夏の果てしなき。
七夕夜の手紙
今夜は、どうしても思い出してしまう人がいて
夕闇が落ちて星が降ったら、私にとって特別だったその人を想う時間。
君のことだから、七夕なんて特別じゃないとか
煙草をくわえて悪態をつきながら、それでも空を見上げるだろう。
あれからもう一年が経ったんだね。
君は、元気にしていますか。
音沙汰はないけど、きっと何処かで歌を詠んでいるのでしょうね。
チェロは君の手からメロディを奏でるようになりましたか。
それとも、もう捨ててしまいましたか。
愚かな私は、夏が過ぎたら帰ってくるのかなと、ぼんやり待っていて。
君の紡ぐ言葉をいつまでも読んでいたかっただけなのに。
いや、帰って来ないとわかっていて、だから誰かに甘えて。
後悔するくらい思い切り傾いていたのに。
*
また性懲りもなく君に手紙を書いている。もう読まれないと知っていて。
ここのところずっと手繰り寄せていた、過去のやり取り、君の作品。
或る日、君が私を見つけてくれたね。
互いに響くものがあって、似ていたから引き寄せられた。
よく気づいたね。あんな勝手な思いが伝わるなんて奇跡だった。
私は作品の何処かに、君宛ての言葉の暗号を交ぜるのが癖になっていく。
雨上がりのポストに、ことりと入っていた小さな青い手紙。
私の密やかな欠片に気づいて困惑しながら、惑星間通信の速度で届いた。
君がたとえてくれた私の言葉たちは
雫色の封筒に、夜から貰ったインクで書いた便箋の中。
七夕の二ヶ月前に交わされた手紙は、かくれんぼしてる。
誰でも探せる場所にあるけど、でも、私たちだけのもので。
*
まるで予言のように、二人で会話するようになった瞬間から
離れる日のことを憂いていた君。風に乗って何時しか消えていく。
哀しみを帯びていた私宛の手紙。それは、雨上がりの詩。
透明に消えてゆくひと言の手紙が
弱いつながりを保ち、その色は失われ
たったひとりの読者に手渡され
少年の初恋めいた手紙に
こっそり込めた不器用な言葉が
受け継がれ、どこかで生きていくといい
言葉の花束をくれた日さえ、嬉しさをすぐ過去に葬り去るかのようにね。
郷愁のつまったノスタルジアの箱に
こっそりしまわれた誰かへの手紙が
移り気なあなたのとおい未来、今この時が過去になった頃
もう一度そっと開かれて、少しだけ甘やかな残り香を漂わせる。
その日に、想いを馳せずにはいられない。
果たして、甘い香りは漂っているのだろうか、私と君に。
君が私を思い出すなんてこと、ありはしない。
思い出しているのはきっと私だけなんだ。一方的に。
*
七夕の夜にしたためた最後の伝言に
呼応するようにはじまった物語は、途中で投げ出されたまま。
君が言葉を残したまま消えたのは
私のためなんてことは一切なくて、勿論それは優しさでもなくて。
もう存在も思い出さず、振り返ることもなく、未練もなく
ただ前を見つめて、君は行ってしまっただけ。
使われなくなった宇宙基地と同じで、いつしか廃墟になっていく抜け殻。
それでも私は、時折そこを訪れるの。瓦礫を踏む足音をさせながら。
一瞬で消えてしまった情熱の残り火で、また焚火をはじめようとするんだ。
ひとりで、一人で。棄てられた言葉を、拾い集める。
いつかしら、その残骸さえも消える日が、突如として来る気がする。
思い出を訪れる場所さえ失った心は、途方に暮れてしまう。
ね、いつまでも残しておいて。
そう言った途端に失くしてしまうのかもね、アマノジャクな君だから。
*
別れにつながる夜は、記憶の箱の中に閉じ込められている。
あの一言が、あの表情が、最後だったのだと。今思えば。
氷で封印された向こう側を、ちらちらと自由に泳ぎ回る。永遠に。
仕方ないのにね。どうすれば良かったかなんて、考えても意味はない。
どうしていつしか皆、去っていくの。
擦り抜けていくの。もう捕まえられない場所に。
逢うわけにはいかない言葉だけの間柄なんて、所詮脆い。
七夕の夜が来るたびに、きっとこの先も、一年に一度
私は君を思い出すのでしょうね。
風鈴の音がして、もう泣かなくていいよと撫でていく。
またね、来年まで忘れるよ。
私には今、大切にしている人がいるから。
風前の灯火だけれど、構わずに。
* 愁う月の君 「雨上がりに届く青い手紙」に。
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