突き刺しながら、必死に落ちてきた坂を登る……足は埋もれるし坂はどんどん急になって大変だったけど、なんとか棒を支えにして上まで登ることができた。ひのきの棒、マジ便利。


「ふぅ、ようやく戻れたか」

穴の外に出れて緊張が解けたのか、ワタシはその場にへたり込んでしまった。

「うぇ゛~、泥だらけ」

穴の中では暗くてわからなかったが、外で見ると服から何から泥まみれで大変な状態……なんか気持ちまで落ち込んでくる。こういう時はヤケ食いして気晴らしをするしかない! 何もしないと落ち込みそうな心を蹴飛ばしながらクマとは遭遇しなさそうな場所に岩を背にして座り、お弁当休憩にすることにした。

「もう、どれくらい登ったのかなぁ」

耳を澄ますと、人の声がする気がする……よくよく見ると背にした岩は幾つもの石が組合わされて作られているみたい。そしてその上の方には大きな古そうな建物が……。

「ええっ、そんなバカな!?」

私は家から持ってきた市内地図を広げてみる。確かに山の中腹辺りに神社があるけど、予定の場所よりずいぶん下のはずだ。

「ああっ!」

今朝、降りたはずのバス停よりも、ずっと下の方に同じような名前のバス停を見つけた……そういえばバスに乗っている時間が若干短かった気がする。

がっくりしながら神社の石段らしいところへ脇から合流して境内の隅っこのベンチに腰を下ろす。

「たしかに、苦労が無駄だった時のショックって半端じゃない……」


『あの子、汚ったないわねぇ……ホームレス?』

『しっ、聞こえるよ。目を合わせないように……』

いくらなんでも、そこまで酷いか!と思って言い返そうかとしたけど、よく見ると手も頭も泥だらけで、服にも木の葉やら蜘蛛の糸が…………こりゃ、確かに間違われても仕方ないか……言い返す気力も失せて、人目を避けるように神社の裏手に移動した。

「ああ、ここからもウチが見えるんだ……」

ちょうど社の後ろで立木に切れ間があって、まっすぐ下の方に見慣れた景色が小さく見えている。木々の間を抜ける風が心地いい。苦労して登ってきた分、少し特別感のある景色に感じる。

「うわー、道を走る車、ちっさ。あんな小っこい中でも沢山ひとがいていろんなことを頑張ってるんだねぇ……これくらいでメゲてちゃ、とても勇者なんか務まらないよね、うん」


 持ってきた水筒のお茶を飲むと、少し元気が戻ってきた……来週もまた、この山で探索かな。こんどはバス停を間違えないように……クマ対策の武器も用意しなきゃね。気持ちをリフレッシュして休息所みたいな所にあった、みんなが書き残していくメッセージノートをパラパラ見ながらそんなことを思った。

『オレ様、参上!』とか『◇◇クンが彼氏になりますように!』とか書かれていて、『おいおい、それって絵馬に書けよ』とか心の中でツッコミを入れていると、『世界の多くの苦しんだり悲しんだりしている人たちを救う人間になれますように』と書かれたメッセージに目が止まる。『なんていうマジメっていうかいい人だよね。こういう事を素直に書ける人って……』シミになって読みづらかったが、一応署名らしき文字も読める『タ・ク・ヤ?……タクヤくんかぁ』ちょっと元気がもらえた気がして嬉しくなったワタシは、その近くに自分のメッセージを強引に書き込んでみた。

『私もみんなを元気にする勇者になって、この世界を救うんだ。いっしょにガンバロー!』


 ところが翌週は、それどころではなくなってしまった。














 

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