その4
その場にいるはずがない人物が、その場にいる事があたかも普通であるように、その場に笑顔で立っている。しかも、その人物は『2人』いる。顔も髪も、体も声も、ついでに胸やお尻の大きさまで、何もかもが全く同じ人物が2人、並んで立っている――今の状況を、どう解釈すれば良いのだろうか。。
常識の範疇を超えた出来事を2度も経験してしまったゴシップ記者は、呆然としながら目の前にいる人気アイドル『
「うふふ♪」
「うふふ♪」
何度目を擦っても、何度頬をつねっても、目の前にいる彼女の数は1人に戻る事はなかった。目の前にいるのは正真正銘、間違いなく2人の少女である。だが、どうして2人とも全く同じ姿なのだろうか、硬直しきった頭を何とか解きほぐし、必死になって彼は推理し始めた。
確か、彼女たちが所属するアイドグループ『Dolly`s』は以前から度々アンチや興味が無い人たちから『量産型アイドル』と揶揄される事が多かった。胸の大きさも声も髪型も全員違うのだが、全員とも背丈や体重はだいたい同じくらいと聞く。つまり、衣装を変えれば彼女たちのファン以外は誰が誰だか区別がつかなくなる事かもしれない。
すなわち、目の前にいる2人の網乃メアリは、どちらとも本物の『網乃メアリ』ではなく、彼女そっくりの服を身につけた『Dolly`s』の別のメンバーに間違いない。本物がマネージャーとイチャイチャしている間に、こうして自分の興味を引きつけようとしているのだ。そうだ、きっとそうに違いない。ゴシップ記者が勝手に心の中で抱いた自信は、奇妙な形の勇気を生み出していった。そしてその勇気を振り絞り、彼は自分を見つめる互いに瓜二つの少女たちに声をかけた。だが――。
「あ、あのぉ……」
「どうしましたか?」
「どうしましたか?」
――一斉に同じ可愛い声が返ってきた途端、ゴシップ記者の体を嫌悪感と鳥肌が包んでしまった。目の前にいる2人の美しい少女が全く同一の動きをした事にぞっとしたのだ。だが、何とか彼は自分の考えを彼女たちに投げかける事が出来た。もしかして、貴方達は『網乃メアリ』とは別の人物なのか、と。
「網乃……」
「メアリ……」
「そ、そうですよぉ……貴方たち、メアリちゃんに変装してるんですよねぇ?そうですよねぇ!?」
しかし、街路灯に照らされたのは、ゴシップ記者の必死の名推理をあっさりと否定し、笑顔で横に首を振る2人の網乃メアリの姿だった。
他のメンバーの変装ではないとしたら、どう解釈すればよいのだろうか、再び考えを巡らせようとした直後、彼はあっさりと2つ目の答えが頭に浮かんだ。何故さっきはそのような考えが浮かばず、訳の分からない方向へと行ったのだろうか。これなら顔や声がそっくりな理由も簡単に説明がつくだろう、と再び彼は心に自信を抱き始めた。それに、もしそれが真実ならば、謎に満ちたアイドルのプライベートが自分の手で明らかになったと言う事にもなる。それはそれで大スクープになるのは間違いないだろう。
そして、淡い期待を込めながら、ゴシップ記者は目の前にいる2人の網乃メアリに尋ねた。
「じゃ、じゃあ、貴方達、ひょっとして『3つ子』のアイドルなんですかぁ?3人が共同で『網乃メアリ』って言うアイドルを演じてたり……そうなんでしょぉ?」
その言葉を聞いた2人の彼女の表情が、突然変わり始めた。何かを企んでいそうな悪戯げな笑みを、彼の方に2つも並べてきたのである。テレビで見るいつもの笑顔とは明らかに異なる表情であった。それが先程の回答が当たっている表情なのか、外れているのを示す顔なのか、ゴシップ記者は判別が出来ないまま戸惑い続けた。
そして、彼女たちの口から出た言葉もまた、非常に曖昧なものであった。
「半分間違いですが……」
「半分は正解ですね♪」
一体何がどう『半分』なのか、ちゃんと説明して欲しい、とゴシップ記者が突っ込もうとしたその時、彼はまたまた目を疑うような光景を見てしまった。
「私たちも合わせて……」
「5つ子かもしれませんね♪」
街路灯に照らされた夜の道の向こうから、2人の『網乃メアリ』が姿を現したのだ。その声や顔だけではなく、衣装も胸の大きさも、何もかもがゴシップ記者を笑顔で見つめるメアリと全く同じであった。やがて、彼の目の前に4人の網乃メアリがずらりと並び立った。
『網乃メアリ』と名乗る全く同じ姿形の少女が4人、いや円柱状の家の中にいるであろう彼女も含めて5人も存在する――彼は今までこのような光景を現実で1度も見た事が無かった。ドラマやCM、映画などでよく見られる合成による分身映像が現実になったかのような光景である。
そして、4つの全く同じ笑顔を見つめ続ける彼の頭に、ある嫌な予感が浮かび始めた。もしかして、ここにずらりと並んでいるのは全員とも『網乃メアリ』と言う名前を共有する、全く同じ人物なのでは無いだろうか。いや、そんな訳の分からない事が現実に起こるわけが無い。そんな事は単なる空想や妄想の産物じゃないか、もっと現実的に考えないと――必死に頭の中で葛藤するゴシップ記者だが、残念ながらこの異常事態の真相を推理する時間は残されていなかった。
恐怖で怯える彼を嘲笑うかのように――。
「いえいえ……」
「もしかしたら……」
「9つ子かも……」
「しれませんよ♪」
――さらに4人もの『網乃メアリ』が、暗闇の中から現れたのだから。
あっという間に、ゴシップ記者の周りは8人もの全く同じ姿の少女に囲まれてしまった。口々に全く同じ微笑み声を響かせ、彼の周りでテレビで見せる笑顔を見せ続けると言う異様な光景に、彼の勇気は限界に近づいていた。現実を超越したような空間の真っ只中では、彼女たちは何者なのか、自分の周りで何が起きているのかを考える余裕すら残されていなかった。自慢のカメラでその様子を撮影すると言う選択肢すら、ゴシップ記者の頭には思い浮かばないほどであったのである。
「あ、あのぉぉぉ……や、やっぱり取材はぁ……」
その言葉を聞いた途端、メアリの動きが変わった。彼を取り囲む輪を、少しづつ縮めてきたのである。
「取材……ああ、『私』のプライベートですね♪」
「さあ、撮りますか?」
「撮りませんか?」
「撮りますか?」
「撮りませんか?」
「撮りますか?」
「撮りませんか?」
「撮りますか?」……
つい先程彼が彼女にそうしたように、8人の網乃メアリは満面の笑みでゴシップ記者に尋ねてきた。どんなに優しく可愛らしい声で言われても、ゴシップ記者にとってそれは彼を怯えさせる『脅迫文句』に等しいものであった。
「「「「「「「「さあ、どうしますか♪」」」」」」」」
頭が爆発しそうになるほどの恐怖にさいなまれたゴシップ記者に残された選択肢はたった1つ――
「し、失礼しまぁす!!」
――たくさんの笑顔に見送られながら、この異常な風景から逃げ出す事だけだった……。
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