1話 新生活

 時は経ち、春が来る。高城たかぎ志音しおんは今年から高校生2年生になる、黒髪のショートヘアが特徴の少女だ。志音は春休みに入ると同時に父、高城たかぎれんの実家がある待雪町まつゆきちょうに引っ越すこととなった。

 理由は、祖母から祖父の容態が悪いとの連絡を受け、蓮は仕事を辞めて、この町で祖母と交代で祖父の面倒を看ることになったからだ。

 2人がこれから生活をする町、待雪町には駅がなく最寄りの駅までバスで1時間かかる。さらにこの町のバスは1時間に一回しか来ないため、交通の便がとても悪い田舎である。高校も蓮の実家から一番近い学校になり、志音は今までの知り合いとは完全に疎遠になる。

 志音と蓮がこれからお世話になる実家に到着して、木製の引き戸を三度ノックしてから家に入ると祖母が玄関で出迎えていた。志音が祖母に会うことは実に3年ぶりだ。

 祖母は志音に部屋を譲った。その部屋は蓮が小学生の頃に使っていた部屋で、中はそれなりに広く、クロゼットとベッド、蓮が昔使っていたでだろう年期の入った勉強机があった。志音は後日届く家具を部屋にどう配置するか考えて心が弾む。


 志音が部屋から出ると、祖母は蓮と話していたが、志音に気付くと祖母は笑顔で志音を手招く。どうやら祖母が昔の蓮のアルバムを出してきたらしい。蓮は恥ずかしさのあまり、すぐに自分の部屋に引っ込んでしまった。その後、祖母は志音に蓮の思い出話をした。

 祖母の話は簡単に言えば、蓮は小学校卒業までまではこの町で暮らしていたが、祖父の転勤で引っ越し、今から20年程前に曽祖父の容態が悪くなり、仕事で忙しかった蓮を置いて祖父母はこの町に戻ってきたということらしい。


 待雪町の街並みは都会とは違い、高層ビルやマンションは無く、古民家から新築の家まで様々な家が並んでいて、少し進むと商店街があり、皆活気がある。志音は見慣れない風景に真新しさを感じていた。

 どのくらい歩いたのだろうか。志音と蓮はこの町の『コミュニティセンター』と書かれた建物に到着した。入り口の自動ドアが開くと同時に建物の中から冷気が吹き込んできて、志音は思わず身震いをした。中に入ると図書館や体育館などがあるようで、すぐに場所を確認できるように館内の地図が置かれている。幅広い年齢層が利用したいと思うような造りにしているのだろう。

 蓮が向かった先には1人の男が椅子に座っており、男は蓮を見ると、小さく手を振った。

 蓮が男と話をしている間、志音は暇だったので図書館に行くことにした。図書館の入り口は金属製の引き戸になっていて、冷房が効いているため、志音が取っ手を掴むとひんやりと冷たい感覚がした。扉は音を立てずに滑らかに開くようになっている。中に入ると志音は音を立てないようにそっと扉を閉める。入ってすぐに本の貸出をするカウンターがあるが、カウンターにいる女性は座ったまま舟を漕いで居眠りをしている。館内は勉強をしている学生や、絵本を読む子供、新聞を読む大人など、いろいろな人が集まっているが、皆読むことに集中しているため、室内に足音が響くくらいに静かだ。

 図書館の中を見て回っていると、一番奥に行くまでに本棚を8台ほどあったため、それなりに奥行があるだろう。高校生ぐらいに見える男子が1メートルほどの脚立を使って一番上の本を取っているため、本棚がかなり高いことがわかる。天井は本棚を耐震用の棒で支えているため、さらに高い。脚立がいたるところに置かれている。

 館内は勉強をしている学生や、絵本を読む子供、新聞を読む大人など、いろいろな人が集まっているが、皆読むことに集中しているため、室内に足音が響くくらいに静かだ。棚ごとに本がジャンル別に揃えられていて、子供向けの作品は脚立がなくても子供の手が届くように配慮されている。

 志音が図書館を見て回っていると、志音の背中に硬い何かが当たり、志音の背中に鈍い痛みが走り、金属質な何かが落ちた音が広い図書館中に響きわたる。

 本を読んでいた人は読むことを中断し、館内の人達の視線が一斉に集まったが、皆すぐに興味を失せて視線を元に戻した。

 視線の先には倒れた脚立と、青みを帯びた黒髪のショートボブに身長は見た感じ145前後で華奢な体つきの少女がいた。硬いものの正体は少女の後頭部だろう。

「ごめんなさい。さっき周りを見てなかったから、ぶつかっちゃって……」

少女はぎこちない話し方で志音に謝る。

「安心して、別に緊張しないでいいから、私は大丈夫だよ。ぶつかってびっくりさせちゃったかな?」

少女は少しムスッとした表情に変わる。

「あの、もしかしてあたしのこと小学生だと思ってます? あたしこう見えても今度高校2年生なんですよ」

「私、別にそんなつもりで言った訳じゃないんだけど、そう聞こえてたならごめんなさい」

志音が少女に謝ると、少女は悪戯に笑みを浮かべ、

「本当にそうかな? でも高校生とは思ってなかったでしょ? いいの。小学生か中学生かと思ったってみんな言うからあたしもう言われ慣れてるからさ。貴女だってそう思ったんでしょ」

と話す。

「……」

少女の言葉に志音は言葉を返せなかった。

「その反応はやっぱりそうなんだ。貴女なら気づいてくれると思ったんだけどな……」

少女は腕時計で時間を確認すると

「17時……もうこんな時間か、あたし帰るね。またね、志音さん」

 と言って、少女は脚立を戻して図書館から去って行く。

 志音は少女が名前を知っていたことに驚き、追いかけることができなかった。


 蓮の用事が済み、2人はコミュニティセンターを後にした。自動ドアが開くと生暖かい風が流れ込んできて、志音は不快に感じた。

 志音は蓮と2人で家に帰る途中、蓮に前にこの町に来た時、志音と同い年の子と会ったことがあるか訊いた。

「うぅん、悪いけど、俺は分からねえな。そもそも志音は俺と殆ど一緒にいなかったじゃねえか。ただ、会うとしたら母さんの墓参りの時くらいじゃねえの?」

 顎髭の生え際をいじりながら嬉しそうにしている蓮に志音は悪戯に笑みを浮かべながら聞く。

「お父さん、何か嬉しいことでもあったの?」

「嬉しいことか、あったぞ、それも今だ。志音が俺を頼ってくれたことが俺は嬉しい」

「何それ? それくらいで嬉しいの?」

 今までの蓮と志音は仕事で疲れた蓮に朝食と夕飯を作るだけで休日も蓮と外出することは殆どなかった。

「当たり前だろ。志音が俺を頼ってくれることなんて滅多にないからな」

「ふぅん、親ってそういうものなのかな」

「親ってもんは子供に頼られると嬉しいんだよ。逆に嫌われたら悲しくなる。親にとって子供ってのは他の誰よりも大切な家族だからな。志音だってこの気持ちがいつかわかるさ」

「お父さんのくせにそれっぽいこと言わないで、感動が半減しちゃうじゃん。」

「本当か? そんなこと言ってる割には泣いてるじゃねえか。ほら、俺のハンカチ、貸してやるよ」

 どうやら志音はいつの間にか感動して泣いていたらしい。

「話が長くて欠伸あくびしただけだし、あと、ハンカチくらい自分の持ってるから」

と志音は蓮に向かって強がってみせる。

「なんだよ、つれないな。たまには父親らしくさせてくれたっていいじゃねえか」

「なんか言った? 私、耳には自信あるんだけど、たまには父親らしくどうたらって言ったよね? ふふん、させてあげてもいいけど、今はダメ」

二人は話が続かなかったため、話を変えた。

「そういえば、お父さんさっきどんな話していたの? 2人ともかなり難しい顔してたけど……」

 蓮の顔が一瞬だけ強張る。

「いや、大人の話だ。子供に教えるような内容じゃない」

「じゃあ、いつになったら教えてくれる?」

「その時がくれば教えるさ」

そう言って蓮は話をはぐらかした。

「どんな内容かは知らないけど、その言葉、ぜったいに忘れないでよね」

「おぉ、それはおっかねえな。ところでさ、図書館でなんかあったか? 志音こそ出てきた時難しい顔してたじゃねえか」

「それは……私の名前を教えていないはずなのに知っていた子がいたんだ。だから、前に会ったことがあるのかなって思ってさ……」

「どんな子だったか覚えてるか?」

「黒髪で身長の小さい私と同い年の女の子だよ」

 蓮は少し考えた後、

「悪いが、俺は知らねえ。そもそもだ、相手も成長しているんだろうし、仮に知っててもわかるわけねえだろ?」

と答えた。

「そっか、そうだよね、ありがとうお父さん」

「へへっ、俺も志音の笑顔が見れて嬉しいぞ、ありがとな」

 志音と蓮は自然と笑顔になっていた。

「でもさ、わからないとわかっていて思わせぶりな態度はとらないでよね」

 志音と蓮はそれから他愛もない話をしながら家に帰った。家に着いた頃にはもう日が暮れようとしていた。

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