三十一、真実

「それで? ソラはどう考えてるの?」

 二、三回読み返して、それでも大意すらろくに理解できなかった俺は、リルに渡して読ませてみることにした。それから数日たった今日の放課後、意見を聞いた。

「どう考えるも何も、全然わからないからリルに聞いてるんだよ」

「そっか。うーんとね、たぶん直筆だってのは間違いないんだ。前半と筆跡がまるで違うからさ」

 俺はうなずいた。それは俺も思った。写本なら、始めから終わりまで全部同じ筆跡になるはずだ。わざわざ別の人が書き写す必要はまったくない。

「内容については重要な点がいくつかあると思う」

 言いながらリルは文書中の一点を指さす。

「まずはこれ。『ダンジョンを作った』って言ってる。それからここ、『ダンジョンは街の発展に寄与する』。そして最後、『ダンジョンではすべての精神は狂気に取りつかれ』るってこと」

 言っていることはかろうじてわかるが、一体全体まるで話がつかめない。こんな突拍子もない話は誰からも聞いたためしがなかった。

「ダンジョンを作るって具体的にはどういう意味なんだ?」

「それはこの資料だけからでは何とも言えないね。でも相手はあの大魔法使いだから、何をしてたっておかしくない」

 それは同感だ。稀代の天才的魔法使いならばダンジョンだって文字通り生み出しかねない。そもそもこの街の外壁だって、修繕を重ねているとはいえ元々は彼が作ったものなのだ。

「でも魔物が狂気に取りつかれているってのはわかる気がするな」

 初めての冒険で感じた嫌悪感は、回を重ねてもなかなか薄れなかった。魔物にはどこか決定的におかしい部分があるのだ。この文章を信頼すれば、それは彼の魔法に起因するということになる。

 あれ? 頭の片隅に何かが引っかかった。ぱらぱらと本を読み直す。平然と「死後に至るまでし続ける」って……。魔法にはあまり詳しくないが、これ不可能じゃないか? 術者の思考力を原動力にしている以上、その効果を死後まで発揮させることはできない。いくら大魔法使いでもそこは越えられないはずだ。

 ああ、いや、何か方法があったような気もするのだが……、なんだっただろうか。俺が思い出せないまま、リルは話を続けた。

「それで僕が気になるところは、結局ダンジョンとはどのような存在なのかってこと。この文章を読むと明らかにぼかされているよね」

「ああ、確かに。イーゼス自身が望んで作ったって書いてあるが、街の発展に寄与するってだけでその根拠はまったく示されていないな」

 ダンジョンの恩恵といえば、魔物がもたらすさまざまな素材だろうか。確かに有益だが、他のもので代替不能というわけでもない。仮にそうだとしても、ダンジョンがなければそれで「街を失う」ということにはならない。

 イーゼスはなぜ、それが精神を狂わせるとわかっていながらダンジョンを作ったのか。生み出してはならないと思っていたのなら、どうして生み出してしまったのだろう。彼にそうさせただけの理由とは、なんだったのか。

 きっと何か、隠された事実があるはずだ。記憶の中に思い当たるものはないか? 伝説的な魔法使いの裏に知られざる苦悩があるように、この街には見えていない一面がある。それはおそらく、華々しい建国の裏側に秘められているのだろう。

 しかし考えても考えても全然行き当たらず、俺たちの間には微妙な沈黙が流れた。なにしろ絶対的に情報が足りていない。学校で教えられてきた歴史が、このことに関してはまるで無力だということを実感するしかなかった。というよりイーゼスが意図的に隠したのかもしれないな。

「とりあえず僕も調べてみるよ。もう少し資料を集めないとわからないことが多すぎるからね」

「あ、ああ。何かわかったら教えてくれ」

 リルがこう言うだろうということは半ば予想通りだった。好奇心のかたまりが、こんな奇妙なことに興味を湧かせないはずがない。とはいうものの、果たしてリルにはどこかあてがあるのだろうか。俺は疑問に思いつつ返事をした。

「んでさ、ソラ! これから暇?」

「……何だよ」

「ほら、明日休みだしさ、せっかくの機会を無駄にしたくないというか」

 先ほどまでの真面目な表情から打って変わっていつも通りのわくわく顔。俺にとっては条件反射で不吉な予感を呼び覚ますものでしかない。一応「何だ」とは聞いたが、もう言いたいことは読めているので先回りして言う。

「わかってるよ。ダンジョン、だろ?」

「さっすがぁ!」

 はしゃぐリルに、俺はため息をつかずにはいられなかった。

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