2話 祖父と将棋と

 次の日、志音と蓮が朝の買い出しから帰ると、志音は家の向かいにあるアパートから人の視線を感じていた。

 アパートの方に目をやると、アパートの階段にいる男が明らかに2人を見ている。

 男は志音と目が会うと会釈をした。

 蓮は男の存在に気づくと

「先に帰っていてくれるか? 俺はあの人に挨拶してくるよ」

と志音に伝えると買物袋を渡して男の方へ行った。

 蓮の様子を不思議に思った志音は、家の引き戸に手を掛けたまま少しの間、蓮と男の会話を観察から家に帰る。

 志音は家に帰ってからテレビのニュースを聞きながら祖母と朝食を作る。

「最近は同じようなニュースばかりだねぇ、なにか明るいニュースのひとつでもないのかねぇ、朝から暗いもんばかりだと気が滅入っちまうよ……」

と祖母は呟く。

「さぁ、ニュースにするような明るい話題ってそうそう見つからないんじゃない?」

と志音が言葉を返した。


 そうこうしているうちに朝食の準備が出来て、蓮も帰って来ていた。

 テレビでニュースを見ながら家族4人で朝食を食べ、朝食を終えると祖母は仕事があるということで家事を志音に任せ、自転車に乗って行く。

 それから蓮は自分の部屋に戻り、志音はヘッドホンでお気に入りの曲を聴きながら昼食を作り、それから緑茶を持って祖父の部屋に行く。

 祖父の部屋は和室になっており、祖父はその真ん中に布団を敷いて横になってラジオで野球の中継を聴いている。

 志音は祖父に

「おじいちゃん、お茶持って来たよ」

と伝えて戻ろうとしたが、祖父に引き止められる。

「志音も一緒にどうだ。どうせ蓮のやつは部屋に籠っているんだろ? 1人だとどうも暇でな。志音も湯飲みを持って来るといい」

 特に予定はなかったため、志音は台所から湯飲みを持って祖父の部屋に戻ると、祖父が将棋盤を押し入れから取り出していた。

「志音、将棋はできるか? じいちゃんの将棋の腕を見せてやろう」

 将棋は志音が小さい時に祖父と一、二回やっただけだが、志音は基本的なルールは覚えている。

「よし、おじいちゃんの勝負、受けて立つよ」


 将棋の結果は……聞くまでもなく、志音の惨敗だった。それから祖父が若い頃の話を1時間以上延々と聞かされた。いくら祖父とはいえ、延々と武勇伝を聞かされると志音も飽きてくるが、祖父はとてもいきいきとしていた。

 祖父の話が終わったら既に時計の針は1時を過ぎていた。志音が祖父の部屋から出ると祖母が帰って来ていた。祖母は昼休憩の合間に帰って来たらしい。

 志音は昼食の準備を、祖母は祖父と蓮を呼びに行く。

 祖母は元気な祖父を見ると

「あんたもうけてきたのかい。あんたに呆けられると困るよ。アタシが仕事辞めなきゃいけなくなるんだから——」

と心配そうに話し、

「俺はまだ呆けちゃいねえよ。ばあさんより先に死んでたまるかよ」

と祖父は笑いながら返す。

「あっそう。あんたは病人なんだから安静にしてな」

 祖父が病気を患う前までは2人共こんな生活をしていたのかな——と想像したら志音は微笑ましくなった。

 昼食が終わると祖母は仕事に戻り、志音は庭の花や木に水をあげる。このような生活は今までは考えられなかったが、志音はこの町での生活は新鮮で楽しいと感じていた。だが、この時間ももう終わろうとしていた。代わりに新学期が始まろうとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る