10話

「——おい、いい加減起きろ、何時まで寝ているつもりだ? 早くしないと遅刻するぞ」

 何度も聞いたような言葉、デジャヴのようにどこか見覚えのある一日がまた始まるのだろう。

 ——朧気ながら覚えてる、とかデジャヴのような感覚だと思う。

夜谷の一言が頭をよぎる。

——信じたくはないけど、試してみるか。


 志音は昼休みまでは記憶のままに行動をした。そして、いつも通りに真昼がやって来る。

「ねえ、デジャヴって信じる?」

 予想外だった。真昼の話の内容が変わるとは思っていなかったのだ。

「デジャヴ、ねぇ……真昼は? 信じるの?」

——ここは様子を見るべきだろう。

「ん? 信じるかなぁ。なんかこう、どこかで見覚えあるようなっていう変な感じがするんだよね、今日」

——自分だけではない、ということは、この日は廻り続けているのだろう。

「へぇ、今日の出来事なんだ、デジャヴって、あるんじゃないかな?」

「……今日の志音、なんかそっけない気がするなぁ。何かあった?」

真昼は頬を膨らましている。

「いや、私もそんな体験したことあるよ、まさに今日だけどね。こんな偶然あるんだなぁって思ってさ」

「ほぅ、偶然だねぇ」

 真昼と話している途中、夜谷が教室を出るところが目についた。

「ごめん、ちょっと席をはずすね」

「ん、わかった」

真昼は志音が教室を出ていくところを見ながら

「……今日の志音はなんか、変だ……」

と呟いた。


 志音は廊下に出て夜谷を追いかけていく。

「……少し、二人だけで話をしようか。志音さん」

後ろを振り向かずに夜谷は話しかける。

「なんで、私だと気付いたの?」

「さぁ、なんでだろうね」

夜谷は悪戯に笑みを漏らすが、すぐに真剣な表情に戻る。

「どちらにせよ、あなたも私に用があるんでしょう?」

「そうだね」

「——気付いて、いるんでしょう?」

夜谷は志音だけが聞こえるように耳元で話す。

「——夜谷さんも気付いているのであれば、話が早いよ」

志音も夜谷の耳元で話す。

「勿論、気付いているよ。時計は持ってないけどね」

「じゃあ、第三者が時計を持っている、と」

「正しく言えば今は、だけど」

夜谷は随分と引っかかるような発言をした。

「なにか時計の手がかりとか、ある?」

「いいえ、あいにく、記憶が混濁こんだくしていて殆ど覚えていないの。あなたの方はどう?」

「記憶は、ぼんやりとなら」

「そう、前とは何か違いがある?」

「この会話はなかった。それと、真昼との会話の内容かな」

「あたしとは違って、随分と記憶しているみたいだね。でもね、あたし、これだけは覚えているの。今日の時点で桜の木から懐中時計は2つとも無くなっているってこと」

「——え? 夜谷さん、あそこに行ったの?」

「ええ、確認のためにね。あたし、今日は早退してこの時間であるか確認してくるから」

「じゃあ、私も一緒に……」

「駄目。なにか進展があれば連絡するから」

「わかった。それじゃあ、連絡を楽しみにしているよ」

——次、記憶に残っているならば、私は学校には行かないであの桜を確認しに行こう。きっと夜谷だってそうするだろう。


 夜、志音は夜谷からの連絡を待ち続けていた。日付が変わろうとするにつれて視界や記憶、意識が朦朧もうろうとしていくように感じる。眠い、とかそういう感じではなく、なんとも形容し難い不思議な感覚が志音を襲う。

——何、この気味の悪い感覚——あれ、まだ——眠くないのに——意識が、朦朧と——

 時間が00時00分になるとほぼ同時に、志音の記憶は途絶えた。

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刻の桜 赤石かばね @sikabane112

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