真実編

その6

「……はっ!!」


 気がついたとき、ゴシップ記者が最初に見たのは見慣れない天井だった。



 謎に満ちた私生活を過ごすと言われていた人気女性アイドル『網乃メアリ』。彼女を巡るスキャンダルの真相を探るために、彼は彼女たちを追跡し、マネージャーと仲良く家に入る様子を激写する事に成功した。だがその直後、彼を待っていたのは心地よさ過ぎる悪夢であった。テレビや雑誌で愛らしい笑顔を振りまく美少女・網乃メアリが、2人、4人、いや何十何百と彼の目の前に現れ、悪戯な笑みを見せながら辺り一面を埋め尽くしたのである。そして、常識を遥かに超えた景色を見たのを最後に、彼は気を失ったのだ。


 だが、彼が気絶したのは延々と続く暗闇の住宅街の中のはずであった。それなのに何故、一度も見た事も、入った事も無い部屋の中で自分は眠っていたのだろうか。固い床のせいで体の各部に痛みを感じながらも、ゴシップ記者はじっくりと自分がいる部屋の中を見渡した。そして、やはりここも何かがおかしい場所である事に気がついた。ここは一切の窓もアクセサリーも、机や椅子さえも無く、真っ白の壁や床を天井から明るい照明が包むだけの、まるで独房のような部屋だったのである。


 一体ここは何なのか、夢の世界なのか現実の世界なのか、誰か教えてくれ。そう叫びそうになった瞬間であった。



「どうもー♪」

「んんんんっっっ!?」


 突然傍に現れた人影に、ゴシップ記者は体が天井を突き抜けそうになるほど驚いてしまった。



 ごめんごめん、と謝ったのは、1人の若い男性だった。

 黒い革靴に黒を基調としたスーツを着込み、胸元に覗くネクタイには、遺伝子を思わせる螺旋状の模様が刻まれていた。爽やかな声を出しながらゴシップ記者を見つめるその顔は、人気女性アイドル『網乃メアリ』にどことなく似た中性的なものだった。テレビや雑誌を賑わせる男性アイドルにも匹敵するほどのイケメンである。



 間違いない、とゴシップ記者は確信した。この憎たらしい男こそ、人気女性アイドルグループ『Dolly`s』を支え続け、そこのリーダーである『網乃メアリ』との熱愛疑惑が持ち上がっている、イケメンマネージャーだ!



「一体何の真似だよぉ、こんなところに閉じ込めてさぁ……!」


 メアリに似た笑みを見せるマネージャーに向けて、ゴシップ記者は憤りの態度を示した。まるで大量生産されたかのように同じ姿形の美少女に囲まれ、どこまで言っても出口が見つからないまま気絶し、訳の分からない真っ白の部屋に閉じ込められた挙句、イケメンから最高に爽やかな笑顔で謝られる――混乱と屈辱に満ちた出来事を経験してしまっては、怒りの感情しか湧き上がらないのも当然だろう。

 それらに加え、ゴシップ記者は様々な負の心に満ち溢れていた。アイドルに翻弄されたせいでスクープが台無しにされてしまったイと言う絶望や、マネージャーのようなイケメンが可愛い美少女アイドルと仲良く愛し合っている事に対しての嫉妬も混じりあい、彼の罵声はさらに大きくなっていった。


「ボクは雑誌記者だよぉ。こんな事して、どうなるのかぐらい分かってるんだろぉ!?さぁ出せぇ!これ以上お前の運命が滅茶苦茶にされないうちになぁぁ……」



 早くこの妙な空間から開放させないと、マネージャーどころかアイドルや事務所まで大変な目に遭う。自分にはそれなりの準備が出来ている。それでも良いのか、自分自身の身を滅ぼしても良いのか。バカ、アホ、マヌケ、オタンコナス。ゴシップ記者は考えられるだけの悪口を言い並べ、マネージャーを脅し続けた。だが、次第に罵声は途切れ途切れになり、しまいには息絶え絶えの状態になってしまった。興奮しすぎた彼は考えられるだけ存分言い尽くし、次の言葉が分からなくなってしまったのである。



 再び白い部屋を静寂が包んだ時、ずっと静かに彼の暴言を聞き続けていたイケメンマネージャーが、爽やかな声を口から放ち始めた。別にこの部屋に永遠に閉じ込めさせておくつもりはない、と。



「じゃ、じゃぁ早く出せよぉ!!」


 こんな訳の分からない『現実』なんて、もう御免だ。ずっと自信満々、傲慢稚気だったゴシップ記者から、弱音や泣き言が漏れ始めた。これ以上意味不明な出来事につき合わされるのなら、死んだ方がましだ、早く出してくれ――そう叫ぶ彼の心には、絶望が混ざっていた。


 ところが、マネージャーから出た言葉を聞いた途端、彼の心に一筋の光が差し込んだ。



「真実を、見せてあげようか?」



 それは、ゴシップ記者が意識を失う直前、何百人もの網乃メアリが一斉に口を揃えて言った言葉と同じものであった。


 一体あの大群は何だったのか。どうして全く同じ姿形のアイドルが大量に住宅街に現れたのだろうか。というか、あの永遠に出られない住宅街は何なのか。そもそも、人気アイドルの『網乃メアリ』とは何者なのだろうか――僅か数時間の間で溜まりに溜まった大量の謎を全て知る事が出来る機会が、突然巡ってきたのである。


 ほんの僅かな言葉であったが、彼の好奇心や挑戦心を刺激するには十分であった。このチャンスを活かすしか、自分に残された道はない、と彼は決心した。散々怖がらせられ、舐められた分、ここでたっぷり取材して、たっぷりと仕返しをしなければ気が済まないからである。


 

 「たっぷりと見せてもらおうか、真実とやらをぉ!」



 自信を取り戻したゴシップ記者は、はっきりとした口調で返事をした。そう来なくっちゃ、と明るく返したマネージャーのその笑顔を、思いっきり恐怖で歪ませてやろう、と言う悪意を込めて。

 『真実』を知る事がどれほど恐ろしいか、嫌と言うほど思い知らされる事など、この時の彼は考えもしなかった……。

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