その10
「「「「「さ、これでだいたい分かったかな?」」」」」
全く同じ姿形をした中性的な顔つきのイケメンマネージャーは、顔面蒼白のゴシップ記者を何十人もの大群で取り囲みながら確認をした。自分や『Dolly`s』が、外見や性別の垣根をも越えた巨大なクローン集団であり、熱愛疑惑が持ち上がっていたマネージャーとアイドル・網乃メアリは、兄弟や姉妹どころかもう1人の自分自身とも言える密接な間柄であると言う『真実』を。
呆然としながら一切の反応を見せないゴシップ記者を見て、マネージャーの大群はもう一度、本当に分かったのかと問いただした。そもそもこれらの『真実』を見たがっていたのは彼自身であり、自分たちはその要望にお応えして思う存分秘密を明かし続けただけである、それなのにどうして唖然としているのか――イケメンマネージャーは、そう尋ねたのだ。理解の範疇を超えた『真実』を相手に、ゴシップ記者の頭がパンク寸前である事や、そうさせたのは自分たちであるという事に気づいてないような口ぶりであった――いや、もしかしたらわざわざそのような口調や素振りを見せただけかもしれない。
しかし、どうなのか、とマネージャーに大量の美顔に詰め寄った時、ようやくゴシップ記者も頷きで反応をしてくれた。
「「「「「良かった、スクープに貢献できて嬉しいよ♪」」」」」」
そして、何かを思い出したような顔をしたマネージャーがそれを伝えようとした時だった。
「あれ、『私』じゃないですか。何してるんですかー?」
テレビやラジオでよく聞く可愛らしくもしっかりとした声が、広大な『楽屋』の中に響いた。その方向に目を向けたマネージャーとゴシップ記者の反応は、全く正反対だった。一方は何度目かの明るい笑顔になり、もう一方は顔が絶望と恐怖でくしゃくしゃになったのである。
そこにいたのは、ゴシップ記者が狙い続け、密かに気に入っていた人気アイドル『網乃メアリ』であった。ただし――。
「「「「「「あ、雑誌記者さん、こんにちはー♪」」」」」」」
――こちらも大量に増えていたが。
無事に『真実』を伝える事に成功した、と言うマネージャーの言葉に、たくさんのメアリは嬉しそうな笑みを一斉に返した。その顔は、確かにマネージャー――性別は違えどほぼ同じ遺伝子を持つ者――とよく似ていた。そして彼女もまた、ゴシップ記者が凍り付いている理由をいまいち察していないような素振りを見せ、ますます彼を恐怖と絶望で包み込んだ。だが、この場にやって来た『少女』は、メアリだけではなかった。アイドルの生活をしっかりと管理し、身の安全を守るマネージャーがこの場に集まっていると言うことは、それと同じ分のアイドルも近くにいると言う訳であり――。
「「「あれー、ここにいたんすね?」」」
「「「なんだ、結局ここ見せるのね」」」
「ま、ええんとちゃう?」「そうやな!」「ええ場所やないか♪」
「「「記者さん、ようこそいらっしゃいました」」」
――ゴシップ記者の前にずらりと集結した何百何千、いや何万何十万組もの『Dolly`s』は、どのメンバーも全く同じ顔つきだった。背丈も胸も、そして声も少し違うが、瞳の中に宿る考えも、ゴシップ記者に向ける笑顔も、そしてマネージャーと共に見せた、彼が困っている事に逆に困惑するような素振りも、何もかもが規格通りと言う言葉が似合うほど同じだったのである。
最早そこにいたのは、アイドルではなかった。アイドルの姿を模した、『量産型』の何かだった。
「……も……も……もういいぃ!!たくさんだぁ!!」
そして、とうとうゴシップ記者の気力は限界に達した。
耳を押さえ、目を閉じ、大粒の涙と鼻水を流しながら、彼は大きな声で泣き出した。もうこれ以上取材なんてしない、真実なんて知りたくない。だから早くここから出してくれ、こんな光景を忘れさせてくれ――執念と根気で様々な芸能人を追い詰め、その人生を狂わせ続けてきた凄腕の記者は、心の中で大きな白旗を必死に振り続けた。
大丈夫ですか、しっかりしてください。いつの間にか、ゴシップ記者の周りはたくさんのアイドルで埋め尽くされた。大泣きの男性が可憐な少女たちに慰められる――横から見ると一見天国のような光景であったが、本人にとってはその優しく可愛い声ですら、地獄の業火のようだった。最早彼にとって、『Dolly`s』は恐怖の対象になっていたのだ。
このような状態になってしまっては、もう何を言っても無駄だ、と言う事を、アイドルやマネージャーたちはようやく認識した。
「残念だな、『俺』……」
「本当ですねー、『私』……」
「もっと伝えたい事がいっぱいあったのにー」
「ほんと嫌だよー、泣き出すなんて」
彼をここに導いた『有力な情報筋』の正体、日本の人口を遥かに超える数にまで増え続ける理由など、まだまだたっぷりと暴く事ができる『真実』は目白押しであった。しかしこれ以上説明してもゴシップ記者は一切話を聞いてくれないし、取材する気も無い事は目に見えていた。
情けないと落胆したような顔で彼を見下ろしたアイドルやマネージャーたちは同じ瞳を交じらせ、互いに思いを伝え合った後、1つの結論に達した。もうこの場に彼を置いても仕方ない。この場から『脱出』させ、元の世界に戻してあげよう、と。
その事が伝えられた途端、突然彼は目の前にいた1人のマネージャーの肩を強く握り、その体を何度も揺さぶった。出せ、早く出せ。とっとと出せ、いいから出せ。額に脂汗を流し、目を見開きながら、必死になって訴えた。ほんの僅かな希望は、執念と根性で動く彼の体にとっては貴重な燃料であり、活力を少しだけ取り戻させる要素だったのかもしれない。
慌てて駆け寄った数名のマネージャーやアイドルたちに引き離され、ゴシップ記者はようやく肩から手を離した。
「「「「それじゃ、その場を動かないでね」」」」
「分かったよぉ……その場を動かないよぉ……」
鼻をすすりながら、彼は静かにマネージャーの言葉を繰り返した。彼の頭には、とにかくこの場を脱出できると言う事でいっぱいだった。ようやく異常な『真実』の空間から抜け出す事ができる、元の世界に変える事が出来る、だから早く抜け出したい、脱出したい、脱出――。
――まさにその時だった。少しづつ蘇ってきた彼の思考能力が、碌でもない妄想を生み出したのは。
ここまで経験した事は、あまりにも強烈過ぎて、忘れようにも絶対に忘れられない。もし外に『脱出』する事が出来た時、それを他人に言いふらせば、自分は一体どうなろるのだろうか。信じてもらえない可能性は高いが、もし仮に僅かでも信じてくれれば、自分はどうなるだろうか。クローンで満ち溢れたこの謎の空間が公になった時、自分は――!
ゴシップ記者の口元が微笑みのように歪んだ瞬間、突如彼の体は眩い光に包まれた。
「え、え、え……」
「「「動かないで、そのまま立っていて!」」」
そのまま『テレポート』させるから、静かにして欲しい。マネージャーたちにそう言われたゴシップ記者には彼らを攻め立てる気力は無く、素直に目を強く瞑った。この光さえ浴びていれば脱出が出来る、その思いでいっぱいだったのだ。やがてアイドルの無数の可愛らしい声やマネージャーの大量の爽やかな声が、小さくなり始めた。彼らが言った通り、自分の体が巨大な部屋を離れ、元の場所へ戻り始めた証拠なのだろう、彼はそう考え、身を委ねていった。
だが、周りに響いていた声が消えようとした直前――。
「……え……私?」
「……そう言っ……たよ?」
「……当ですか、嬉……で……」
「あい……人をたくさん苦しめてき……」
「もう一つ……っておいたほうが……」
「……と取材を……しない……に……」
「「「「「 」」」」」」
――ゴシップ記者の耳に残ったのは、アイドルやマネージャーの間で起きた、非常に不穏なやりとりだった……。
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