三十二、再会

 ダンジョンの中は、地上ほど季節変化が明確でない。外ではもうかなり秋が深まっていても、中では以前と同じ、よどんだ空気が漂っていた。

 一度家に帰り、支度を済ませた俺たちはいつもと同じように〈門〉の前からダンジョンに転送された。

 正直いうと冒険したくはなかった。最後の定期試験の時期が近づいてきていて、自分のというよりリルの成績が心配なのだ。

 だがまあまさか卒業できないということはないだろう。なんだかんだ言ってリルは要領がいいからな。それに来年はあまり一緒にいられないだろうし、そう考えるとリルの誘いを無下に断るのはちょっと気が引けた。

 だから俺としては、なるべくさっさと冒険を終えてリルに勉強をしてほしかったのだ。しかしそう簡単にはいかなかった。

 第二階層、俺たちは魔物の気配を探して歩いていた。しばらくして俺の耳がざわめきを捉えた。何かの群れと、冒険者の叫び声。かすかに届いたそれに気付いた瞬間、俺の体に緊張が走る。間違いない、緊急事態だ。

 もちろん、むやみやたらと戦闘に介入するのは褒められたものではない。しかし、窮地に陥っているときには助け合うのが冒険者なのだ。そして今のはまさにそんな声だった。

「リル、ちょっと走るぞ」

「え!? なんで!?」

「向こうから助けを呼ぶ声が聞こえた」

 そう言ってちょっとかっこよく駆け出したつもりだったが、すぐにリルに抜かれてしまう。俺の足が遅いのはいつも通りだけど、なんか悲しいな、これ。

 丘とでも表現できるような大きな盛り上がりを、リルは駆け上がった。そして立ち止まる。荒い息で追いついた俺にリルが言った。

「つかまって! 飛ぶよ!」

「飛ぶって……はぁ!?」

 リルはすでに詠唱を終えていたようだ。促されるままに膝を曲げ、前に跳ぶ。

「――〈フライ〉!」

 ほんの少し前方に着地するはずだった俺たちの体は軽々と宙を舞った。まるで見えない手に持ち上げられているかのような感覚だ。

 空中から状況を把握する。眼下にはハウンドの群れとひとりの冒険者。なんで夜行性のハウンドがこんなにたくさん……?

「そこの人、協力するよ!」

 リルが細かい軌道調整をして、俺たちはその冒険者の隣に降り立った。その顔には見覚えがある気がする。

「リルとソラ! 助かる!」

「ってイリアかよ!」

 もうそろそろ戻ってきてもおかしくないとは思ってたけど、なんでこんな状況での再会なんだよ!

 心の中で悪態をつくが、手は鋭く剣を振るった。弓は相手との間合いがなければその強みを生かせない。イリアにむらがる魔物たちを、散らすように斬りつけた。

 あまり時間もたたないうちに魔物はすべて討ち取られた。出だしこそ俺の剣が有効だったが、リルとイリアが詠唱できるだけの余裕が生まれたあとはあっという間だった。やっぱり魔法って強力だな。

 この前読んだ「ダンジョンの剣術」にも、味方に魔法使いがいる場合、剣士は最優先で魔法使いの安全を確保すること、とあった。強大な魔法はそれだけで決定的な効果をもたらす。剣士の役割は魔法使いに安心して詠唱させてあげること、とも言える。

 さすがに数が多く、皮を剥ぎ取るのにもかなり時間を食った。それからリルに魔法で地面に穴を掘ってもらい、しかばねを埋めた。

「イリア、家族とはきちんと話をつけてきたのか?」

〈魔光石〉がぼんやりと色を失っていくなか、俺たちは地上への帰路についていた。外は夕焼けに染まっている頃だろう。

「ああ。今度は家出じゃない。家族にはちゃんと説明してきたさ」

 イリアはよどみなく答えた。

「そういえばダンジョンって他の街ではどんな扱いなんだ?」

「そりゃあ巨大な洞窟だってことは知れ渡ってるけど、詳しいことは知らない人がほとんどだろうな。おれみたいなのは珍しい」

 たぶんそんな感じなんだろう。エルトの住民以外には馴染みのない代物だ。

「ほら、それにダンジョンってそんなに昔からあるものじゃないんだろ?」

 ダンジョンは魔法使いイーゼスによって「発見」されたと教わる。地上と断絶された特殊な空間、それをイーゼスは「発見」し転送魔法陣でつないだ。

 しかし、あの手記によればイーゼス自身が本当にダンジョンを「作った」のかもしれない。以前なら当然、発見されてからという意味で捉えただろうイリアの言葉は、今は違ったふうにしか考えられなかった。

 地上に戻った俺たちは、抱えるほどのハウンドの毛皮をわずかばかりのお金に換えた。ところがイリアは助けてくれたお礼だと言ってかたくなに受け取ろうとせず、仕方なく俺とリルで折半することになった。相変わらず、変なところで律儀なやつだ。

 イリアと別れて、俺たちは夕闇の迫る街を歩いた。この街では放射状に伸びる道と同心円を成す道とが整然と交わっている。俺たちは街の中心から外縁の方へまっすぐに敷き詰められた石畳を踏んで帰宅した。

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