第2話 佐々木美菜


 学校へ登校すると、すでに佐々木さんは席に着いていた。


 僕はそれとなく近づき、話しかける。


「佐々木さんおはよう」


「うん、葛城君おはよ!」


 バッグを開き、禁書を少し見せた。


「放課後に話をしたい。いいかな?」


「……!?」


 彼女は驚きの表情を見せ、僕の顔を確認する。


「大丈夫、争うつもりはない」


「そ、そう……」


 反応を見る限りでは、彼女も禁書の争いに関しては知っているようだ。だったら話は早い。正直、彼女とは争いたくないし、しようとも思わない。僕にとって彼女は特別だ。


 授業が始まるが、彼女は動揺を隠しきれないのかチラチラと僕を見て来る。争うつもりはないと言ったんだけどな……信用されていないのかもな。


 

 放課後になり、体育館裏へ呼び出した。



 彼女はすでに白い禁書を持ち、僕を警戒している。見た限りでは回復系だと思っていたけど、もしかすれば攻撃魔法も持っているのかもしれない。


「こんなところに呼び出して謝るよ」


「いいわ。それよりも葛城君は禁書保有者なの?」


「そうだよ。一昨日に禁書図書館に招かれた」


 僕も禁書を出すと、話を続ける。


「実は悪いと思ったんだけど、昨日佐々木さんが魔法を使うところを目撃してしまって、禁書保有者だとすぐに分かったんだ」


 彼女は僕が本を取りだした事に警戒心を強め身構える。


「ああ、待って。僕は言ったように争うつもりはない。出来れば話し合いで事を済ませたいんだ」


「話し合い?」


「うん。佐々木さんもジョーカーから話を聞いていると思うけど、禁書は相手を殺す事で所有権を獲得できる。でも、譲渡することで渡す事も出来ることは知っているよね?」


「そうね。「譲渡」と言えば、相手に渡せると言っていたわ」


 僕は頷き、さらに話を続ける。


「じゃあ三人で話し合って、願い事を山分けすればいいじゃないかな? お金は無理だとしても、それに近い物で分け合えば争う必要はないよね?」


「そうね。金や宝石なんかが、いいかもしれないわ。でも、葛城君はどうしてそんな事を言うの?」


 最もな疑問だ。願い事を独り占めすれば、誰にも邪魔されることなく好きな事を叶えられる。


「僕は身勝手な争いが嫌いなんだ。これはジョーカーが勝手に仕掛けた争い事だよね? だったらそれに乗る必要もないわけだ」


「……確かにそうね。それに私はもう願いは叶えられたもの」


「え?」


「私の本は回復系よ。病気でも怪我でも治せるわ。そして、私の願いはただ一つ。病気だったお母さんの身体を回復させることだったの。だから願いはもう叶ったわ」


 僕は感動した。彼女は恐らくわざわざ回復系の禁書を、ジョーカーに探してもらったんだ。やはり彼女は思った通り交渉できる人物のようだ。


「やっぱり佐々木さんとは争いたくないよ。僕の本は召喚魔法の禁書だ。どちらかと言えば精霊召喚かな」


「私にそんな事を教えていいの? もしかすれば攻撃魔法を持っているかもしれないわよ?」


「いいよ。君と争うくらいなら譲渡するつもりだ」


 彼女はため息を吐くと、地面に座り込んだ。よく見ると少し震えている。


「良かった……ジョーカーに殺し合いが行われるって脅されたから、私ずっとビクビクしていたの。禁書保有者が葛城君で本当に良かったわ」


「僕も佐々木さんが保有者で安心したよ。でも、残りの一人はまだ分からないけどね」


「そ、そうね。話の通じる相手ならいいけど、そうじゃないと戦わないといけないのよね?」


「その時は僕が護るよ。その代り佐々木さんは回復をお願いする」


 僕と佐々木さんは握手を交わし、同盟を組んだ。



 ◇◆◇◆



 今日は近くの山へ来ている。佐々木さんも一緒に来ているので、少なからずドキドキしていた。


「ねぇ、葛城君は数日前に禁書図書館へ行ったのよね?」


「うん。一昨日だね。佐々木さんは?」


「私は一週間前。でも私の前に保有者が一人いると言われたわ」


 一週間前と言うことは、一人目はそれよりも以前に禁書を手に入れていた訳だ。


 僕は禁書を取り出すと、召喚する。


「我が命により顕現せよ、スライム」


 光が放たれ水色のスライムが現れた。相変わらずプルプルと揺れて、僕の足にすり寄る。


「可愛い!!」


 佐々木さんはスライムを持ち上げると軽くなでる。スライムが彼女を食べるんじゃないかと思い、止めようとしたが遅かった。


 しかし、スライムは彼女になされるまま手の上で揺れている。どうやら僕が敵だと認識しないと攻撃はしないようだ。


 そのまま今度はシルフを呼び出す。


「我が命により顕現せよ、シルフ」


 小さな羽をもった女の子が現れ、佐々木さんは黄色い悲鳴を上げる。


「可愛い!! 素敵よ!」


「§ΘΛ!?」


 シルフはあっけなく彼女につかまり、頬ずりされる。何か叫んでいるが、今の佐々木さんから逃げられる感じではない。


 さて、ここまでは昨日と同じだ。やはり体から何かを抜き取られた感じもするので、おそらくはMPマジックポイントのようなものが消費されたと考えるべきだろう。


「我が命により顕現せよ、ウンディーネ」


 光が放たれたあと、小さな水の渦が起こり一mほどの透明な女の子が現れた。首を傾げ俺を見ている。一応ワンピースらしきものを着ているが、同様に透明で体の一部と推測する。


「うわぁ! こっちも可愛い! 葛城君ズルいよ!」


「いや、ズルいと言われても……」


 僕は軽く頭を掻いた。どうやら佐々木さんは、可愛いものには目がないようだ。今も夢中でウンディーネを撫でている。


 面白いのは水で出来ていると思われるウンディーネは、触ると人間のような感触なのだ。程よい弾力で、小さな手で僕の手を握り返してくる。確かに可愛いな。


 今度はサラマンダーだ。そこで一つのアイデアが浮かび、試してみる。


「サラマンダー」


 小さく光り、手のひらサイズの火のトカゲが出てきた。


 今のは呪文を省略したのだ。やはりというか、サラマンダーは小さなサイズで現れた。なぜ分かるかというと、召喚の光が弱かったからだ。おそらくちゃんと詠唱すれば一m近くのトカゲが出てきたはずだろう。


「あれ? 触っても熱くない」


 目を離したすきに佐々木さんは、サラマンダーを手に持っていた。さすがというか、彼女はずいぶんと勇気を持ち合わせているようだ。


「多分だけど、サラマンダーの火は体の一部じゃないかな? 敵意がない相手にはダメージを与えないという特性があるのかもしれない」


「へぇ、こういうのも可愛いよね」


 駄目だ。全然僕の話を聞いていない。


 気を取り直して今度はノームを呼び出す。


「ノーム」


 やはり光は小さく、手のひらサイズの小人が現れた。見た目は小さなドワーフだろうか。面白いことに手には小さなツルハシを持っている。


「ΦΨ§!」


 僕を見ると手をあげて挨拶らしきものを口にする。召喚魔法か、やっぱり面白い。


「ノームは……まぁまぁね」


 佐々木さんはノームはお気に召さなかったようだ。


 とりあえず召喚した五体をそのままにして、様子を見ることにする。その間に佐々木さんが魔法を見せてくれるようだ。


「私のは神聖魔法禁書よ。使える魔法は三種類だけ。

 回復(小)、状態回復、範囲回復(小)」


「自分にはかけられる?」


 彼女は横に首を振る。


「回復は自分にはかけられないの……」


 やはりか。禁書というからには、デメリットも存在すると考えていたことが当たったようだ。もしかすれば僕が知らないような、リスクもあるかもしれない。


 僕は指を木の枝で傷をつけると、彼女に差し出した。


「それじゃあ治すね。我願う、この者の傷を治したまえ」


 掌が光り一瞬で傷はなくなった。


「これは確かにすごいな……」


「試していない傷や病気もあるけど、大体は治癒できると思うよ」


「これで回復(小)か、恐ろしいな……」


 すると、一時間を超えたあたりから体が苦しくなってきた。全身が気怠く眩暈めまいがする。やはり召喚し続けると、魔力を消費し続けるのか。


「だ、大丈夫? なんだか顔色が悪いよ?」


「心配いらない。どうやら禁書は使うと魔力を使用するようだ」


 僕は五体の召喚を解いた。


「ふぅ、少し楽になったが、やはり魔力を使いすぎると体に負担があるみたいだね」


「魔力……そんなものが私たちの中にあるの?」


「わからない。もしかすれば生命力みたいなものかもしれないが、魔力といったほうが分かりやすいだろ?」


「そうね。とりあえず今日はお互いの力も見られたし、これくらいにしようか。それじゃあ、また学校でね!」


 佐々木さんは元気よく手を振って帰って行った。


 山の中に残された僕はつぶやく。


「佐々木さんか……」


 僕はいつの間にか嗤っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る