花火のせいだ
泣き虫の女は苦手だ。
泣けば済むと思ってるとか、単なる甘えだろ。
映画に行けばエンドロールまで泣いてるから、外出たら目が真っ赤。
水族館は大丈夫かと思ったら、ラッコが手を叩いてるって号泣。
夕方、暮れ行く頃の車窓の風景なんて、絶対見せちゃダメ。
灯りが揺れているだけで、ほら、もう目がうるんでる。呆れるくらい。
彼女の涙は、自由自在にすっとあふれでてくる。
きらいなはずなのに、穏かな海を見ているようで
彼女の場合は、潮の満ち干きのように、日々を彩る波の音と同じに思えてくる。
*
俺は男だから、物心ついてから片手で足りるくらいしか泣いたことがない。
涙なんて何処かに置き去りにしてしまった。
多分、あの時以来。
高校生の時、初めて一人旅を決行した。
寝袋を背負って山に登ったんだ。山と言っても、近くの低い山だ。
けれど、夜の闇は確かにそこに存在した。
怖くて、同時に新鮮で、なかなか眠れなかった夜。
星明りに目が慣れた頃、隠れていた白い月が薄雲からゆっくり顔を出す。
あの時、自然に涙がこぼれて耳の中に落ちていった感覚だけが、涙の記憶。
*
あいつには、一途に思い続けてきた相手がいる。
そいつは都合のいい時だけ彼女を呼び出して、惑わせ、迷わせた。
許せねーよ。男も、そんなヤツに惚れてる方も。
俺に許されなくても関係ないか。
私ね、あの人のこと、期待してないの。
時々見せてくれる優しい顔はただの気紛れで、本気じゃない。
自分の心を閉ざして、黒に染まっていく感情のない世界。
自分にささやかれる言葉を本気で受け取れずに、心は真っ白になる。
ストップウオッチで止まったまま。
可哀相な私。自分に同情してる。まるで世界の終わり。
だんだん笑わなくなって、凍結した人形のようになっていく。
彼女はある日突然、いなくなった。
*
毎日気がかりで、心がバラバラに切り裂かれていくようだった。
連絡しても返事はない。友人に聞いてもわからない。
今あいつのいる場所はこの空と繋がってるだろうかと、窓の外ばかり見てた。
二週間が経って、唐突に電話が鳴った。
元気? 無邪気な声。
はぁっ? 元気じゃねーよ。どんだけ心配させれば気が済むんだよ。
えー、怒らないで。
もしかして呆れてて口ききたくない?
呆れてるけど切るな。ずっと話せ。今、どこだ?
えっとね、北海道。
はいー?
湖のほとりだよ。すごくいいところ。
そりゃあ、いいご身分で。
*
あのね、今から30分後に花火をはじめます。
だから、君も準備するように。去年の残りでもいいよ。
同じ時間に炎を見つめるのって、ロマンチックじゃない?
言われるがまま、物置に行って去年放置した花火セットを持ってきた。
これ、しけてねーかな。火、つくかな。
そういえば、昔はよく川原で花火やったな。
マッチで火をつけるのが怖いって、俺は点火係りを押し付けられて。
そんなことを思い出して、擦った火をかざす。
花火に点火すると、真っ白な煙しか出なくて、むせて涙が出てきた。
言っとくけどな、煙いせいだぜ。
シュルルルル。うわぁー。
あ、ねずみ花火でしょー。きゃははっ。
ちっ。でも、笑えるようになったんだな。
彼女が花火の映像を送ってくる。
パチパチしている火花を撮っているだけで、自分は映さない。
こら、振り回すな、目が回るだろ。
最後は決まって、線香花火。
蛍のようなまるい玉を、少しでも長く、落さないように
風に揺れないように左手で守りながら、どっちが長く残るか競い合った。
そっと息を潜める。
ジュッと音を立て、君の最後の火の雫がぽつりと落ちた。
そばにいたときには横顔が気になって
ついよそ見して、いつも負けてた。今年はおまえがそばにいない。
*
帰ってきた彼女は陽に焼けてて、拍子抜けするくらい元気だった。
どうだった、北海道。
えっとね、絨毯みたいだったよ。あちこちで、ごろごろ転がったの。
今回の旅行ではね、なんと3回しか泣きませんでしたー。
毎日泣いてばかりかと思ってたでしょ?
そうだな、今も涙目だが。
今はいいの。ほっとしたらちょっとね。
と、見る間に、目がうるうるになっていく。
今この瞬間がすごくいとおしくて、でも同時にもう二度と戻ってこないんだよ。
そう思うと、やっぱり泣いちゃうんだ。
もうさー、黙って抱きしめていいか?
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