4話 仮面少女

 学校が始まって数日が経ち、志音がクラスに馴染んだためか、前と比べ、志音の席にやって来る人はだいぶ減ったが、よく志音の席に来る少女がいる。少女の名前は雨月うげつ真昼まひる。真昼は茶髪のショートヘアに、身長は165くらいで身長158センチの志音より大きい。

「ねえ、志音、今日一緒に昼でもどう?」

と真昼は志音に提案する。

「特に用事があるわけでもないし、いいよ。四時間目が終わったらそっちにいくよ」

「決まりだね、じゃあ、また後で」

そう言うと真昼は自分の席に戻る。

 志音は誘われたことに喜びを感じて頬が緩んだ。


 四時間目が終わり、真昼の席に弁当を持って行く。真昼は後ろの席にいる少女、栄川えがわなるを昼に誘っている。栄川は黒髪のポニーテールで眼鏡をかけていて、大人しそうな印象だ。

「なるも志音と交流を深めると思って購買行こうよ」

「悪いけど、弁当持ってきているから」

と真昼の誘いを栄川は断っている。

「私も弁当あるんだけど……」

「……よし、じゃあ弁当持って購買行こう」

少し考え、真昼はそう提案した。

「まあ、いいか。いいよ真昼、行こう」

 栄川が賛同し、志音と真昼と栄川の3人で購買に弁当を持って行き、食べることにした。

 購買は学生達で混みあって、席が殆ど埋まっており、空いている席をみつけることすら困難な状況だが、真昼が空いている席を確保した。

「この私に感謝するがいい」

と真昼は言ったが、栄川は完全にスルーして、

「ありがとう。だからさ、パン買ってきなよ」

栄川がそう言うと、真昼は購買という戦場に飛び込んでいく。

「真昼ってこういうところあるけど気にしちゃだめだよ。気にしたら真昼がさらに調子に乗って面倒だからね」

と志音だけに聞こえるように話した。

「そういえば、栄川さんは真昼とどんな関係なの?」

「うん、私と真昼は小さい頃からの付き合いでね、幼馴染ってやつだよ」

と栄川が言うと、真昼がパンを二つほど抱えて戻ってきた。

「志音、なるは勉強できるからわからないところあったら聞いていいんだよ」

と真昼は買ったパンを食べながら話す。

「真昼は私をなんだと思っているのかなぁ……」

と栄川は声のトーンを下げて話している。

「ん? なるはなるでしょ? それ以外の何者でもないよ」

「はぁ……そういう意味じゃないんだけどな……真昼だから仕方ないか」

栄川は呆れているように見えた。

「今、私のこと馬鹿にしたよね」

真昼は栄川に食い気味にかかる。

「まだ馬鹿にはしてないよ。ただ、真昼は昔から変わらないなって」

「それ、十分馬鹿にしてるじゃん」

「いや、馬鹿にしてはいないけれど、皮肉で言ってるんだよ」

栄川は終始半笑いになりながらも話す。

「なんだよ、うちの鬼みたいなこといいやがって……」

真昼は馬鹿にされたことに拗ねてしまったようだ。

 志音はその光景に微笑んでいたら、いつの間にか隣の席に座って弁当を食べていた先輩に話しかけられた。先輩は烏の濡れ羽色をした髪のロングヘアで容姿端麗な人だ。

「ちょっといいかしら? 今騒いでいる子はあなたの友達かなにかかしら?」

「ううん……そんなところですね……」

と志音は曖昧な返事をした。

「そう……あなたはずいぶんと元気な友達を持ったのですね」

 先輩はそう言うと席を立ち、足音をたてずに真昼の後ろに歩いていき、不気味な笑みを浮かべ、立ち止まった。

「ねぇ……鬼って、誰のことかな、真昼——」

 真昼は声の主に気づくと驚いて席から飛び上がる。

「えっと……その……姉さんのことじゃあ……ないです、はい」

 真昼の話からすれば、あの先輩は真昼の姉だろう。

「へぇ、じゃあ誰のことか教えて貰おうかな? 私じゃないなら言えるでしょう——」

「うっ……えっと……」

「ハ・ヤ・ク・シ・ロ」

 先輩はそうとうご立腹のようだ。志音には先輩の髪が若干逆立って見えた。

「……」

真昼は黙りこんだ。

「ごめんね、残りの昼休みはちょっと真昼を借りて行くね」

そう言うと先輩は真昼を引きずって行く。

「はぁ……本当に真昼は成長しないんだから……」

と呆れた顔をしながら溜息をつき、教室に戻る。

 志音が席を立つと、先輩のいた席に手帳が落ちていることに気づいた。

 きっと保管状況がいいのだろう、手帳の汚れは殆どないが、長い間使いこまれていることは見てとれる。きっと手帳の持ち主は几帳面な人なのだろうと志音は思った。

「あ、それ真夜さんのだね。放課後に真昼と交換してもらおう。いつものところだろうし、私についてきてくれる?」

「真夜ってあの先輩の名前?」

「うん、あの人は雨月うげつ真夜まやって名前で、真昼のお姉さんだよ」

意外だった。2人が姉妹と思う人は殆どいないだろう。と思うほどに2人は似ていない。



 栄川について行き、倉庫に着いた。

 倉庫は校舎から少し離れていることもあり、人気ひとけがなく、賑やかな学校とは思えないくらいに静まり返っている。ただ、ここに足跡と引き摺った跡がある為、ここに居るのは間違いないだろう。只、今になって志音はこの倉庫の扉を開けることに躊躇している。

「怖い? 大丈夫、開ければ真夜さん大人しくなるから。見ててね……」

栄川はそう言うと同時に扉を勢いよく開けた。

 倉庫の中には座敷があり、その上に年期の入った机が一つポツンと置かれていて、そこには仁王立ちしている真夜と、真夜に反省文を書かされ疲労しきった真昼がいた。

「あら、なるちゃんと……お昼の……」

 志音は名前を名乗ることを忘れていたことに気がついた。

「高城志音です」

「あら、ごめんなさいね、お昼は名前を聞かないで」

と真夜は志音に微笑みながら話す。栄川は会話を遮って真夜に訊ねる。

「単刀直入に言います。真夜さん、あなたの手帳と真昼を交換しませんか?」

「手帳と私って同レベルなの……?」

と真昼は呟く。

「真昼、残念だけど、今はあなたより手帳の方が大事よ……」

「交渉成立ですね」

そう言うと真夜に手帳を渡し、真夜から真昼を引き取った。


「なる、さっきはありがとう。あのままだったら殺されるところだったよ……」

「まだ減らず口はたたけるだけの元気はあるみたいだけど、まだ授業はあと二時間あるよ。安心して、寝かしはしないから」

栄川は笑顔でそう話した。

「この鬼畜眼鏡め……」

真昼はそう呟くと、栄川の背中を軽く叩く。



 放課後になり、3人で帰り途中のスーパーで買ったアイスを中にある飲食可能なスペースで食べる。志音はチョコアイスを買った。買ったばかりのアイスはひんやりと冷たく、自転車を漕いで火照った体を急速に冷やす。

「そういえばさ、あの倉庫って何に使っているのかな?」

志音は昼に見た倉庫について訊いた。

「ああ、あそこ? あそこは大分前までは部室だったみたいだけど、今では倉庫って言われているんだよ。机しか置かれていないけどね」

真昼は棒アイスを口にほおばりながら話す。


 3人がアイスを食べ終わると、2人と別れて家に帰る。


 2人と別れた後の帰り道の途中に桜の木がたくさん植えられている小さな公園があるのだが、まるで志音を待っていたかのようにその公園のベンチに座って夜谷が本を読んでいた。夜谷の座っているベンチの周りには桜の花が重なり合い、絨毯のように見える。

「あ、志音さん、待ってたよ」

夜谷は志音に気づくと本を閉じて手を振りながらそう言う。

 志音が夜谷と会う約束をした覚えはないが、夜谷が呼んでいることに気づいた志音は自転車を降りて夜谷の方へ向かった。

「私のことを待ってたの?」

夜谷がなんの連絡もなく待っていたことを不思議に思った志音はそう訊ねた。

「そうだけど?」

夜谷は何事もなかったように返す。

「そう、てっきり夜谷さんは公園で本を読むのが好きなのかと思ってたよ」

「待って、あなたは今まで公園であたしが本を読んでいるのを見たことある?」

「ない、かな?」

「まあいいや、今日はあなたに伝えたいことがあってここで待っていたんだ」

——私に伝えたいこと……?

「この公園、覚えてる? この公園はあたしとあなたが初めて会った場所ってこと」

夜谷は先ほどとは違い、真剣な表情で志音に訊ねる。覚えていなかったため、志音はその質問に答えることに抵抗を感じた。

「ごめん、覚えてない……」

「そう……まあ、あたし達が小学生の時のことだもの、覚えてなくても仕方ないよね」

——覚えていないことは聞かなければいつまでもわからないままだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥っていうくらいだし、ここは訊くしかない。

と思った志音は夜谷に訊ねた。

「……ねえ、夜谷さんにとって私ってどんな存在なの? 図書館の時といい、私になにか引っかかるような発言をしているような気がするんだけど……」

志音がそう訊ねると、夜谷は昔を懐かしむように語り始めた。

「……それは、あたしにとってあなたは初めて信頼できた友達だったから、小さかった頃のあたしにぽっかり開いた心の穴を塞いでくれた存在だったから……」

「そうだったんだ、夜谷さんは、小学生の時まで1人だったんだ……」

「あの? 何か勘違いしているようだけど、別にあたしは孤独だった訳ではないよ……只、心から信用できる人がいなかった、それだけのこと。人と話したり遊びに行ったりはしていたの……」

「……何かあったの?」

「いつ頃からだったかな、自分に仮面を被って接するようになったのは……始めは何人かで無邪気に遊んでいたの、それから何ヶ月か経った頃に一緒に遊んでいた1人が断ることが多くなって、一週間後、その子は病気で入院することになった。その子が入院してからはクラスのいたるところからその子の陰口が聞こえてきて、それはその子を擁護し続けたあたしの陰口も多くなった。あたしは思ったんだ、周りと違うことをする者は自然と省かれていき、正直者は損をする。それからあたしは自分を出さず、仮面を被って偽りの自分を作って生きてきたんだ……」

夜谷がそう言うと、志音は自分の考えをぶつけた。

「そんなの、違うと思う。陰口? そんなもの勝手に言わせておけばいい、自分の考えを大切にすればきっとわかってくれる人だっているよ。仮面を被って無理に周りに合わせるって、そんなのその場から逃げているだけだよ。そんなのだれも素のあなたをわかってくれるわけない。ましてや信頼できる友達なんてできるわけないよ……」

志音がそう言うと、夜谷は怒りを露わにした。

「あなたにあたしの気持ちがわかるわけない……あなたは信頼していた人から自分の陰口を叩かれる苦しみなんてわかるわけないでしょ! あたしとあなたは生きてきた世界が違うの! そんなに気安く言わないで!」

 志音には夜谷からなにかが割れるような音が聞こえた気がした。

「そうだね、私にはそんなことわからない。でも、今の夜谷さんは仮面を被っていない素の状態だと思う。私は素のあなたを垣間見ることができて嬉しい」

志音の言葉に押されたのか、夜谷は驚きを隠せない顔をしてからクスリ、と笑みを漏らした。

「だめだな、あなたといると何故か調子が狂う。もう帰るわ、話はまた後日……」

そう言うと夜谷は帰って行き、志音も自転車に乗って家に帰って行った。気がつけばもう日が暮れようとしていた。ベンチの周りに重なり合い合っていた桜の花は少し強めの風に乗り、まばらに散っていった。

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