3話 新学期
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
今日は学校の始業式。志音は新しい学校の制服を着て、自転車に乗って高校へ向かう。自転車は風を切って走り、心地よい風が志音に流れてゆく。
家から学校までの道程はさほど長くないので、20分程度で到着する。
登校する道には同じ高校の生徒達が自転車をこいで登校している。
学校に到着し、志音は随分と賑やかに感じた。
春休み明けだからだろうか、校内はとても騒がしい。
学校の昇降口には木の板に紙が貼られてクラスが掲示されている。掲示はクラス別にあいうえお順でされていて、志音は人波を掻き分けて掲示板を確認する。志音の所属するクラスは2年3組だった。クラスは一学年4クラス程度で1クラス30人。やはり交通の便が悪いということもあるのだろう。全校生徒が360人以下と少ない。
志音は教員用の昇降口で上履きに履き替えて、校長室に寄ってから自分の教室に行く。
志音が校長室から出ると前にアパートにいた男と出会った。
男と前に会った時は遠かったのであまり分からなかったが、白髪の混じった黒髪のオールバックで身長は180前後の細身の体型で黒縁の眼鏡をかけている。
男はこの学校の教師で志音のクラスの担任らしく、教室まで案内された。
「2年生の教室は3階で、一階は1年、二階は3年の教室だ」
教室の前に着くと担任は
「少し待って」
と私に伝える。
教室から随分と楽しげな声が聞こえてくる。
少し経ってから担任が教室の引き戸を少しだけ開けて左手で志音を手招き、志音が教室に入ると、黒板の8分の1くらいに
――あの人、榧野って名前だったんだ。
そう思いながら志音は教壇に立つと、教室の奥で図書館で会った少女を見つけた。その後、自分の自己紹介をしてから、担任に言われた席に着いた。
志音の席はちょうど真ん中あたりだ。
それからみんなが自己紹介をする時間が設けられた。
前の席の人に聞いたところ、この学校の出席番号は男女混合のあいうえお順らしく、席順は男女別の出席番号順になっている。
始業式まで少し時間が空いたため、志音の席には人がちらほらと集まって来た。皆聞くことは大体同じような内容で前に住んでいたところの話ばかり聞いてくる。少しの時間とはいえ、志音は流石に疲れを感じてきた。
そして始業式が始まった。始業式で校長の低い声が生徒達の眠気を誘うが、校長にはその気は全くない為、どうでもいい話が延々と続けられる。床に座って話を聞いているということが更に生徒達の眠気を誘う。志音はこの眠気を素直に受け入れ、眠りにつく。
ツンツン、と誰かの指が志音の背中を小突く。
眠っていた志音は突かれた衝撃で驚いて飛び起きる。どうやら志音は熟睡していたようだ。始業式が終わって教室に戻る為、志音を起こしたらしい。
――始業式で多少の疲れは回復したが、まだまだ人はやってくる。おそらく放課後も帰してくれないだろう。と、思うと億劫になってくるな……。
と志音は思った。
教室に戻ると志音の予想は的中した。来る人は減ったとはいえ、まだ数人、同じ話を聞いてくる。志音はなんとか笑顔を取り繕いながらその場を逃れる。
放課後、周りから人が去ると同時にどっと疲れが出て、志音は大きなため息をつき、机に顔を伏せた。
志音が顔をあげると担任の榧野が教室に残っていた。
「今日はお疲れさま、帰宅途中で寝るんじゃあないぞ」
と言って榧野は志音にブラックの缶コーヒーを渡した。
「どうも……」
志音が礼を言うと、
「はは……どうってことないよ、ただ、まさか君が俺のクラスになるとは俺も思わなかったから驚きだったよ」
「へぇ……先生も知らなかったんですか……」
「そうそう、俺のことは学校外では先生じゃなくて榧野でいいからね、教師と生徒の関係以前にご近所なんだし」
と榧野は笑いながら言ってきた。
「いや、結構です。先生は先生でいいです」
と志音はすかさず返す。
「まあ、いいや。教室の鍵閉めるから早くしろよ」
気がつけば窓の外は夕暮れの日で赤く染まっている。
志音はコーヒーを一気に飲み干すと教卓に置かれた座席表を見て、少女の名前を確認してから榧野に礼を言って教室を出た。
「帰りは自転車だろう? 暗くなる前に家に帰れよ」
と榧野は注意を促した。
校舎から出ると、夕方のひんやりと冷たい風が志音の眠気を吹き飛ばした。
「——あの子、
志音はバッグからヘッドホンをとりだしながらそう呟いた。
志音はヘッドホンを首にかけ、音楽を聴きながら夕暮れの赤く染まった町を自転車で走って帰って行く。
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