その9

 プライベートやプロフィールは謎だらけ、誰が幾ら調べても分からない――人気アイドルグループ『Dolly`s』と、そのリーダーである『網乃(あみの)メアリ』は、一体何者なのか――凄腕のゴシップ記者は、様々な困難を乗り越え、ついにその真実に限りなく近づく事に成功した。

 だが彼は、一切の喜びも嬉しさも見せなかった。ただ目の前に広がる『真実』を、何も考えずに見続ける事しか出来なかった。


「……こ、これが……しんじつ……」


 彼女、いや『Dolly`s』のメンバー全員の正体が、たった1種類の少女を基に大量生産され続けている『クローン人間』であるなど、一切予想できなかったからである。



 事務所の中に何千何万も存在するクローン少女の培養施設『育成場』で日々産まれ、青白い光に包まれた水槽の中で成長を続けた同じ姿形の少女は、十分に大きくなり外部に出る環境が整うと機械によって取り出され、『楽屋』へ向かうベルトコンベアーに乗せられる。この時点で、既に彼女たちの体には、自分がこの『事務所』で働く者で、人々を楽しませて喜ばせるのが使命であると言うことが遺伝子のレベルで刻まれている、とマネージャーはゴシップ記者へ向けて解説をした。

 所属するアイドルの事を語っているはずなのに、その口調はまるで、自分の身に起きた楽しい思い出話を語るようだった。


「……クローン……少女……」


「そ、何もかもぜーんぶ同じ。しかも遺伝子の劣化も無いし、永遠に増え続ける事が出来るのさ♪」


 

 ベルトコンベアーの上で、彼女たちは自分の将来を考え、薔薇色の未来を見て微笑み続ける。そして、周りに自分と同じ姿形の存在が無数に居る事に対しての喜びや嬉しさを、じっくり噛み締めるのだ、とマネージャーは語った。その笑顔は、あの時のベルトコンベアーにいたクローンたちとよく似たものであった。


 だが、マネージャーの説明通りに全員とも同じ姿形なら、アイドルグループ『Dolly`s』のメンバーが持つ個性は生まれない。そこで用いられるのが、2人が通り過ぎた灰色の『箱』である。あの中を通り過ぎる事で、内部に含まれている様々な設備によってクローンに『装飾』と呼ばれる作業が行われ、それぞれ微妙に違った姿に変貌するのだ。

 ある者は背が少し伸び、ある者は胸が大きくなり、そしてある者は髪の色が金色に変わり、アイドルたちのリーダー格である『網乃メアリ』に変貌するのだ。そして、最後の仕上げとして外見や役目に合わせた様々な能力――歌唱力や運動能力、頭脳、アドリブ力、そしてどんな時にもひたむきな姿――が刻まれる事で、量産型のアイドルは完成するのである。



「その後は、それぞれ仕事を色々と分担する事になる。あそこの50000人のメアリは歌番組担当、20000人はバラエティ番組担当……」


 タレント声優担当、握手会担当、動物番組担当に無人島開拓担当――ゴシップ記者の前で、嬉々としてマネージャーが語りだすと同時に、そこにある透明な箱の中を埋め尽くしていた無数の網乃メアリが一斉に蠢き、笑顔やピースサインをゴシップ記者に向けた。誰かを幸せにしたり楽しませるのはとても良い事、そのためには笑顔やピースサインを向けるのが一番である――彼女に刻まれたアイドルの遺伝子が、条件反射的にそれらの行動を導き出していたのである。


 だが、それを受け取る側のゴシップ記者に、幸せになる余裕も楽しむ心は残されていなかった。


「……しろ……」


 代わりに溢れ始めたのは、彼をここまで導き続けた『怒り』の感情だった。先程までのマネージャーの説明にメモを取る余裕も写真撮影をする気力も残されておらず、最早ここで経験した事を記事にしても単なる嘘つきの三面記事として片付けられるだけの状況になっている。だからこそ、ゴシップ記者には様々な怒りの心が沸き立ち始めたのだ。全てをぶち壊された怒り、常識を滅茶苦茶に汚された怒り、そして――。


「……加減にしろ……!」


 ――散々自分を弄び、どこまでも爽やかさを隠さずに押し通し続けてきたイケメンマネージャーへの猛烈な嫉妬。

 これら全てが、彼に残された最後の気力の源であった。そして、一切空気を読まずにアイドルらしいアピールをし続ける無数の網乃メアリの姿が、ゴシップ記者の堪忍袋をぶち破ったのである。



「いい加減にしろよぉ!!!!!!」


 額に大粒の汗を流し、顔を真っ赤にしながら、ゴシップ記者は怒鳴り散らした。今まで溜めに溜めてきた『真実』への怒りをぶちまけるかのように、悲鳴の如く叫び続けた。口から放たれた唾が次々とイケメンマネージャーへと振りかかろうとも、彼は気にせずに本音を吐きまくった。


「何だよクローンってぇぇぇぇ!!気持ち悪いんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!ふざけんなよぉぉぉぉぉ!!

 そもそも法律でくろーんにんげんは禁止されてるんだぞぉぉぉぉぉ!!!!!!それをボクがぁぁぁ!!!ここから外に言ったら、お前らどうなるか分かってんのかよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!いくらなんでもなぁぁぁぁ、ボクの、ボクの大好きな網乃メアリゃんをだなぁ!!!!!こんなに増やしてなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 

 量産型アイドルと度々揶揄しながら、こっそり網乃メアリちゃんが大好きだったという事実を口に出しつつ、ゴシップ記者は目の前できょとんとした顔を見せているイケメンマネージャーに向けて支離滅裂に怒りを撒き散らし続けた。クローンは気持ち悪い、鬱陶しい、法律で禁止されるべき、絶対にやめろ、工場を爆破してやる――大きな口から考えるだけの悪口を放ち続けた彼は、再び自分が何を言っているかが分からなくなってしまった。

 だが言葉に詰まった瞬間、彼は背後から誰かが肩を叩く感触を覚えた。明らかにそれは目の前にいるイケメンマネージャーではなかった。うるさい、邪魔をするな。怒鳴りながら振り向いた途端――。



「ぎゃああああああああ!!!!!」



 怒りの口調は、あっという間に悲鳴に変わってしまった。当然だろう、先程までずっと怒りで唾を浴び続けていたはずのイケメンマネージャーが、ゴシップ記者の背後にもう1人現れたのだから。それは完全に、外の世界で『網乃メアリ』の大群に遭遇したときの状況と同じであった。



「怒りは、収まったかい?」」」」」」」」

「うわああああああああ!!!!!!いっぱいだあああああああ!!!」



 顎が外れんばかりに大きな口を開き、ゴシップ記者は悲鳴を出し続けた。彼の言葉通り、イケメンマネージャーが1人、また1人と数を増やし、彼の視界を覆い始めたのである。

 そして、何十人も増えたマネージャーは、一斉に同じ言葉を述べながらある方向を指差した。ついその方向に目が行ってしまったゴシップ記者は、もう1つの真相――『網乃メアリとイケメンマネージャーの間柄』についても知る事となった。



「「「「「「「「「あの灰色の機械は、『アイドル』を作るだけじゃない」」」」」」」」」

「「「「「「「「「『マネージャー』を俺たちクローンに『装飾』する機能も、搭載されてるのさ」」」」」」」」」


 

 クローンの『少女』に様々な装飾を加え、一人前のアイドルとして活躍できるように整える巨大な灰色の箱状の機械には、アイドル以外にもその裏で働く者たちを作り出すものも存在する。ここを通り抜けたクローンたちは、黒いスーツや革靴などの衣装に加え、体つきも大きく改造されるのだ。胸は小さめに調整し、体の全体に程良く筋肉をつけ、肩幅と背丈を大きくし、そして『少女』から『青年』にするための仕上げを体に加えることで、『Dolly`s』を支えるマネージャーが完成する、と言う訳である。

 そして完成したマネージャーは、アイドルたちと同様に透明の立方体のような空間に敷き詰められ、億単位になるであろう自分自身と共に出番を待ち続けるのだ。

 


「「「俺の遺伝子は君たちよりも改造しやすいようになっている」」」

「「「性別なんて、簡単に変えられるのさ」」」

「「「それに、『記憶』も刻む事ができる……とっても便利だよ♪」」」




 人気アイドル『網乃メアリ』と、彼女のイケメンマネージャーは、恋人や友人を遥かに超える関係だった。顔つきが似ているのも、単なる偶然ではなかった。性別に関する部分以外、『2人』――いや、彼女以外のアイドルも含めた全員が、同一の遺伝子を共有する、別の『自分』なのだ。



 たった1種類のクローンで構成され、芸能界で蠢きながら巨大化を続ける生命体――それが、『Dolly`s』の真実だった。 

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