二十五、再開

 朝食を食べていると、窓の向こうからリルが首を突っ込んできた。

「ソラ、おはよう!」

「んだよリル。朝っぱらから何の用?」

 こんな朝早くからリルが来るなんて嫌な予感しかしない。満面の笑みを浮かべたその顔に背筋が寒くなる。

「えっと、その、ダンジョンに行こう!」

「嫌だ」

 なんで昨日帰ってきたばかりで冒険になんか行かなきゃならないのか。大体、冒険を楽しんでいることがおかしいのだ。リルはもっと緊張感と恐怖心を持った方がいい。

「早くしないとひとりで行っちゃうよ? それでもいいの?」

「人の話聞いてんのか。しかもすでに完全装備って明らかこっちに拒否権ないだろ」

 急いで朝食を済ませ、必要なものを一式そろえて家を出た。はあ、今日一日どうかリルが無茶をしませんように。

 俺の願いとは裏腹に、リルはダンジョンに入るなり早速「第二階層に行きたい」と言い出し、俺はしぶしぶそれを了承することになった。まだ冒険の経験は少ないが、最近のリルの努力を見ればそれほど危険なことでもないだろう。しかしその分余計に気をつけるようにと口をすっぱくして繰り返した。

「〈フィクス〉! んじゃソラ、頼んだ!」

「……了解」

 しかしそれも取り越し苦労だったようだ。リルは予想以上に的確な動きを見せた。リルが魔法で足止めし俺が剣で仕留めるというやり方で、ほとんど危険らしい危険もなく魔物を狩ることができた。

「ふう、これでヘアが七匹目か?」

 足の速いヘアだが、リルの魔法にかかれば逃げられない。わなにかかったようにもがき苦しむだけだ。

「それでリル、結局のところ脚じゃないなら何を固定化してるんだ?」

「"風"だよ。目には見えないけど風はどこにでも存在するから、それを固めると動けなくなるんだ」

 風ってあの風だよな。それを固めるってどういうことなんだ? 俺は首をひねった。

「えっとさ、僕らは風の中にいるんだ。ちょうど僕らが河に潜れば水の中にいるように」

 なるほど。俺の思っている"風"とは少し違う概念なんだな。

「だから例えばソラの右腕の周りをぐるっと固めると――〈フィクス〉」

「おお、確かに動かせない」

 しかしあの速度で走るヘアを固定するには相当細かい制御が要るだろうな。日々上達していくリルの姿を見ると、天賦の才能というものを信じたくなる。もちろん練習はかなりやっているんだろうが、それにしてもこの短期間でものすごい進歩だ。

「さてと、そろそろ上に戻ろうか。もう昼は回ってるよな」

 一匹、もう一匹と狩りを続けるうちにかなりの時間がたってしまった。意識した途端、それまで沈黙していた腹が急に空腹を訴えはじめる。それはリルも同じなようで、俺たちはふたりで顔を見合せた。

「そうだね。上がろう」

〈主〉を倒してから、他の冒険者から声をかけられることが増えた。長年冒険者をやってきた人なら〈主〉と一戦交えていてもさほど珍しくはないが、俺たちぐらいの年齢では珍しい。そもそも若い冒険者が少ないというのもあって目立つのだろう。

 そんなこんなで俺たちは、冒険者の中ではそこそこの知名度を誇っていた。だからといって今のところ何の利点もないけど。

 ダンジョンから出る際に数人の冒険者に話しかけられた。冒険者には殺伐とした雰囲気の人が多いが、中には陽気な人もいる。話しかけてくるのはそういう人たちだ。

「リル、昼食はどうする? またあそこの食堂か?」

 気分の悪くなるような転送魔法から立ち直って素材の換金を終えた俺はリルに尋ねた。味は決して悪くないが、毎回のように行っていれば金の浪費であるということは否めない。〈主〉を倒したときのようにまとまったお金が入るのはめったにないことだ。今回の冒険の利益も、ようやく昼食分になるかならないかぐらいなのである。

「あ、そうだ! 今日は家で食べることになってたんだ!」

「おいおい、もうちょっと早くそれを言ってくれよ……」

 そうと知っていれば早めに切り上げることもできたのに。今から戻って間に合うのだろうか。

「大丈夫だよ、遅くなるかもって言ってあるから」

 何が大丈夫だ。リルのために二回目の食事を準備する親の気持ちにもなれ。やっぱりリルといるとため息をつきたくなる。

「そういえばソラも呼んでいいみたいなこと言ってたけど来る? というか来てよ。最近全然来てないじゃんか」

「ん、ああ、そうだな。じゃあそうしようか」

 昼飯時を過ぎたこの時間帯に家に帰っても、結局ひとりで何か作って食うだけなのだ。だったらリルの家におじゃましても構わないだろう。リルの親には少し申し訳ないが、ひとりがふたりになっても大して手間は変わらないはずだ。

 そこまで考えて、俺たちは家に向かって歩き出した。空は高く澄み、そこには確かな秋の訪れが感じられるようだった。

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