その8
「顔色が悪いよ、大丈夫?」
「やかましいぃ!お前に心配してもらいたくないよぉ!」
怒りで大きな足音を立てながら、ゴシップ記者はマネージャーと共に長い廊下を再び歩き始めた。一流のゴシップ記者である自分が恐怖に怯えている所を何度も見られた挙句、上から目線で心配までされてしまうと言う屈辱を味わった彼は、文字通りヤケクソな状態になっていた。ここまで屈辱を味あわせられたのだから、全ての『真実』をどこまでも見届けて、人気アイドル『網乃メアリ』や事務所の事を洗いざらい暴露し、永遠に世間に顔向けできないようにしてやる、と。
だが、いくら強気の態度を見せ続けても、体は正直に恐怖の感情を示していた。網乃メアリによく似たクローンの少女がぎっしりと詰め込まれる恐ろしい光景が広がっていた『育成場』を出てからと言うもの、ゴシップ記者はじっと前ばかりを向き続け、どこまでも続く廊下の左右に並ぶドアに一切関心を示さなかったのである。いや、正確には関心を示したところで恐ろしい事しか起こらないだろう、と言う逃げの姿勢であった。
そして、足早に先へ進むゴシップ記者についていきながら、ドアの説明を延々と続けるマネージャーの声にも一切耳を貸さず、必死に手で耳を押さえ続けた。だが、残念ながら耳を押さえただけで耳に音が入らなくなる訳は無かった。
「ここが『A-38育成場』の扉で、そっちが『B-29育成場』、こっちが『Z-61育成場』で、向こうが『α-15育成場』。結構あるでしょ?俺たちの事務所の……」
「はいはい分かりました分かりましたよぉ!『育成場』がたくさんあってようございますねぇ!」
廊下の左右には、先程の部屋と全く同じ鉄の扉が延々と続いていた。どれも近くには暗証番号を入力する装置があり、それを操作すれば中に入る事ができる構造になっていた。しかしゴシップ記者は、いちいちその扉の中身を説明しなくても、中には青白い光を放つ水槽と、育成され続ける何万人もの少女のクローンがぎっしり詰まっている事を把握していた。知っているからこそ、あの恐ろしく気持ち悪い光景が頭に蘇り、拒絶してしまうのだ。
行けどもいけども、彼の視界に入るのは白い床に白い天井、そして鉄の扉が延々と連なる壁ばかり。額に冷や汗を流し、今にも頭が破裂しそうになりながらも、ゴシップ記者はそれをこらえ、足早に進み続けた。彼は必死だったのだ。危ない、と言うマネージャーの大きな声が聞こえないぐらいに――。
「……い"て"っ"」
――その結果、彼は目の前にあった灰色の扉に思いっきり激突してしまった。
額に大きなたんこぶを作ってしまった彼に向け、イケメンマネージャーは綺麗な手を差し伸べた。だがゴシップ記者はその手を払いのけ、目の前にあるならもっと分かりやすいように言え、と怒鳴りつけた。完全に理不尽な怒りなのだが、ヤケクソになっている彼はとにかく自尊心を保つために何かに怒鳴りつけたい一心だったのである。
そして、マネージャーが扉の向こうを説明しようとした時も、またゴシップ記者は理不尽な怒りを露にした。
「説明しなくていいよいちいち、どーせこの中もクローンに満ちてるんだろぉ?早く見せろよ早くぅ!」
幾ら罵声を浴びせてもなお爽やかな笑顔を崩さず、余裕を見せつけるマネージャーに対し、図星なんだろ、そうなんだろ、とゴシップ記者は怒りを付け加えた。今の彼は、焦りと怒り、そして恐怖に満ち溢れ、余裕を見せると言う概念すら失いかけていたのだ。そんな彼をゆっくりと宥めながら、マネージャーは灰色の扉についたスイッチを操作した。
そして静かに開いた扉の中を見た瞬間、ゴシップ記者は今度は膝から崩れ落ちてしまった。目の前に広がる光景が、またしても、そしてあまりにも予想や常識を逸脱した光景だったからである。手助けを断り、痛がりながらも何とか立ち上がろうと必死に努力する彼を見下ろしながら、再びマネージャーは明るい声でこの部屋の解説を始めた。
「ここが、事務所のアイドルが待機する『楽屋』だよ、メモしといてね♪」
部屋の遥か奥まで伸び続ける、何万何億もの量のベルトコンベアーと、そこに立ち並び、部屋の奥へと数限りなく移動し続ける少女――これをどう解釈すれば『楽屋』になるのか、ゴシップ記者には全く分からなかった。口をあんぐり開け、呆然としながら歩き続ける彼を尻目に、イケメンマネージャーは楽しそうに解説を続けた。
ベルトコンベアーの上に無数に立っている少女は、全員とも先程の『育成場』で産み出され、培養されたクローン少女たちであった。あの部屋では水槽の中で生まれたばかりの姿を晒していた彼女たちだが、この『楽屋』と呼ばれる部屋の中では白色で丈が短い半袖のワンピースを一枚身に纏い、笑顔を浮かべながら延々とベルトコンベアーに載せられていた。それはまるで、工場で次々に生産された製品の基が、自動的に次の工程へ送り届けられるような光景であった。
そう、まさにここは、アイドルを『量産』し続ける場所なのだ。数え切れないほどの『育成場』で製造され、『楽屋』で意識を覚醒され、日々大量に作り出されていく――。
「は、は、ははは……」
――説明を聞き続けていたゴシップ記者には、写真を撮ったりメモを取る気力が一切残されていなかった。あまりにも現実離れした光景の連発に体力や精神力が次々に消耗されていったからである。だが、マネージャーの目を盗んで一目散に逃げ出す、と言う選択肢も、彼には残されていなかった。先程大きな音を立てて閉じた灰色の扉が開いていたとしても、彼にはこの場所からどうやって出れば良いか全く分からなかったのだ。
今の彼に残されていた選択肢は、全く同じ姿形の少女たちが延々と流れ続けるベルトコンベアーを上下左右に眺め続けながら、マネージャーの後をふらふらと着いて行く事だけであった。最早、何がなんだか分からなくなっていたのである。
そして、マネージャーが足を止めるのに合わせ、ゴシップ記者の足も自然に止まった。二人の傍には、何万何億ものベルトコンベアーが入っていく巨大な灰色の箱が大量に並べられていた。
「雑誌記者さん、この『箱』を通ったクローンたちがどうなるか、知りたい?」
どうせ自分には知る事しか選択肢は無いのだろう。ゴシップ記者の皮肉めいた突っ込みは、心の中でしか言う事ができなくなっていた。呆然としながら自然に頷く事しか出来なかったのだ。
そんな彼を見て、マネージャーは明るい声で言った。ずっとゴシップ記者が聞きたかった言葉を。
「そろそろ正解を教えようか?『網乃メアリ』の真実を……」
まるでその言葉に嬉しさを感じたかのように、ゴシップ記者の歩く速度が僅かに速まった。
そして、マネージャーと共に辿り着いたのは、あの『箱』を通ったクローンの美少女がどのような変化をするか、まざまざと見せ付けられる空間であった。
その場所に、『網乃メアリ』はいた。金色の髪にすらりとした体、ほんのり大きな胸、そして美しい瞳――テレビ番組やCMで見る彼女と全く同じ姿が、そこにはあった。ただし、その場にいたメアリの数は1人だけではなかった。同じ髪や体、胸、瞳を持つ人気アイドルが、何十何百、いや何千何万何億と、立方体を思わせる透明な空間にぎっしりと敷き詰められていたのである。
しかも、その場にいたのは網乃メアリばかりではなかった。彼女にそっくりだが髪の色も胸の大きさも、そして瞳の形も全く違う別の美少女が、同じように巨大で透明な空間に数え切れないほどに詰め込まれていた。その横にもまた少し違う美少女が箱の中に、さらにその横にも――。
「……」
――それはまるで、『量産』されたアイドルがたくさんの箱に敷き詰められ、出荷を待つような光景だった……。
「うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」うふふ……♪」あはは……♪」……
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