禁書図書館へようこそ

徳川レモン

プロローグ

 禁書図書館

 

 突然視界が切り替わり、僕は混乱した。


 そこは円形の部屋に、壁には本棚がびっしりと並べられていた。


 上を見上げれば天井が見えない程高く、壁の本棚たちは遥か上に続いている。そんな本棚には古めかしい本が敷き詰められ、一目で価値の高そうな本だと理解できた。


「ようこそ禁書図書館へ」


 燕尾服を着た男が静かに述べた。


 僕は何が起きたのか分からず、周りを見渡す。先ほどまで高校から帰宅中だった筈だ。あったはずの自転車は手元にはなく、景色にも見覚えがない。


「此処は何処ですか?」


 燕尾服を着た男は顔に仮面を付けており、その表情は分からない。だが、先ほどの声で若い男だと理解できた。


葛城静谷かつらぎしずや様は、禁書図書館への入館が許されたのでございます」


「禁書図書館?」


 混乱していた思考を落ち着かせ、目の前の男に質問する。


「はい。禁書図書館とはその名の通り禁書を保管する図書館でございます。しかしながら、蔵書は大変貴重な為、入場者を制限している訳なのです」


「禁書と言うのはどんな本なのですか?」


「禁書は様々な内容の物がございます。例えば水を操るものや人の心を操るものまで幅広く収めているのです」


「じゃあその禁書を読めば、魔法のような力が手に入れられると?」


 問いかけに、彼は指を振る。


「残念ですが、そのような事はございません。力を振るうには書かれた内容の本を手にした状態でなければなりません。よって、葛城様が使える力は一冊のみでございます」


 僕は頭を回転させる。


 聞く限りでは魅力的な話だ。誰でも魔法を使いたいと思った事はあるだろう。当然、僕も同じだ。


 しかし、恐らくだが此処にある本を、際限なく貸し出してもらえることはないだろう。禁書と言うからには、禁断の術が記されている筈だ。もっと情報を手に入れなければ判断できない。


「図書館と言うからには貸し出してもらえるんですよね?」


「もちろんでございます。ですが……一人につき一冊までといたします。一度貸し出された禁書は、貴方様が他者へ譲渡するか、もしくは死ぬまで保有することになります」


「死ねばどうなるの?」


「保有者が死亡した場合、禁書は放置されます。最初に手に取った者が新たな保有者となりますので、十分にご注意ください」


 怪しい。肝心な事を目の前の男は語っていないのだ。僕は口を開き核心を突く。


「他の保有者も居ると言うことですよね? その場合はどうなりますか?」


「ふふふ、さすが葛城様です。よくぞ気が付かれました。禁書を保有している者はすでに二名存在しております。

 

 最後の一人になった際は、当館から何でも願いを叶えて差し上げましょう」


 やっぱりか。保有者で戦わせるつもりだったんだな。あまりにも甘い話だと思ったけど、やっぱり裏があったな。


「願い事と言うのは本当に何でも?」


「ええ、世界征服をしたい。死者を蘇らせたい。何でもでございます」


 少しだけ考えると、返事をした。


「まだよく分からないけど、このまま放置できる事でもなさそうだ。分かった。僕は話に乗るよ」


「フフフ、流石でございます。では私の事は【ジョーカー】とお呼び下さい。ここでは支配人をさせていただいております」


 ジョーカーは深く一礼すると、顔を上げて右手を本棚へと掲げた。


「さぁ、お好きな禁書をお選びください」


 僕はここに来て初めて足を踏み出す。


 突然の出来事だったが、不思議とすんなりと受け止められた。世の中には語りつくせない不思議な出来事が存在すると、心のどこかで思っていたせいだろう。


 ふと、制服のポケットに入っている携帯を見てみると、やはりと言うか圏外になっていた。それどころか画面はノイズが混じり不安定な感じに見えた。此処は普通の空間ではないのだと推測する。


 気持ちを切り替え、本棚を見た。


 遥か上まで続く本棚は、梯子などがないこの部屋では手が届かない気がした。


「質問があります。上の方の本はどうすれば取れますか?」


 ジョーカーに聞くと、彼は親切に教えてくれる。


「館内のみ空を飛ぶイメージで浮遊することが出来ます。


 もちろん私が取りに行ってもよろしいのですが、葛城様と私が本へ直接触れるのは合わせて一回のみ。私が手に取った瞬間、それは葛城様の保有書籍になってしまいます」


 なるほど、チャンスは一回だけと言う訳か。


 僕は本の背表紙を眺める。記号のような文字で理解できない。


 他の本も同じで、選ぶには勘に頼るしかなさそうだった。


 ――待てよ。


 ジョーカーに文字を読んでもらえばいいじゃないか。


「ジョーカーさん。こちらへ来てもらえますか?」


「はい、なんなりと」


「これはなんて書いてありますか?」


 一冊の本を指差すと、ジョーカーは答える。


「それは召喚魔法禁書と書かれております」


 召喚か。悪くない。


「これにするよ」


 すっと、紫の本を本棚から抜き取った。


 あまりの決断の速さにジョーカーは、驚きを隠せない様子だ。


「よろしいのですか? 他の二人の方はかなり悩んでおられましたが、葛城様は探し始めてまだ数分でございますよ?」


「いいさ。一目で気に入ったし、この本からは何かを感じるんだ」


「そうですか……では、召喚魔法禁書を貸し出しとさせていただきます」


 ジョーカーは再び深々と頭を下げると、僕の身体が消え始める。


 どうやら元の空間へ帰るのだろう。


 

 禁書図書館から、葛城静谷は完全に消えた。





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