第六幕 明日のことはわからない
二十四、蹄鉄
「遅くなってしまったな。ふたりの家は隣り合っているんだろう? このまま送っていこう。どこなんだ?」
「え、いいんですか? もう少し南の方ですけど」
東の門から俺たちの家までは、遠いというほどではないが少し距離がある。わざわざ寄ってもらうのも気が引ける。
「それぐらいは面倒じゃない。遠慮はいらないからな」
確かにそうだ。断る理由もないので送ってもらうことにする。馬車がゆっくりと左に曲がった。まだ、もうしばらくは馬車に揺すられるようだ。
「ああ、あの鍛冶屋が俺の家で、その向こうがリルの家です。どうもありがとうございました」
やがて宵闇の中に我が家が見え、俺はポーラさんに感謝の言葉を述べた。
「ソラくんの家は鍛冶屋なのかい!?」
あれ、言ってなかっただろうか。びっくりされてしまい、そのことにこっちが驚いてしまう。
「いや、そろそろ蹄鉄を替えないといけないなと思っていたんだ。それだったらソラくんのところにお願いしようか。もし扱っていれば、だが」
「はい、蹄鉄も扱ってます。頼んでおけば数日でできると思いますが」
親父がひとりでやっているような鍛冶屋だが、剣以外にも頼まれれば蹄鉄や農具も扱う。腕は確かだ。
「頼むだけなら今でも大丈夫ですよ。頼むだけ頼んでおけばいいんじゃないでしょうか」
「そうだな、それならそうしようか」
馬車を俺の家の前に停め、俺たちはリルと別れた。そして俺はポーラさんに先立って、家の扉を開いた。
「親父、ただいま。それから客をひとり連れてきたぞ」
「おうソラか。おかえり。客ってのはそちらか?」
当然ながら営業時間は終わっているが、親父は嫌な顔ひとつせずに取りかかった。馬に合った蹄鉄を作るにはしっかりと馬を見ておかなくてはならない。何よりも真剣に仕事に取り組む姿に、小さい頃はさびしさを覚えたものだが今はむしろ尊敬の念が強い。
「ラトラはどうだったんだ? 何か得たものはあったか?」
ポーラさんが帰ってから、親父は俺にそう尋ねた。
得たもの、か……。
「うん、まあいろんな人がいて、初めて見るものも多かったし、勉強にはなったと思う」
久しぶりの我が家の食卓を囲みながら、俺はラトラであったことや思ったことを話した。親父は時折、景色を思い浮かべるように目をつむり、静かに俺の話を聞いていた。
食事が終わる頃、親父がまた口を開き、尋ねた。
「ソラは来年、どうするんだ? もう決めてるのか?」
俺ももう十六だから、今年で学校は終わりだ。多くの学生はどこかに弟子入りして、一生の職になるものを探し始めることになる。
「そのことなんだけど、俺、親父の後を継ぎたいって思ってるんだ」
「別に無理して継ぐ必要はないんだぞ? 仕事は星の数ほどあるんだし、俺もまだ切羽つまって後継者を探さなきゃいけない年齢でもない。弟子を取るのはソラが家を出たあとでも十分間に合う」
「俺は親父を尊敬して、その腕に憧れて後を継ぎたいって言ってるんだ。親父のためなんかじゃないよ」
実を言うとこの住み慣れた家を出たくないというのも少なからずあったが、鍛冶屋になりたいというのは本心だ。親父は仕事に関しては相当厳しいだろうし、絶対に楽な道ではないだろう。それでもやはり幼い頃から眺めてきたその姿は、俺に憧れを抱かせるものだった。
「そうか? そんなら駄目とは言えないが」
親父はぶっきらぼうに言った。しかし隠してはいるものの、その顔には確かに嬉しそうな表情がにじみ出ていた。
普段言わないのに尊敬してるだの憧れてるだの、はっきり言い過ぎたかもしれない。思い返して自分でも少し照れくさくなる。
「でも今年中はまだ学生なんだから、勉学はおろそかにするなよ。休みももう五日ほどしか残っていないだろう?」
親父の言葉で現実に引き戻され、浮かれた気分は地に落ちた。
「わかってる。ちゃんと卒業できるように努力はするから」
「いやそこまで心配してはいないぞ……」
俺の成績は飛び抜けて良くはないが悪くもない。ただ魔法関連は少々苦手、というかあまり興味が湧かなかったが、それでもなんとか問題ない程度まではできているので卒業が危ぶまれるということはない。
「まあそのうち学生時代を懐かしむことになるだろうから、今はしっかり楽しんでおけ」
親父はそう言って俺の頭をぽんぽんと叩いた。親父も学生時代を懐かしく思うのだろうか。物心ついた頃からずっと鍛冶屋だったから、学生時代なんて全く想像がつかない。
当たり前だけど親父にも若い頃があったんだよな。十六にもなって思うことじゃないんだろうが、俺はぼんやりと親父の学生時代に思いをはせた。
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