③みょうれんじえき

洗濯物から、潮の匂いがする。海の近くは洗濯物が潮っぽくなるってホントだったのか。いや、逆に潮の匂いがしなかったらあれか。うん、そうだな。・・・私はこの1年半のうちに脳内で一人ごとを言えるようになった。大人になるって、凄い。いや、大人になったからじゃないかも。

「これ、どーすん?三角たたみ?四角たたみ?五角たたみ?」

「ふつうたたみ!もう、天才歌手さん復帰するんだからどうにか自分で考えなさい!」

「えええ、なんで同級生の30近いやつに怒られなきゃいけないんだ!だって、恋人(仮)のぱんつだよ!どうたためばいいか迷うじゃない。」

「うるさいー!だ、だいたい恋人(仮)って…恥ずかしいからやめてよ」

「えー?」

そう。私は30近くになって、中学時代からの友人と付き合い始めた。それも、今度復帰する天才歌手と。なりゆきでそうなったけど。好きだけど。好きって何だろう。一緒に居ると嬉しいし安心する。でも、それは好きというのだろうか。それだけで好きって感情にしていいのだろうか。30近くになって、恋の味を考えるのは昔食べたブタメンの味を思い出すよりも困難な気がするのだけれど。



「ねえ、今日の夕飯はなーに?明日からほら、吉野さん復帰するんだからさ何かあってもいいんじゃないかと思うわけで!」

潮の匂いに慣れたある夕方。吉野は私の足の間に座りながらそんなことを言った。

いや、どこで言うとか割と関係ないんだけどね。いつものことだし。何で私?

「なんと、今日は冷やし中華です!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!ひやしちゅーーーか!」

「うるさーい!30近いんだから、落ち着け。」

「だって、恋人(仮)が自分の一番好きな食べ物知ってるんだよ!歓喜以外でも何でもない。」

「当たり前、だって私は10年以上も吉野の隣にいた染井さんですから。明日から、頑張ってね。」

「うん。頑張るよ、って吉野素直すぎない?拍子抜けなんだけど。ドキドキするんだけど。大好きなんだけど。」

!?なになに、何が起きたの。好きって言われたの、知ってる。2回目。何でこんなにさらっと言えるんだ、この30近いやつは。私、よくわからないのに。なに、どういえばいいの。私、どういえばいいの何を言えばいいの。あの人の時は上手く出てきたのに。

「えと…恥ずかしい。」

…なんで、こんなこと言ったんだ。私は、今言葉を紡ぐときじゃないのか。紡がないと後悔するんじゃないのか。

「ん、そっか。さてさて、わたしは早く冷やし中華が食べたいな。」

吉野が立ち上がりながら、そう言った。

あ、これだめだ。締め切りが閉めきる。君の心が閉め切る。君はこんなに待ってくれたのに。私、言わきゃだめだ。

「あ」

立ち上がったと思った吉野が抱きついてきた。

「わわっ!?」

「染井、最近迷ってるよね?それが、嬉しい。私がこの間気持ちを伝えたばかりなのにもう、0.001%ぐらい好きになってくれてる。ありがとう。もう、こんな短い期間で0.001%も好きになってくれるんだから楽勝じゃない。あと100年一緒に居たら、100%以上になるよ!」

…なんで私は、悩んでいるの。こんな、まっすぐな思いに答えられない私が憎い。

だから、言える限り言う。

「...吉野の言う通り私は迷ってる。だけど、吉野と一緒に居ると安心することは確かなの。だから、これからもよろしく。」

「うん!」

30近くになって、恋の味を知るのは難しい。でも、恋をするのは今までと変わらない。突然で突然だ。


       つづく(…のかな?)








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染井吉野 ゆかんこ @komai

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