5話 気まぐれ
次の日の放課後、志音達は教室にいた。最近の志音は真昼と栄川の2人と話すことが多いのだが、2人といつの間に仲が良くなったのかは知らないが、その中に夜谷が混ざっている時がある。それこそ気がつけばそこにいた。という状態なのだが、今がまさにその状態だ。そのうえ、3人は内輪ネタで盛り上がっていて、志音は話についていけない。
——一体何の話をしているんだ……? こりゃ私は完全に置いていかれたな……
志音がそんなことを思っていると突然、真昼から志音に話題が振られた。
「ねえ、明日は土曜日だし、志音の歓迎会も含めて花見でもどうだろう?」
そう言うと栄川がすぐさま返す。
「あのね、いくら突然とはいえ、いくらなんでもそれはどうだろう? 花見って言っても花見に行く人だって多いだろうし……」
「うむ……そうだな……じゃあ、どうするかねぇ?」
真昼は難しい顔をして腕を組み、一時の
——このまま中止になれば私は明日ゆっくりと羽を伸ばして買い物に行くことができるな。ナイス栄川さん。
と心で小さくガッツポーズをして栄川に感謝すると、1人が口を開けた。
「あたし、人が来ない場所なら知ってるよ?」
口を開けたのは夜谷だった。その言葉に栄川が食いついた。
「え、どこ?」
夜谷は栄川に苦笑しながら
「そこまで明日案内するよ。そこまでは道がないから徒歩になるけどね」
と言った。
——道がない? まさか山奥だなんて言うんじゃあないだろうか? それはそれで面倒だな……
志音がそう思った矢先、真昼がパチン、と指を鳴らした。
「よし、決まり。そこに行こう。じゃあ、明日の朝8時にスーパーで待ち合わせしよう。弁当はスーパーで買おう。じゃあ、また明日ね、夜谷さん」
真昼はそう言うと鞄を肩に担ぎ、教室を後にしようとし、他の2人も帰る仕度を始めた。
「ちょっと待って、そこってまさか山奥なんて言わないよね?」
志音は心配になり、帰ろうとする夜谷に質問したが、夜谷からの反応はすぐに返ってきた。
「山奥ではないけど、まぁ、よほどの物好きじゃないと人は来ない場所ではあるだろうね。でも、安心して。危ない場所ではないし、あたしはあそこで見る桜は他とは比べものにならない。そう思うよ」
夜谷は笑顔でそう答える。
——ん? 夜谷さんはどんな場所に連れて行くつもりなんだ? 夜谷さんはなぜそんなところを知っているんだ? なんか余計に行く気が失せてきたぞ………
志音は夜谷の言葉から謎の恐怖を感じた。
「ちょっ——」
その場所について訊こうとしたが、既に夜谷の姿は教室から消えており、教室の扉付近で真昼と栄川が待っている。
「ちょっとだけ考え事をしてた。待たせてごめんね、帰ろう」
志音はそう2人に伝えた。
——人が来ない場所を夜谷さんが知っていることについて、2人は何も思わないのだろうか?
帰る途中で志音はそう疑問に思ったが、2人に訊くことはないまま、2人と別れた。
夕方の赤い空を漂うオレンジ色に染まった雲が燃え上がっているように見え、信号がその先にある危険を知らせるように赤く光っている。
突然、信号を待っていた志音の背後から声が聞こえてくる。
「炎のように赤い空、燃え上がる雲、それでも風は私たちの体を冷やす。当たり前の光景ではあるけれど、随分と不思議な光景ね、どうして私たちはあの雲のように燃えあがらないのか、風はなぜ冷たいのか。考えるときりがないけれど、そんなことも大人になればそんな子供のようにこうやって普通の光景に疑問すら持たなくなってしまう。どうしてかな、すべてにおいて理由、根拠があるから? その光景が当たり前だから? そんなものはつまらない。子供のように何も知らず、疑問に思ったり、失敗を恐れずに突っ込んでみる。たまにはいいんじゃない?」
志音の隣にはいつの間にか真夜がいた。
「先輩、家は逆方向ですよね? どうして店もないこっちの道に?」
志音は不思議に思ったことを訊いた。
「そうね、私がここまできたのは風の気まぐれかもね。この先は私にとって地獄かもしれないし、はたまた天国かもしれない。それは風にもわからない。あなたの人生もまた然り。じゃあ、またね。志音さん」
と真夜はよく分からないことを話し、志音に手を振ってから歩いて行った。
信号はまた赤く光り始める。まるで危険を知らせるように。
——先輩は何が言いたかったんだ? 先輩はこの先に用があるってことでいいのだろうか?
真夜の言葉に志音は頭を傾げた。
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