その5
「な、何だよぉ、さっきのあれは……」
どこまでも暗い住宅街の中を、一台の自家用車が猛スピードで走り続けていた。制限速度の何倍ものスピードを出し続けても、その車を駆る者――ここに住むアイドルとマネージャーの真相を確かめに来たはずのゴシップ記者には関係なかった。延々と続住宅街の暗闇が、早くビルの明かりに変わってほしい、と心から願っていたのである。
この場所に来るまで、彼は熱くも歪んだ記者魂に燃えていた。今まで誰にも明かされず、誰も知らなかった人気アイドルグループ『Dolly`s』のリーダー『網乃(あみの)メアリ』の私生活が、自分の徹底取材で明らかになり、その成果を存分に得る事が出来る、と言う皮算用を頭の中で描いていたからだ。そして狙い通り、彼は網乃メアリがイケメンマネージャーと中睦まじく変わった形の家に入るところを激写する事に成功したのである。
だが、そこから起きた出来事は、彼の記者魂をあっという間に凍らせてしまった。
「量産型……いやいやいや、そんな事ある訳が……」
若手のアイドルユニットは、どのメンバーを見てもみんな同じ顔に同じ姿、そして同じ声。個性が感じられず、まるで大量生産された全く同じ商品のようだ――彼は『Dolly`s』を含む多くの若手アイドルを見ると、そのような考えがよぎってしまう事が多かった。いくら個性溢れるメンバーと紹介されても、リーダーの網乃メアリと他のメンバーの間でたまに区別できなくなる事があったからである。だが、どんなに似ていたとしても『量産型』『大量生産』というのはあくまで言葉遊びの範疇であり、髪型や胸の大きさ、そして声などはそれぞれに個性があるものである、と言う事もしっかり認識していた。何しろ彼は、アイドルたち芸能人を追うゴシップ記者だから。
だが、先程彼が見たものは、そのような言葉遊びのレベルとは全く違う、文字通りの『量産型』アイドルであった。
頭の頂点からつま先まで、ありとあらゆるものが網乃メアリと全く同じ8人の美少女が自分を取り囲み、笑顔で迫ってきたのである。ファンからすれば羨ましい光景かも――いや、いくら熱狂的なファンでも、あの光景は恐怖しか感じられないだろう。大量生産された全く同じ規格の美少女が、全く同じ笑顔で全く同じ言葉を投げかけながら、全く同じ歩幅でこちらに迫り来るなんて――。
「あ、あ、あんなのなんて……何かの間違いだよぉ……」
人気アイドルとマネージャーの謎を解き明かすと言う本来の目的もすっかり忘れ、彼は必死に車を走らせ続けた。この住宅街さえ出ることができれば、何もかもが無かった事になる。自分も今までの事を気にせず、普段どおりの常識に従った暮らしを送ることが出来るだろう――そんな淡い期待を抱き続けていたのだ。
だが、次第にゴシップ記者は、周りの光景の異様さに気づき始めた。
すっかり夜も更け、空には満月やたくさんの星が見える時間に住宅街が静けさと暗闇に包まれるのは当然の事である。だが、いくら車を進めても、一向に真っ暗な住宅街から出ることが出来ないのはどういう事なのだろうか。
「な、な、何でだよぉ……」
道を間違えたのかと思い別の道を進んでも、闇雲に狭い道を走り続けても、距離を示すメーターがいくら更新されようとも、ゴシップ記者の車を取り囲む景色は、街路灯以外一切の光が無い住宅街ばかりであった。この場所に接続しているはずの山道や、ビル街へと続く大きな道へ直結する道路が、どこにも見当たらなくなっていたのである。
一体何がどうなっているのか、自分はどうかしてしまったのか。不安と恐怖に体が支配されかけた、その瞬間であった。
「「な、何だぁ!?」」
大声と共に彼は急ブレーキをかけた。自動車の前方に分厚そうな巨大な『壁』が姿を現したのだ。延々と続く住宅街の景色にそぐわないような存在に驚いた彼は、すぐさまライトをそちらに照らし、目の前にある真っ黒な物体の正体を見破ろうとした。だがその直後、突然『壁』の色が変わった。黒い色の正体が、『壁』を包み込んでいた黒い布であると言う事実に気づいた直後、ゴシップ記者の口から悲鳴が上がった。
何故なら、この巨大な壁を作り出していたのは――。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「こんばんはー♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」…
ミニスカートに淡い色のシャツ、金色の髪に黄色のリボン――人気アイドルユニット『Dolly`s』のリーダー、網乃メアリだったのだ――それも何十人も!
大量の笑顔を見たゴシップ記者はあっという間に恐怖に震え、身の危険すら感じてしまった。このまま壁に進んでいくわけには行かない、急いでバックして別の道を探す必要がある、そう考えたかれは慌てて自動車のギアを変え、この場を脱出しようとした。だが、その時既に彼に『脱出』と言う選択肢は残されていなかった。背後を見るために覗き込んだ車のバックミラーに映されていたのは、バック運転しようとする彼の車を包み込むかのように道の左右を覆いつくした、何十人もの網乃メアリの姿であった。
しかもそればかりではなかった。彼の車が進む予定だった道の向こうにも、目の前と全く同じ『壁』が作り出されていたのである。全く同じ満面の笑みを見せながらゴシップ記者を追い詰めんとする、網乃メアリの大群が――。
「ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」こんばんは♪」ふふふ♪」…
「……い、一体何のつもりだよぉぉぉぉ!!??ボクをこんなに苛めてぇ!!警察呼ぶよ警察ぅ!!!!」
とうとう身動きが取れなくなったゴシップ記者は、車の窓を全開にしながら大声で叫んだ。そこにはもう一切の余裕も勇気も無く、焦りと怒り、恐怖のみが溢れ続けていた。
そして、一番大きな声を張り上げようとした瞬間、突如として何十、いや何百人もの網乃メアリが、一斉に口を開いた。
「「「「「「「「「雑誌記者さん?」」」」」」」」」」」」
「ひぃぃっ!!!」
悲鳴を上げた彼が見たものは、不敵な笑みを見せながら大量の同じ顔が自身の車の周りを数限りなく囲む光景だった。
「「「「「「「「「「「「「「さっき私に言った言葉、覚えてますか?」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「真実を明かさないと、苦労するって」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「でしたら、望みどおりに――」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
――真実を見せてあげましょう。
「う……う……うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その直後、ゴシップ記者の意識は途絶えた。
彼が最後に記憶したのは、車の扉をぶち破りながら、大量の少女が自分に群がると言うものだった……。
≪続≫
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