第3話 1ゴールド=100円?

 そうは言っても、16歳になったばかりの娘をいきなり世知辛い世の中ぼうけんのたびに追い出すほど非常識ではなかったのか、私は滞りなく自宅で女子高校生々活を送っている……だけど、時間のある時には、この本をもとに冒険クエストをしなければいけない……ということで。


 どんな仕組みになっているのか『ぼうけんの書』は、時々前のページから私にわかる文字(つまり日本語で)新しい冒険の情報に書き替えられる。(最初に見た読めない文字は、きれいさっぱり消えていた)記念すべき最初のページに書きこまれたのは、こんな内容だった。


  16歳の誕生日を迎えた朝、ともえ かなは勇者として冒険を

  始めることになった。最初の装備は、しまむらのふくに、ひのきのぼう。


その日の夜、おじいちゃんから『冒険の資金にしなさい』と言われて五千円もらった……すると、さっそく『ぼうけんの書』に『勇者は50ゴールド手に入れた』と書かれた。ストーカーかよ……それと1ゴールドは100円という相場らしい。


 次の日曜日。学校が始まる前の春休み最後の日、私はトレーナーにジーンズ、手には手頃な長さの(たぶん、ひのきではない)棒を持って、近所の山へ来た。なぜなら、ぼうけんの書に新しい文章が書かれていたからだった。


  勇者は山に登る。山腹から家を眺めつつ新しい旅の仲間に思いをはせる。

  Über den Bergen weit zu wandern Sagen die Leute, wohnt das Glück.

  Ach, und ich ging im Schwarme der andern, kam mit verweinten Augen zurück.


『わーっ、途中から日本語じゃなくなってる……どうしよう? ぼうけんの書、壊れちゃったのかな? う、うばぁでん ばーげん うぇいつ……バーゲンを待つの? わんだぁん、さげんでるーて わほっとだす ぐるーく?……叫んでるって、何を? ?(>_<)?』


 全然わからないので、ママに助けを求めてみた。

「ママぁ、『ぼうけんの書』に、なんか変なことが書かれてるぅ!?」

けれども、ママはニコニコしながらも、割と真面目にこう言った。

「加奈、『ぼうけんの書』に書かれていることを、他の人に聞くのはダメですよ」

何で怒られるのか、その展開についていけない私は、素で返す。

「??? どうして」

「自分には意味のわからない事も、実は冒険の決定的な情報かもしれないの。 そんなものを他の人に教えちゃったら、先回りして取られちゃうかもしれないでしょ」

「う~ん。 でもこれはちょっと違うと思うんだけど……」

納得できないので反論すると、いつもは割とごまかしたりしてちゃんと答えてくれないママが根気強く説明してくれてちょっと驚いた。

「そういう事ではなくても、相談された人が間違えを教えることもないとは言えないでしょう?」

「まあ、それはそうだけど……」

「いい加減な答えに振り回されて、大変な目にあった挙句、けっきょく間違いだったってなったら、すごく嫌な気持ちになるでしょ?」

「う~ん、でも……」

「振り回されるだけならまだいいかもしれないけど、冒険なんだから間違えたら死んじゃうこともあるのよ……冒険者はね、どんなことでも自分で考えて決めるべきだって、あなたのパパは言っていたわ。 行動に悔いを残さないようにね」

 すごい。ママが冒険者の心得をレクチャーしている……でも、さらに驚いたのが、パパの話が出てきた事だった。


 我が家には昔からパパがいない。いや、私が生まれたんだからいるのはちゃんといたはずだけど、昔から我が家ではパパの話はタブーだった。私が小さい頃は、何度も、何度もパパのいない理由をママに問い詰めたのだけれど、そのたびに、はぐらかされ困った顔をされ、大きくなってちゃんとわかるようになったら教えるって言われて……別にさびしい思いをしたわけじゃないけれど……なぜならママもおじいちゃんもすごく優しかったし……もう理由を聞いても、ちゃんと理解できる歳になったとは思うけれど今となっては、なんとなく言い出しにくかった……でも、この感じだと、ちょっとずつでも冒険していくことでパパの謎に近づくことができるかもしれない。

そう思うと、何となく冒険をしていく理由ができたような気がしてヤル気が出てきた……そうか冒険者は何でも自分で考えて決めるべきだってパパは言ってたのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る