第19話;フライング
昼前になり、妖精探索を諦めてホテルに戻ろうとする。正直、冒険はつまらない。手掛かりがない対象を、ただただ探し続ける。橋本の顔色が気になった。もう飽きたのではないだろうか?
「いや~、見つからないね!残念!」
しかし心配を他所に、笑顔を見せてくれた。
「簡単には見つからないよ。小百合ちゃんが、2年以上探しても駄目だったんだよ?」
「…そっか。」
難しいと言うアドバイスに、橋本は満足げに呟いた。
「あれっ?井上君、2階から落ちた時、怪我したんだ。…大丈夫?」
そして僕の右頬を触る。未だ鈍い痛みが走る。どうやら腫れの理由を、窓からの落下のせいだと思っているらしい。
「………。覚えてない?」
どんな手段で僕を起したのか?聞くなら今がチャンスだ。
「覚えてないも何も、雪に埋まった顔をどうやって見ろって言うのよ?」
「………。」
結局謎は、謎のままに終わった。
見張りもいない非常口からホテルに入る。スキー実習は続いているようだ。
部屋に戻ると窓から顔を出し、右側を覗いた。橋本の指示だ。だけど彼女は、まだ顔を出さない。
待っている間に、もう1度周囲の様子を確認する。体育館は40メートル程の長さがあり、周辺には木々が生い茂っている。入り口とホテルを繋ぐ通路まで、そしてホテルの横幅分の範囲だけが伐採されていて、後は一面、緑と白の2色に染まっている。除雪もしていない。おかげで命拾いをした。
「………。」
林にも見えるホテル裏の茂みに妖精はいる。そう思えた。
(晩の間、窓からずっと外を観察してようか?)
窓を確認すると…曇りガラスの二重窓で、外の様子が全く分からない。開けて眺めれば皆から嫌がられるだろう。妖精の探索は現場に出て、行き当たりばったりで行うしかないようだ。
「お待たせ!」
橋本が、やっと窓から顔を出した。と同時に、皆が部屋に戻って来た。お互いに目だけで無事を確認し合い、急いで窓を閉めた。
今回の実習では怪我をしない倒れ方を学び、ソリ遊びを楽しんだだけらしい。なるほど、先生が休んで良いと言う訳だ。1回分の遅れで大差は出ないだろう。
昼食は、サラダとミートスパゲッティだった。…お米が恋しい。
食事終えて部屋に戻る際、橋本が声を掛けてきた。曰く、女子側の非常口も開閉可能との事。後は晩に、見張りの先生がいない事を祈うばかりだ。
午後の実習には、僕も橋本も参加した。スキーは…難しかった。ラグビー経験者である僕はシフトウェイトに自信があったけど、どうも上手くいかない。練習場からはホテルが見える。つまり僕らは、斜面が緩やかな場所で実習しているのである。それなのに数多くの尻餅をついた。悔しい事に、白江はスキーが得意だった。経験はないものの飲み込みが早く、インストラクターが太鼓判を押した。
夕、食、は!感動が感動を呼ぶ焼肉定食だった。勿論、ご飯のお代わり自由!頬張ったお米は塩辛い気がした。夜7時だと言うのに、食欲は全開だった。
10時までは自由行動。さっさとお風呂に入る人もいれば、ロビーでうろつく人もいた。男女入り混じってお土産を物色し、雑談に盛り上がった。しかしロビーには、見張り役の先生もいた。
さっさとお風呂を済ませた僕らは会議を開いた。議題は勿論、妖精の件だ。側には白江もいた。班長であるから、何かと協力を得られると思ったのだ。集まった場所は正面玄関側のソファーで、側にある壁は全体がガラスで出来ており、外の様子が伺えた。強い照明に照らされながら、ナイタースキーを楽しむ人が多くいた。
「俺が思うに…非常口には見張りが就く。」
白江が、唐突に口を開いた。僕らは周囲を見渡した。…少し寒い場所だからか、誰もいない。それでも僕らは声を殺して会議を続けた。
声のボリュームを調整しない白江が、自身の推理を披露する。
「見張りは2人。1人は、玄関の監視をする。裏口には非常口の表示がなかった。就寝後には鍵が掛けられて、出入り不可能になるはずだ。見張りは必要ない。残りの1人は、男子側の非常口にいるはずだ。」
2人の先生が見張りをすると言う。女子側の非常口には誰もいないのか?見張りが必要な理由は、異性交流を警戒しての事だ。歩いて行ける距離に繁華はない。見張りは、ホテルからの脱獄者を捕らえるのではなく、異性の部屋への侵入者を捕える為に配置される。男子の部屋を訪れる女子はいない。行動は、男子が起すのが一般的だ。だから男子側の非常口さえ押さえれば問題は発生しない。万が一、物好きな女子が非常口を抜け出したとしても、男子側の非常口に見張りが待っている。スタートは切れるけどゴールが出来ないのである。女子側に見張りがいなくても、男女間の交流は防げるのだ。
そう講じた白江が、やけにカッコ良く見えた。しかしその説得力ある推理が、僕らを絶望させる。結局は実習時間以外、冒険に出るチャンスはないのだ。橋本が足掻こうとしたけど、僕は強く反発した。旅行の目的はスキーなのだ。お尻が痛くても、やっぱりスキーは楽しい。地元では味わえない楽しさだ。橋本には思い出をしっかりと作って欲しい。『高校の修学旅行では、妖精探しを楽しんだ』なんて思い出は馬鹿げている。
脱出の方法を模索しては諦め、考察しては否定し、それだけで時間が過ぎる。就寝時間が訪れた。勿論、それを守って眠る人はいないけど、部屋に戻らなければならない。10時30分になると、先生の点呼が待っている。こればかりは班長に譲れない様子だ。
「先ずはお互い、非常口の見張りを確認しよう。冒険は、次の日までお預けだ。」
橋本にそう伝え、部屋に戻る事にした。
点呼が終わると、部屋の人数が増えた。クラスの皆が会議を開いたのだ。眠りたい人は隣の部屋へ、しゃべり足りない人はこの部屋へと…そう決めたらしい。僕は夜型人間だけど、部屋が騒がしいのは頂けない。迷惑な話だ。
本格的に騒がしくなってきたので、部屋を出る事にした。2つの目的があった。1つは、見張り役の先生がいるかどうかの確認。もう1つは、ロビーにある自販機で炭酸飲料を購入する事だ。
「井上、何してる?さっさと寝んか?もう12時を過ぎたぞ!?」
1階の踊り場には、残念ながら先生がいた。深夜の冒険は絶望的だ。
「あっ、済みません。喉が渇いて…ちょっと、自動販売機に行こうかと…。」
「嘘じゃないだろうな?ロビーにも先生はいるぞ。女子の部屋に行けるなんて思うな?」
「ははっ。そんな事、考えていません。2分以内に戻って来ます。」
「分かった…。さっさと行け。物を買う事も、本当はいけないんだぞ?早く寝なさい。」
非常口で言い訳をし、ロビーでも同じ会話を交わす。見張りは厳重だ。
「先生、これ…。生意気かも知れませんけど…。」
非常口に居座る先生に、ホットコーヒーを差し出す。
「何だ…?こんなもん。これで女子の部屋に行けるなんて思うなよ?」
「先生もしつこいな。そんな気は一切ありませんよ。(脱獄は考えてますけど…。)先生、寒そうに見えたから…。」
「そうか…?それはスマンな。ならばお言葉に甘えて…頂くとするかな?」
先生が微笑む。ここは通路なので暖房も上手く届かない。交代制だと思うけど、先生が不憫に思えた。特にこの先生は…
「ところで井上…。お前、成績は大丈夫か?」
階段を上がろうとしたのに先生が引き止めた。先生とは長い付き合いだ。名前を上羽と言って、英語の教師…。補修授業で面倒を見てくれた人だ。授業では厳しいけど、それ以外では優しい先生だ。余り人とは絡まない僕も素直になれた。
さっきの話の続きだけど、先生は残念ながら…側面は残っているものの頂上は更地になっている。だからこの場での見張りが、尚更不憫に思えた。
「期末の成績、知ってるでしょ?大丈夫ですよ。」
「ギリギリだったぞ?そんな事じゃいかん。もっと上を目指さんか!」
先生が、缶の蓋を開けながら説教を始めた。
「進路は決まったのか?」
「進路ですか?…まだ分かりません。」
「何を寝ぼけた事を言っておる。来週早々には、申請書を提出せんといかんだろ?」
「申請書には、文系希望と書くつもりです。理系なんて全然分からないし…。」
「そんな曖昧な考えじゃ、良い進学や就職は出来んぞ?もっと頑張れ!」
「はい…。済みません。」
その場は笑って済ました。先生が、缶を持つ手で部屋に戻れと催促する。素直に従い、部屋に戻って窓へ向かう。挨拶を確認する為ではなく、二重窓の隙間が気になったからだ。
(あっ、大丈夫だ。)
窓と窓との間には、缶を置ける程度の隙間があった。これなら、就寝前に買った飲み物を冷やしておける。
確認が終わり、もう1枚の窓を開けて外を眺める。背後から悲鳴が聞こえるけど、少しの間無視した。僕は人気者ではないけど、苛められる対象でもない。体格が凄過ぎて、誰も手を出せないのだ。外は真っ暗で、だけどかろうじて何処からか漏れた光が差していた。雪がその光を強く反射しているけど、木々の隙間を照らすほどの強さではない。体育館も、積もった雪でうっすらと光るだけだ。
(………。)
だからこそ妖精の挨拶がよく見えると思ったけど、何処にも蒼い光は見当たらない。
「寒いって!早く窓閉めろよ!」
暫しの間、窓を開けたまま突っ立っていた。やがて悲鳴が聞こえ始めた。
「知ってた?」
振り向き、一番大きい悲鳴を上げるクラスメイトに声を掛ける。窓はまだ閉めていない。
「何を?」
「隣の部屋、同じクラスの女子の部屋だって事。」
「知ってるさ。部屋出たら、冷たい扉が塞いでるじゃんよ?声は聞こえるのに、だけど顔は拝めないなんて…。銭湯か?ここは!」
「でも、この窓からなら女子と話せて、顔も見えるんだよ?」
「!!」
浮ついた連中が、我先にと窓に群がる。奇声を上げて、隣の部屋にアピールを始めた。僕は布団を持ち上げ、隣の部屋で静かに過ごす事にした。
次の朝を迎えた。3日目、そして2泊目の朝だ。今日から3日間は、単純な反復が続く。食事をし、スキーを楽しみ、食事をし、スキーを楽しみ、そして食事をする。…この単純なスケジュールの中に、冒険が入り込む余地はない。
食堂に向かいながら祈りを捧げた。だけどこの世に神はいない。パンと、それに合うメニューが並んでいた。昨日の晩に確認したけど、ホテルの売店やお土産売り場には、おにぎりすらも見当たらなかった。
「おはよう…。」
後ろから、弱々しい声で挨拶される。振り向くと案の定、橋本がいた。朝に弱い彼女だけど、以前にも増して辛そうな顔をしている。
「おはよう。…大丈夫?」
「うん…大丈夫…。見張り…どうだった?」
「いた。最悪だよ…。そっちは?」
「白江君の推測通り、女子の方にはいなかった。」
橋本が、辛そうな表情で呟く。
「まだチャンスはあるかも。それよりも修学旅行の思い出、ちゃんと作ろ?」
橋本を宥め、席に着いてパンを口に押し込む。喉はそれを拒み、胃は失望する。たまになら良いけど、毎日毎食は流石に疲れる。スクランブルエッグとソーセージで、どうにか胃を慰めた。
(ご免ね…。でも、僕のせいじゃないんだ。僕だって、白いご飯が食べたいんだよ。)
腹の機嫌が悪いまま、どうにか食事を終わらせて席を立とうとした。
「きゃ~っ!先生ー!」
同時に、隣の列で誰かが叫んだ。同じクラスの女子だ。周りが騒々しくなり、先生達が駆け寄る。何が起こったのかと、人混みの間から顔を覗かせた。背が高い僕は、こう言う時に便利で有利だ。
どうやら、誰かが倒れたみたいだ。
「橋本さん!大丈夫!?」
「!?」
クラスの女子が叫んだ。倒れたのは…橋本だった。
実習が始まる。女子グループの中には橋本の姿が見当たらない。彼女は朝に弱い。低血圧なのだ。自分のペースで起床と食事が出来なかったので、体に無理が起こったのだろう。
午前の講習が終わり、また食堂に足を運んで胃を慰める。…白いご飯が拝めない。
「橋本さん…。まだ寝込んでるみたい…。」
隣のテーブルから声が聞こえた。今朝にも聞いた、高山と言う名のクラスメイトの声だ。盗み聞きだったけど僕は気になり、食事を終えた後に声を掛けた。
「あの、高山さん。橋本に…何かあったのかな?姿が見えないけど…。」
「あっ、井上君。そうなの!橋本さんが高熱出しちゃって…。今も下らないみたい。」
「高熱…?何かあったの?」
「私にも分かんない。でも…」
知る限りでは、高山は橋本と仲が良い。彼女の方から声を掛けたり、何かに誘ったりしている。
「でも…何?」
言葉の続きを促す。
「昨日ね、橋本さんが『隣の部屋に行って来る』って言ったのに、長い時間、帰って来なかったの。心配してたんだけど…2時間ぐらいしたら戻って来て…。声を掛けようとしたら…。あっ!そう言えば昨日、隣で五月蝿かったの、井上君達の部屋でしょ!?何叫んでたの?」
話が脱線した。五月蝿くしたのは僕の仕業だ。それは高山に伝えず、話の続きを催促する。それにしても彼女は、早口でかん高い声をしている。話が入って来ない…と言うか聞き取れない。
「それで?」
「急に外が五月蝿くなったから皆で怖がってて…お化けが出たと思った!だから窓から遠ざかってたんだけど…。あっ!井上君は、お化け信じる…?」
「………。」
また話が脱線した。それに、お化けの話なんてもう充分だ。それでなくとも妖精、魔術、超能力で頭がいっぱいなのだ。
「とにかく!…それで?」
「で、それが男子の部屋からの声って分かったの。だから安心しちゃって…。気付いたらもう、橋本さんは布団の中に入って寝ていたの。」
「?それだけ?」
「うん、それだけ…。あっ、でも、声を掛けようと顔を覗いたんだけど、もう寝ちゃっていて…。でも…。」
「でも…何?」
「いや、ね…。何か辛そうだった。ひょっとしたらその時から、熱が出てたんじゃないかな?」
「………。」
全て理解した。橋本は、隣の部屋になんて行っていない。今朝、女子側には見張りがいないと言っていた。1人で妖精探しに出掛けたのだ。それも、あんなに遅い時間まで…。冒険の場所は体育館側…。照明もない場所だから寒かったはず。昼の冒険でも、スキーウェアを着ながら寒さを感じた。でもそのスキーウェアは、晩の内は乾燥室に保管されている。
(はしゃぎ過ぎだ!無茶し過ぎだ!どうしてそんな無理をするんだ!?)
スキーを楽しんで欲しい。修学旅行で、良い思い出を作って欲しい。誰かさんと同じで、橋本も後先を考えない。…複雑だった。彼女に着いた火は僕が原因だ。叱りたい気持ちと、申し訳ない気持ちが同じくらい強かった。本当にやりきれなかった。違った意味で、さっき食べた物を吐き出しそうになった。
結局、午後の実習にも橋本の姿はなかった。
白江の姿も見えなくなった。彼は中級者グループに移った。僕は初級者コースのまま。そして橋本も…。彼女は結局、1回の講習しか受けていない。やるせない。早く熱が下る事を祈った。明日にはスキーを楽しみ、彼女の腕が僕を追い超す事を願った。
夕食の時間が来た。予想通りご飯が登場した。豚生姜定食だ。ご飯もお代わり自由。だけど胃袋がご飯を欲しているのに、気持ちが食欲を失っていた。
「あっ、橋本さん!もう大丈夫なの?」
食事が始まり、橋本が現われた。女子達が心配する中、彼女は黙って席に座った。席にはお粥が準備されていた。食事が取れるまでに回復した事は一安心だけど、それでも腹が収まらない。食事中、ずっと橋本を見ていた。表情は重く、暗かった。…まだ体調が良くないのだ。
食事が終わり、橋本に声を掛ける。昨日の場所は寒いので暖が取れる場所に座らせ、説教を始めた。
「昨日…1人で冒険に出掛けただろ?」
しかめっ面をする僕の前で、彼女は笑っていた。
「うん…。ちょっとだけ…無理しちゃった。」
「ちょっとどころじゃないだろ?今日一日、スキーが出来なかったじゃないか!?」
「そう…だね。」
彼女が、誤魔化すような表情で返事をする。段々と腹が立ってくる。
「言ったじゃないか?無理するなって!どうして守らないんだよ!?橋本、はしゃぎ過ぎだぞ!?」
「心配させたのは…ご免。私もまさか、熱が出るとは思わなかった。」
「スキーウェアも着ないで…そりゃ熱も出るさ!どうして僕の話を聞いてくれない?橋本には、何よりも旅行を楽しんでもらいたいんだ。僕のせいで、楽しい思い出が台なしになるのは間違ってるよ!」
「へへっ…。でも、妖精探しも楽しいよ?」
彼女は相変わらず、詫び入れる態度を見せない。僕の怒りは、一瞬で沸点に達した。
「熱出して倒れて、スキーも出来ない!そんなの楽しい訳ないだろ!?もう、冒険は中止だ!!」
大声を張り上げた。ロビーにいる従業員が心配そうな顔を向ける。話の内容は聞かれなかったと思う。だから尚更の事、心配させたかも知れない。
「!それだけは駄目!」
僕の言葉に、橋本が立ち上がって反論する。押されてしまった。
「それだけは駄目…。」
息を詰まらせた僕を見て、彼女が声を抑えて話し始めた。
「井上君、約束したんでしょ?妖精を見つけるって…。だったら、ちゃんと探してあげないと…。」
「だからって橋本に、無理をしてまで探して欲しくない。」
「私はただ、井上君を助けたいだけなの。もし妖精が見つかったら小百合ちゃんは幸せだし、井上君も幸せになる。そしたら…井上君はもう少し『信じる人』に近づくでしょ?そしたら…私も幸せだもん。」
橋本が、気丈な振りをして弁解する。
「それでも……高熱出してまで冒険する必要はないよ!」
もう1度叫ぶ。ロビーの従業員は、もう関心を失ったようだ。
そして橋本も、何故かきょとんとした表情に変わった。納得してくれたにせよ、まだ反論があるにせよ、その表情は合わない。
「高熱…?私が?」
「スキーも出来ずに、一日中、横になってたそうじゃないか!?高山が言ってたよ。」
「?私、熱は出したけど…37度の熱だよ…?それって…微熱だよね?」
「…?」
興奮は納まらない。だけど頭の中に、疑問符が3つほど浮かんだ。
「あっ、高山さんか…。あの子、ちょっとオーバーなんだよね。知ってるでしょ?」
「…?」
高山の性格なんて知らない。まともに会話したのは、今日が初めてだった。
「ほら、触ってみて。」
橋本が僕の手を掴み、自分のおでこに当てた。熱は…下っていた。『心配するが余り、平熱も微熱と感じた…』と言いたいところだけど…すっかり平熱だ。
「…あれ?」
「っね?」
「………。」
状況が把握出来ない。だから1つ1つ、疑問を解いて行く事にした。
「昨日の晩、冒険に出かけたのは?」
「本当。見張りの先生もいなかったし、だからちょっとだけ外に出てみようかな?…って。」
「部屋に戻って…熱があるからさっさと寝たのは?」
「さっさと寝たのは正解。でも、熱はどうだろ?ひょっとしたら出てたのかもね。」
「………。朝、疲れていたのは?」
「私が朝に弱いの、知ってるでしょ?」
「……………。それじゃ、朝食後に倒れたのは?」
「朝に弱いから…貧血と微熱が重なって倒れたんだと思う。でも、もう大丈夫!」
「……………………。スキーに出なかったのは?」
「朝は無理だったけど、昼は大丈夫だと思った。だけど先生が『無理はするな』って、休ませたの。」
「…………………………。夕食に、お粥だけを食べたのは…?顔色も悪かったみたいだけど…?」
「それ!それなの!!」
「?」
淡々と質問に答える彼女が、最後に大声を上げた。そして座り込み、落ち込んだ表情を浮かべた。
「私は大丈夫だって言ったの!貧血も治ってたし、熱も下った。お昼にはスキーに出られるって言ってたんだよ!?それなのに…それなのに先生達が『無理をするな』…って!」
橋本が悲しんでいる。申し訳ないけど、逆に僕はすっきりした。無理して熱が出たのは本当だったけど、心配していたより事態は酷くなかった。結局僕の推理は、高山から話を聞く前のもので正解だった。
「はぁ~~~!」
僕はすっきりしたのに、橋本が暗い顔を止めない。何故だろう…?
「私は…食べれるって言ったんだよ!?それでも『無理するな』って言うから…。だから今度は『食べたい!』ってお願いして…席に着いたのに…。目の前にあったのは…お粥だった……。」
「…?……???食事の話?」
「ああっ~~~!!お肉…食べたかったな~~~。」
(………。)
僕は、彼女の好みを知っている。男子が好きそうなメニューが好物だ。食事中に彼女が暗い顔をしていたのは、お肉を食べたいと嘆願したにも関わらず、先生達がお粥を準備した事が理由らしい。…好物は知っていたけど、それに対する執着心がどれほどのものかは知らなかった。
「………。」
呆然とする。何故かと聞かれても答えられない。理由を模索して答えを出すなら、多分一番に、彼女の食欲がそうさせた。
全ての状況を理解した後、嘆き悲しむ橋本を見て肩の力が全て抜けた。顔は呆れたまま、だけど心の中では悲しむ彼女を前に大笑いしていた。
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