第4話第四章 潜入
翌日、飛音と伯父の雄一郎は朝から、祖母の美代の行方をもう一度探した。だが見つからなかった。人気の無いところで自殺したのだろう。早く遺体を見つけないと、夏だから腐敗も早いし、誰だか見分けがつかなくなる。だが飛音は寝不足で、ふらふらしたので、雄一郎には悪いが先に家に戻らせてもらった。今日の夜、鬼人講に潜入する以上は、無理にでも眠っておかなければならない。体調がベストでないと、何かしくじりそうで怖かったのだ。飛音は眠った。
飛音が目覚めると、すでに夕方だった。ひぐらしの鳴く声が、かなかな聞こえた。家には伯父の雄一郎が戻っていた。祖母の美代の遺体は、やはり見つからなかったそうだ。今日の鬼人講への潜入が上手くいっても失敗しても、明日、美代のことを警察に言うそうだ。
やがて星野楓が家に来た。いよいよ鬼人講への潜入だ。危険な任務だというのに、楓を見て飛音の胸はときめいた。雄一郎は鬼人講に気づかれないように、少し離れたところで車で待機するそうだ。車があれば逃走もたやすいし、飛音がスマートフォンで連絡すれば、鬼人講に乗り込んで来てくれるそうだ。
飛音と楓は、雄一郎の車で鬼人講の近くまで行った。途中、パトカーとすれ違った。狭霧嶽村では三時間毎に警察のパトロールが行われている。警察が協力してくれたらいいのだが、鬼人講に母親がさらわれたという確かな証拠は無い。それに捜査令状をとる前に、母親は生け贄にされる。車内では、みな無言だった。
飛音は横目でちらちらと楓の顔を見た。楓が鬼人講へ潜入する勇気を与えてくれる、そんな気がした。楓は勝利の女神だ。飛音は車から降りると、スマートフォンをマナーモードにした。やはり目立つことは避けたほうがいいと思うので、鬼人講でスマートフォンの着信メロディが鳴らないようにしたのだ。
飛音のズボンの中、左足のすねの辺りには、カバーに入れたナイフが紐でくくりつけてあった。ナイフの先端部分は靴下に突っ込んであるので、もし紐が緩んでもナイフがすぐに落ちることはない。鬼人講の内部でナイフを落とせば、講主の話し相手などという言い訳は通用しない。
鬼人講の建物が見えてきた。それほど巨大ではないようだが、狭霧嶽村の中では大きな建物だ。瓦屋根の三階建ての建物だ。星野楓は飛音に対して、ここからは自分の言う通りに行動してくれと言った。
夜七時少し前、空を夕陽が赤く焦がしていた。その赤いあかい夕焼けを見ながら、飛音は鬼人講への潜入と母親の奪還が上手く行きますようにと願わずにはいられなかった。飛音は夕焼けに向かって手を合わせて祈った。それから徐々に陽が落ちて、辺りが薄暗くなってきた。一陣の風が起こり、飛音と楓の間を吹き抜けた。
鬼人講の建物の玄関のドアは、重そうな頑丈そうな扉だった。扉の横に、カードリーダーのようなものが付いている。玄関の前には、警備員らしき人はいない。星野楓は財布からカードを取り出すと、カードリーダーに通した。ピッと音がして、扉がガチャッと鳴った。鍵が開いたのだろう。
「この扉は、外から開けるときはカードが必要だけど、中から開けるときはカードが要らないから、碓井君が逃げるときは大丈夫よ」
飛音は腕時計を見た。もう夜七時になった。間に合うだろうか。空には満月が静かに浮かんでいる。楓は扉を開け、中に入った。飛音も続く。玄関の中には受付のようなテーブルがあり、中年の女の人が座っている。
「講主様の話し相手を連れて参りました」
「星野さん、ご苦労様。話は伺っているわ。中に入って」
すんなり中に入れた。外から見ると木造建築のようだったが、中はコンクリートのようだ。鉄筋の建物なのだろう。中には土足で入れるようだ。通路が真っ直ぐ続き、突き当りにトイレがある。そのトイレの前を通路は左に続いている。
左に曲がると、また真っ直ぐ行き、それから右に曲がる。また真っ直ぐ行き、右に曲がる。信者らしい人の姿は無い。部屋も無い。そして窓もいっさい無い。監視カメラも無いようだ。
監視カメラが無いということは、そもそもこの建物は外部からの侵入を想定せずに造ってあるということになる。それは飛音にとっては幸運なことだった。玄関のカードリーダーだけで防犯は十分という考えなのだろう。
「信者の人は普段は二階に居るの。一階に居るのは警備の人。そして講主様と御母堂様は三階にいらっしゃるわ」
通路はやがて左に曲がった。そこに部屋があった。休憩室と書いてある。中に人は居るのだろうか。思ったより奥行きのある建物だ。通路も曲がりくねった作りだ。
向こうから、いかつい体の男が来る。警備員だろうか。飛音は緊張したが、緊張を顔に出しては怪しまれる。空調がきいているのに、飛音の額からは汗が流れた。
「連れて来たわ」楓が言った。
「じゃあ、部屋に案内してやる」
講主の部屋に行くのだろう。通路の突き当りをまた左に曲がると、右側にドアがあった。ドアノブを回して開けるタイプのドアだ。ここに講主が居るのだろうか。講主の部屋は三階と聞いたが、人と会うときは一階で会うのだろうか。
いかつい体の男が、ドアを開けてくれた。中には椅子があるだけで、他には何も無い。講主は後から来るのだろうか。そう思ったとたん、飛音は背中を押された。飛音はつんのめって部屋に入った。何をするのだろう。そう思って後ろを振り返った。星野楓が、すまなさそうな顔をしている。
「ごめんね、碓井君。講主様の話し相手なんて、でたらめなの」
楓がつぶやいた。いかつい体の男が飛音の両手を押さえると、楓が飛音のポケットからスマートフォンを取り出し、いかつい体の男に渡した。嘘だろ、星野さん。騙されて連れて来られたのか。星野さんに裏切られた。こんなにショックなことはない。飛音の顔から血の気が引いた。好きだったのに、星野さん。絶望が湧いてきた。
スマートフォンを取られたのは痛い。スマートフォンが無いと、雄一郎に連絡がとれない。不幸中の幸いは、ナイフを持っていることは楓にも話してなかったので、左足に巻きつけてあるナイフは取られなかったことだ。
「しばらく、ここに入いってろ」
いかつい体の男はそう言うと、星野楓と一緒に部屋を出て、ドアを閉めた。カチャッと鍵をかける音がした。飛音はドアノブを掴んで、ドアを押したが、やはり開かない。飛音はドアをドンドンと叩いたが、無駄なことだとわかっている。
この部屋には窓も無い。空調がきいているので、汗はかかずに済みそうだ。飛音は椅子に座り、ぼんやり腕時計を見た。お母さんが生け贄にされるのは、何時だろうか。
このままこの部屋で母が殺されるのを虚しく待つのか。そんなのは嫌だ。母親の死が目前なのと、好意を寄せていた楓に騙されたことで、飛音の心にぽっかりと穴が開いた。ドアを叩いてわめき散らしたいのに、それすらする気力が出ない。
二十分ほどしただろうか。ドアの上部に覗き窓があって、そこが開いて目が覗いている。飛音が居ることを確認しているのだろう。それからも、約二十分毎に覗き窓が開く。どうやら、二十分毎に飛音を確認に来ているようだ。
覗き窓は、目の大きさぐらいの窓だから、そこから出ることはできるはずがないし、他には窓が無い。ドアも鍵がかかっている。どうしても、この部屋からは出られないようだ。
また覗き窓が開いた。これで四回目の巡視だ。飛音はもうあきらめの心境だった。心は焦るのに、部屋から出られないまま時だけが過ぎていく。しばらくしてからだった。ドアがカチャッと音をさせて、静かに開いた。星野楓が立っている。手にはペットボトルを持っている。
「碓井君、ごめんなさい。私の両親が人質にとられていたので、鬼人講の言うことに逆らえなかったの。それで碓井君をこんな目に。もう両親は開放されたわ。今度は碓井君がお母さんを助ける番よ。碓井君のお母さんは、この部屋から出て通路を右に行って突き当たりを左に行ったところに『剣の間』という部屋があるから、その部屋に入って。部屋の中のその奥の『鏡の間』に閉じ込められているわ。『剣の間』には鍵がかかっていて、その鍵はこの通路を右に行った突き当たりの手前にある警備室にあるわ。いま警備室に行って、碓井君に水を差し入れると言って、ここの鍵をもらってきたの。鍵は開けたままにしておくから、私が帰ってから部屋を抜け出してね。碓井君が逃げ出したら、私が怪しまれるから、今すぐに両親を連れて逃げるわ。今日は鬼儺式があるということで、みんなバタバタしてるから、うまく逃げられると思う。鬼儺式は夜九時過ぎから用意が始まるから急いで」
星野楓はそう言うと、部屋から出て行った。飛音は楓に感謝した。やはり楓は女神だ。
飛音は腕時計を見た。もう夜の八時四十分近くだ。鬼儺式は、夜九時過ぎから用意が始まる。だから夜九時までには母さんを助けないと。時間が無い。すぐにでも母親を助けに行きたいが、もうすぐ次の巡視が来る。巡視に鍵が開いていることを知られたら、万事休す。楓の努力は水の泡になり、母親も助けられない。しかし、いままでの巡視で、鍵を確認されたことはない。なまじ覗き窓があるので、いちいち鍵を確認しないのだ。それが救いだった。
しばらくすると、また覗き窓が開いた。鍵を確認されないか、飛音は不安になった。しかし今回も、鍵の確認はなかった。助かった。巡視の人が行くのを待って、飛音はそっとドアを開けた。通路には誰も居ない。今のうちだ。飛音は部屋を抜け出した。
ある程度歩くと左側に部屋があった。曲がり角の手前だ。警備室と書いてあり、ドアの上部には、少し大きな窓があって中が見える。飛音はドアの横に立ち、窓に目を近づけた。中には男がいる。何やら書類のようなものを読んでいるようだ。気づかれるとまずい。飛音は窓から顔を離した。
この警備室が、楓が言っていた鍵の置いてある部屋だろう。しかし、中に人が居たのでは入れない。急がないと時間が無い。夜九時は、もうすぐだ。なにか妙案はないか。
飛音がきょろきょろしていると、元来た通路にブレーカーのようなものがあるのが目に入った。戻ってみると、やはりブレーカーのケースだ。壁には懐中電灯も取り付けてある。ブレーカーが落ちたら、この懐中電灯でブレーカーを確認するのだろう。
ブレーカーのケースは天井近くなので、台が無いと届かない。このブレーカーがどの部屋のものかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。とにかく、じっとしていては鬼儺式が始まってしまう。それまでに母を助けないと。
飛音は監禁されていた部屋に戻ると、椅子を持ち出した。音をさせないように抱えて運び、ブレーカーのケースの下に持ってきた。椅子に乗りブレーカーのケースの蓋を開けると、ブレーカーのレバーが三つあった。左から順にブレーカーを落とすことにした。
一番左のブレーカーを落とすが、通路の電灯は消えない。真ん中のブレーカーを落とすと、警備室から声が上がった。部屋の電灯が消えたのだろう。そして最後に右側のブレーカーを落とすと、幸いな事に通路の電灯が消えた。飛音はブレーカーのケースの蓋を、音をさせないように閉めた。
警備室のドアが開く音が聞こえた。辺りは電気が消え真っ暗だ。通路に窓が無いのも幸いした。通路の電灯が消えてくれたお陰で、飛音の姿は誰からも見えない。足音が近づいてくる。飛音は素早く椅子から下りて、その椅子を抱えると、足音をさせないように早歩きで警備室の方へ急いだ。飛音はゴム底のスニーカーは履いているので、足音がほとんど出ないので助かった。
途中で人とすれ違うのがわかった。警備室に居た人らしい。慌てているのだろう。飛音の気配に気付くこともなく、ブレーカーの方に歩いて行った。
「お~い、そこに誰か居るか。脚立を持ってきたぞ。休憩室の電灯が消えたんだ。ブレーカーを見てくれ。おそらく休憩室のエアコンを強くしすぎたせいだ。すまんすまん」
向こうから声が聞こえる。どうやら最初のブレーカーは、休憩室のものだったらしい。エアコンのせいと勘違いしてくれているのも、好都合だ。
飛音は暗闇の中を警備室に急ぎ、手探りで通路の角を確認すると、まず角を曲がったところに椅子を置いて、警備室から見えないようにした。飛音が後ろを確認すると、ブレーカーの辺りでライトの光が見える。備え付けの懐中電灯でブレーカーを確認しているのだろう。飛音は急いで警備室の中に入った。
警備室は真っ暗で、どこに鍵があるのか見えない。だがやがて警備室の電灯が点いた。通路の電灯も点いている。ブレーカーを上げたのだろう。壁にいくつも鍵が吊り下げてある。
壁に掛かっている鍵を素早く見渡すと、『剣の間』と書かれた鍵がある。早くしないと人が戻って来る。飛音は慌てて、剣の間の鍵をポケットに突っ込んだ。
いま外に出ると、ブレーカーを上げて戻って来る人と鉢合わせする。見られたら、また捕まる。警備室を見渡すと、部屋の奥にロッカーがある。開けてみると掃除用具入れだった。
飛音は、そのロッカーの中に見を潜ませた。飛音がロッカーに入った直後、警備室のドアが開き、人が入って来る音がした。
警備室には空調がきいているとはいえ、ロッカーの中は蒸し暑い。飛音はだらだらと汗を流した。汗が目に入り、しみる。今度はどうやって出るかだ。急がないと夜九時がすんでしまう。早く母を助けないと。人が居ると出られない。
「おい、ちょっと来てくれ。こんなところに椅子があるぞ。誰が置いたんだ。おかしくないか」部屋の外から声がした。
「どうした」
警備室の中の男が返事をして、外に出て行く音がした。部屋から出るチャンスは今しかない。飛音はそっとロッカーを開け、静かに閉めると、警備室のドアをわずかに開けた。外を覗いて見ると、曲がり角のところに男が立っていて、なにやら話をしている。飛音が持ってきた椅子の話題をしているようだ。
曲がり角の向こうに、もう一人いるのだろう。こちらからは、手前に立っている男の背中が見えているだけだ。向こうから、こちらは見えていないはずだ。いまだ。飛音は警備室から抜け出し、そっとドアを閉め、足音をさせないように、しかし早歩きで、元いた監禁されていた部屋に戻った。時間が無い。
少しすると、ドアの上部の覗き窓が開いた。
「おい、こいつはちゃんと居るぞ」
飛音を確認に来たのだ。鍵が開いていること、椅子が無いことに気づかれたらお終いだ。だが、そこまで確認される前に、声が聞こえた。
「今日の鬼儺式の準備で椅子を運んでいたから、誰かが置いたまま忘れたのだろう。そいつは関係ないよ」
この言葉に助けられた。相手は、飛音が部屋を抜け出すなど、夢にも思ってないのだ。思い込みとは、そういうものだ。人の立ち去る足音がした。外が静かになるのを待って、飛音はまた部屋を出た。足音をさせない早歩きで、警備室の前はしゃがんで通り、角を曲がって少し歩くと、『剣の間』と書かれた部屋があった。
飛音はズボンのポケットから鍵を取り出すと、『剣の間』の錠を開けた。ドアを開けると、何も無い部屋だった。ただぽつんと、小さめの金庫が置いてあった。
部屋の奥にドアがあり、『鏡の間』と書いてある。ここに母さんが閉じ込められているんだ。なんとか夜九時に間に合った。
飛音は、『鏡の間』のドアを開けようとした。しかし鍵がかかっている。星野さんは、そんなこと言ってなかった。きっと星野さんも、そこまでは知らなかったのだろう。
飛音は金庫が気になった。よく見ると金庫には、『勾玉』と書いてある。金庫を開けようとしたが、金庫にも鍵がかかっている。やはり鍵は、警備室だろうか。
先ほど、やっと鍵を持ち出して警備室を抜け出したのに、また戻るのか。腕時計を見ると、あと五分で夜九時だ。もう時間が無いんだ。躊躇していられない。飛音は『剣の間』から外に出た。急がないと。
飛音は通路に出たが、警備室には人が居るはずだ。通路には飛音が置いた椅子が、まだそのままだが、さすがに二回もブレーカーを落とすというのは気づかれる危険が大きい。人の居る警備室にどうやって入るか。考えている間にも、時間は進む。
「お~い、大変だ。子供がいないぞ。早く部屋に入って、隠れてないか確認してくれ。すぐに鍵を持ってくるんだ」
向こうから、大声がする。ついに飛音がいないことに気づかれたのだ。警備室のドアが乱暴に開く音がした。そして人が走る足音。これは逆にチャンスだ。いま警備室は無人だ。この機会を逃したら、もう警備室に入ることはできない。
飛音は走って通路の角を曲がると、警備室に飛び込んだ。やはり中には誰も居ない。飛音は慌てて壁に掛かっている鍵を確認した。『鏡の間』という鍵は無いが、『勾玉』はあった。
金庫の鍵だ。金庫の中に『鏡の間』の鍵が入っているに違いない。無かったら、もう終わりだ。飛音は『勾玉』と書かれた鍵を掴むと、走って外に出た。
飛音は『剣の間』のドアをドンと勢い良く開けると、ドアを閉めることもせず、走って金庫に鍵を差し込んだ。慌てているため手が震え、鍵がうまく入らない。落ち着かないと。深呼吸して鍵をしかり差し込むと、カチャリと回した。思った通り、中に『鏡の間』と書かれた鍵が入っていた。もう夜九時になる。
飛音は大急ぎで『鏡の間』の錠を開けると、ドアを思いっきり開けた。部屋の中には椅子にロープで縛りつけられ、猿轡をされ、目隠しをされた女性がいる。母親で間違いない。飛音は足からナイフを取り出した。ナイフを鬼人講の連中に気付かれなくてよかった。
母親は人の気配に反応したのだろう。何か叫んでいる。猿轡も目隠しも取ってやりたいが、まずはロープをナイフで切って逃げ出すことが先だ。玄関には人がいる。建物の奥に逃げるしかなさそうだ。今は何も考えず、この部屋から出ることを優先しよう。
母親を縛っていたロープが切れた。腕時計を見ると、夜九時になっていた。もう猶予はない。一刻も早く部屋から母親を連れ出さないと。猿轡も目隠しも、この部屋から出てから取ればいい。飛音は、母親に自分の名を名乗るのも忘れていた。そのため母親は、鬼人講の人間と勘違いしたのだろう。抵抗した。
「母さん、飛音だよ。助けに来たんだ。大至急、逃げないと」
飛音は素早くささやくと、母親の手を取った。そして片手を母親の背中に回してそっと押すと、走って『鏡の間』から出た。
「そこまでだ」
いきなり『剣の間』の開け放たれたドアの陰から、四人の男が現れた。鬼人講の信者だろう。見つかってしまった。もう少しだったのに。飛音の手には、母親を縛っていたロープを切ったナイフが握られていた。相手の男たちは武器らしい物を持ってない。四人ぐらいだったらナイフで戦えないこともない。だが飛音の手は、ぶるぶる震えだした。落ち着け。雄一郎伯父さんと練習した、ナイフでの戦い方を思い出せ。いま戦わないと、母さんが生け贄にされる。母さんを助けられなかったら、一生後悔するぞ。飛音は母親から手を離すと、静かに両手でナイフを構えた。
「そのナイフを仕舞いな。抵抗するんじゃない」
女の声がした。四人の男たちの後ろから、猟銃を手にした女が進み出て来た。黒の帽子に黒の上着、黒のパンツに黒の靴、おまけに黒のサングラスまでしたカラスのような女だ。先日、母親が連れ去られた後で、家の前で会った怪しい女だ。このカラス女は、やはり鬼人講の一味だったんだ。
カラス女は、猟銃を飛音に向けた。ナイフでは猟銃には対抗できない。撃たれるかもしれない。命の危険を感じた飛音の背筋が震え、冷や汗が出た。
飛音はしゃがんで、そっとナイフを床に置いた。これでお終いだ。せっかくここまで来たのに、母親を救出できなかった。
いったい、これから何をされるのだろう。本当に母親は殺されるのだろうか。生け贄の儀式なんて、実際にやるのだろうか。
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