第八幕 決心は揺るがない

三十三、思惑

 なんとなく、リルに避けられている気がする。学校が終わるとそそくさとどこかに行ってしまうし、話しかけても生返事だ。

 だがそれも試験前でそわそわしているだけだろうと思って気にも留めていなかった。当然ダンジョンに誘われるなんてこともなく、むしろ俺はリルが試験に向けて準備しているのだと考えて安心していた。

 頑張っているリルに試験が終わったら何か奢ってやろうかと、俺はのんきに考えていたわけだ。

 試験の最終日。終えてみて手応えは悪くなく、おそらく今日が学生としての最後の日になるだろうと思った。そして長かったわりにずいぶんとあっさりした終わり方だな、とも。

 リルはどうしているだろうか。あいつのことだから真っ先に俺に話しかけてくるはずなのに。見回してリルを探すと、もうすでに部屋を出ようとしていた。

 なんだよ冷たいな。俺は一瞬迷ってから声をかけた。

「おーいリル、このあと暇か?」

 言ってから、まるで「あの日」みたいだと思い至った。リルを追いかけて初めてダンジョンに入ったあの夜の前に、俺はリルから遊びに誘われたのだ。そして今はまさしく逆の立場だった。

「あ、ううん、ちょっと用事があるんだ。それじゃまたね、ソラ」

「えっいや待てよ! ここ数日は勉強で忙しかっただろうし、試験も終わったことだから何か奢ってやろうと思ってるんだ。それに、今日はダンジョンには行かないのか?」

「うん。用事があるからね」

 リルはそれだけ言うと、ぱたぱたとせわしなく教室を出ていった。

「あいつにとって冒険よりも優先される用事って何だよ……」

 走っていくリルを見送りながら、俺はなんだか腑に落ちない気分だった。

 それからリルに一回も誘われないまま二、三日がたって、俺は道端でポーラさんを見かけた。おそらく買い付けか何かでまたエルトに来ているのだろう。

「ポーラさん、お久しぶりです!」

「ソラくん! 元気にしてるかい?」

「はい、何事もなく」

「そりゃあよかった。そういえば君たちは今年で卒業するんじゃなかったかな? もう進路は決めたのかい?」

「はい。親父に弟子入りして鍛冶屋を目指すつもりです」

「そうか、ソラくんはきっといい鍛冶屋になるよ。私が保証する。それはそうと、さっきリルくんを見たんだが、一体彼は何をやってるんだ? 若い青年と一緒に道路の敷石を剥がしていたよ」

「敷石を?」

 いや本当に何やってんだよ。そんなの俺にも理解できない。

「いえ、何も聞いてませんけど」

「まあ別に敷石を剥がしちゃいかんという決まりがあるわけでもなし、ちゃんと元に戻して迷惑にならなければいいさ」

 思いっ切り顔をしかめた俺に、ポーラさんはリルをかばうように言った。

「そりゃそうですけど……」

「んじゃまたな。ああそうだ、しばらくはエルトにいるつもりなんだよ。この街の年末は稼ぎ時だからね。本当にまた会うかもしれない。そのときはよろしくな」

 そう言うと、ポーラさんは以前と同じきびきびした足取りで歩き去っていった。あの人はいつも充実した生活を送っていそうだ。

 エルトでは一陽来復、つまり冬至を盛大に祝う。最も短くなった昼がまた伸び始め、やがて訪れる春が寒さを追い払うことを願うのだ。そして冬至を過ぎると新しい年が始まる。ポーラさんは冬至の祭に必要なものを仕入れてきたにちがいない。

 その後ろ姿は、なるほど祭のせわしなさを連想させるものだったが、俺の心の中には先ほどのポーラさんの言葉がどっしりと居座っていた。

 リルが敷石を剥がしていた――。それは一体全体どういうわけなんだ? 冒険を放り出してまで、敷石を剥がす理由があるのだろうか。

 剥がす、といっても敷石は軽々しく持ち上げられるような代物ではない。ひとつひとつが決して小さくないし、薄っぺらいわけでもない。たぶんリルは〈フライ〉の魔法とかを使って軽くしているのだろうが、そうまでして敷石を剥がす理由がわからなかった。

 それにもしかしたら、リルの「用事」というのはこれだった可能性もある。試験が終わる前からやっていたのかもしれない。それなら不自然にそわそわと忙しくしていたことにも説明がつく。しかし、そうなるとますますリルが何に奔走しているのかが気になる。

 考えても考えても到底わかるものではなく、俺の思考は答えに行き着くことなく同じところをぐるぐるとさまよった。

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