三十、手記

 私は、間違っているのだろうか。

 最近はそんな問いが頭を占めるようになった。若い頃は考えもしなかった問いだ。

 私はずっと考えることを拒否していたのかもしれない。あの頃の自分は「正しいか」など気にも止めずに「できるから」やっていた。やらねばならなかった。ただ単純に、理由もなく自分は正しいと思い込んでいた。

 私のしたことは――いや、違う。

 私のしていること――それも違う。

 そう、まさしく私がこれから死後に至るまでし続けることは、果たして「正しい」のだろうか。

 賛辞、感謝、称揚。エルトを建国して以来そんなものばかりを受け取って、いつしか私は真実を見失ったのではないか。

 私はあのおぞましい代物を壊してしまいたいと願っている。その思いはいやが上にも増し続ける。

 しかし私はそうすることができないと思い知っている。あれを壊すことは至極簡単なことなのに、私の体はそれを拒絶する。

 夢の中、杖を振り上げた私は、詠唱ではなく叫び声を上げて飛び起きる。私は怖いのだ。

 怖い? 一体何が?

 もちろんあれを壊すことではない。あれは自分の手で作り上げたものだ。壊し方だってわかっている。

 私は何よりもこの街を愛している。だから私はあれを壊すことができない。この街を守り、何に打ち負かされることもない堅固な街にするには絶対にダンジョンが必要なのだ。確実に、ダンジョンは街の発展に寄与するだろう。私亡きあと、街を守り続けるにはこうするしかなかった。そう、信じた。

 下手な口実もこじつけも今となっては不要だ。私には決してあれを止めることはできない。これから先、無数の命が私の魔法にとらわれるだろう。ダンジョンにはおびただしい量の血が流れ、殺戮と憤怒が渦巻くだろう。私はそれを望み、そのようにダンジョンを作ったのだ。

 ダンジョンではすべての精神は狂気に取りつかれ、人は牙に、魔物は剣に貫かれて死ぬ。いや、そのような曖昧な表現をすべきではない。他ならぬ私が、ダンジョンの中のすべての精神を狂わせているのだ。

 これは私の望んだことだ。そう思い、そう言い聞かせる。そのたびに心の中で、子どものように小さな私が叫ぶ。本当にそれがあんたの望んだ未来か、と。

 それから私は答える。

 わからない。だが未来は既に確定した。恐怖にとらわれた私はもう思考することすら放棄した、と。

 私の物語はもうすぐ終わる。これまでにたくさんのことをなしたようにも思う。仲間にも運にも恵まれ、かけがえのない宝物を得た。それなのに、私は一番やってはならないことをしてしまった。私はこの街を失う恐怖と、この街を守りたいという欲に負け、この世にあってはならないものを生み出してしまった。人間とはなんと愚かな生き物なのだろう。その短い人生の中で真理に近づこうともがくのに、同時にいくつもの過ちをしでかす。人間の不完全な思考では、決して真理にはたどり着けないのかもしれない。

 後の世の人は私を憎むだろうか。だとすれば謝らなくてはならない。許してほしい。私はただ私の愛する民の笑顔をずっと、眺めていたかっただけなのだ。

 私は絶対に許してはもらえないだろう。いや、おそらく許してはもらえないだろう。私の魔法は数え切れない人の一生を変え、その心に消えない傷を刻むのだから。謝ったところで到底許されるものではない。そのことは他でもない私が一番わかっている。

 それでも魔法使いは「絶対」という言葉を嫌う。私もそうだ。「絶対」は例外を拒絶する。そして人間の作った規則で、例外のないものほど珍しいものはない。

 いつしか私の恐怖に打ち克つほどの意思に出会ったとき、この機構は破壊されうるように作られた。私が絶対に必要だと思い込んでしまったあの存在を、否定するだけの勇気を持つ人間がいつの日にか現れるだろう。その日を期待して、我が親友の著作の隅にこの漫文を託しておくとしよう。

 いつか私と対峙するあなたが、私を解き放ってくれることを願う。

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