第19話 ああ、勘違い
その週末、ペタは緊張の色を隠せずにそわそわとしながらみやことの待ち合わせに指定された場所にいた。妙に意識してしまい、普段通りに振る舞おうと思えば思うほど、ペタの意思に反するように身体はもじもじと微妙な動きを取る。傍から見れば気持ち悪いんだろうな、と冷静に見ている自分もいたが、ペタとしては早くこの緊張状態を打破してくれる存在を待ち望むばかりだった。
「おはよう、ペタっ!」
今日も元気な坂巻印のみやこさんに後ろから話しかけられ、ペタはようやく人心地着いたように落ち着きを取り戻した。振り向いて挨拶をしようと口を開けた所で、固まってしまう。
「? どうしたの、ペタ。変な顔して」
みやこに指摘されるほどの顔を思わずしてしまっていたのは、みやこの格好にあった。今までにみやこの私服姿を見たことがなかったペタは、その新鮮さと鮮烈さに一瞬、みやこの事が認識出来ないほど見惚れてしまっていたのである。
「い、いやごめん! おはよう、みやこ」
慌ててごまかしながら、顔の熱さも誤魔化せているのだろうかと不安に思ったが、みやこは怪訝な顔を少ししただけでからっと切り上げ、堂々と出発を宣告した。
「さ、行きましょう!」
「うん」
そのまま並んで歩いていると感じるものがある。それは視線だった。ちらほらと男性の視線がみやこに投げられているのだ。当のみやこ自身はそんな視線をものともしていないのか、或いは単純に気が付いていないだけなのか、いつも通りのどこか勝ち誇ったような笑みに、少しの照れを混ぜた顔で隣を歩いていた。
(えっ、照れてる? みやこが?)
自分の目が信じがたく、まじまじとみやこの顔を見詰めてしまったのがいけなかった。みやこが隣から浴びせられる不躾な視線に眉根を寄せたのだ。
「ちょっと、ペタ。何よ、私の顔に何かついてるの?」
「い、いや。ごめん、勘違いだったみたい」
「もー、今日はずっとそんな調子? いい? ペタ! これもモテ男指南の一環なんだから、今取るに足る相応しい行動ってものがあるでしょうが!」
みやこに怒られ、ペタははてと首を傾げた。いつの間にか自分はやらかしてしまっていたらしい。しかしやらかした覚えがないということは、必要な事をやり忘れているのではないかと推理した。みやこが思い描くモテ男とやらから察するに、この場合は……と考え、その結論に達した時ペタは顔から火が出そうになった。
(ほ、本当にやるのか!? でも、やらないとみやこの機嫌が……ああ……)
焦れったそうにしているみやこの柳眉がぐんぐんと立ち上がっていくのが間近で良く見える。仕方ない、とペタは腹をくくり、何気ない風を装ってさっとみやこの手を取って握りしめた。
「ぴゃっ!?」
するとみやこが変な声を上げたので、どうしたのかと振り返るとペタに負けず劣らず真っ赤な顔をして困ったような、嬉しそうなような、微妙な顔でむにむにと口元を動かしていた。
「あ、あのペタ。こういうことは、いえ、いいんだけど。いいのよ? いいんだけど、その、せめて心の準備をさせてもらわないと、ちょっと困るっていうか」
予想外のみやこの反応に、ペタは自分がみやこが望んだ行動ではなかったことを悟ったが後の祭りだ。
「えっ、これもモテ男の一環じゃないの?」
思わず素で聞いてしまったペタに、みやこは顔を赤く茹でらせながらも答える。
「ふ、普通は女の子が待ち合わせ場所に来たら、一番に言うべき事があるでしょうが」
ちょっと拗ねたように唇をすぼませ、つんつんと自分の服を軽くつまんだみやこにペタはようやく事の次第に思い至った。要するにみやこは自分の私服姿の寸評をせよと言っていたのだ。それを軽々と通り越してぶっちぎってしまった自身の行動に、ペタは頭を抱えたくなった。それはそれとして、気がついたからにはもう平静ではいられない。ペタは握っていた手を慌てて離そうとしたが、それを逃すまいとみやこが更に力を込めて握りこんでくる。
みやこの手の柔らかさにドキドキしながら、ペタは確認するようにその顔を伺った。
「み、みやこ?」
「もう、ここまで来て離されたら私の立場がないでしょ! げ、減点だから!」
そういうことらしい。周囲からの嫉妬の視線と生暖かい目に耐えながら、みやことペタはプールに着くまでずっと手を握りしめた状態のままだった。
そんな光景を呆然と眺めている一つの影があった。
「ペタ君……、それに坂巻さん……?」
プールバックを抱えたその影は、二人が視界から消えるまでその場を動く事が出来ないでいた。
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