第15話 出会いは突然に
昼休み、いつものようにお弁当を囲みながら、ペタはふと思い出し、中臣から貰ったチケットの事を切り出した。
「……というわけで、これがそのお礼なんだけど」
「へー、何これ……えっ? うそっ!? これって統合レジャープール施設“ザザーン”のプレミアチケットじゃない!!」
「ほほう、こりゃ、中臣の奴も随分奮発したもんだな」
事情を知る流星も、思いの外豪華なお礼に舌を巻く。しかし、二人ほどに世情に詳しくはないペタは、そのチケットの価値を今一把握出来ていなかった。
「結構凄い物なんだ?」
二人がかなり驚いているために確認すると、みやこは呆れたように声を上げた。
「ペタってば知らないの!?」
「ペタよ、最近出来たと噂の大型プールがあるだろう? 開業前から評判が高く、今ではチケットの入手も一月待ちと言われている。これはそこの入場券で、しかもプレミアの最優先優待チケットみたいだな」
流星の説明を聞いて、テレビなどでしきりにCMを流しているのに思い当たる。
「そんな凄いものもらっちゃって良かったのかな……」
気が引けているペタとは反対に、みやこは目を輝かせてチケットを見つめていた。
「いいじゃないの、これは正当な報酬よ。私だって結構がんばったんだから!」
確かに、みやこは中臣の弁当を用意するために早起きをしなければならなかったと聞いた。それなら、これはみやこの手柄だろうと思う。
「じゃあ、みやこは誰か友達誘って行ってきなよ。俺はいいからさ」
みやこの苦労に報いるためにも、男子と一緒にいることで気を使わせたりせずに、友達と目一杯楽しんで欲しい――ペタはそのように考えて、快くチケットは全てみやこに譲るつもりになっていた。しかし、ペタの気持ちとは裏腹にみやこはみるみる機嫌を悪くしていくのを隠そうともせずにギロリとペタを睨み据える。
「ペタったらいきなり何を言い出すの!?」
どうやら、やらかしてしまったらしい……そう気付いたのは、みやこの怒声と共に流星が合掌を向けてくる姿が見えたからだった。
「ご、ごめん。ただ、男子と一緒だと水着とか恥ずかしくて、思いっきり遊べないかなって思っただけで……みやこと行きたくないってわけじゃないんだ」
「へ、へー。そうなんだ? ペタは本当は私と一緒に行きたいんだ?」
「そう、かな」
「そうかな? かなってどゆこと?」
またしてもみやこの声に怒りが滲むのを察し、ペタは慌てて付け足した。
「凄く行きたい! みやことプール行きたい!」
すると、空気が抜けた風船のようにみるみる怒りをしぼませていくみやこ。
「そ、そう。そんなに行きたいなら、一緒に行って上げるわよ」
「坂巻よ、ペタと一緒に行きたいなら素直に最初からそう言やいいじゃねえか」
強がりのようなみやこの言葉に、流星が苦笑しながら突っ込んだ。するとみやこは瞬時に顔を真っ赤にして流星を睨む。
「べべ、別にペタと行きたかった訳じゃ……!」
「ほうほう、じゃあペタ以外に一緒に行きたい相手がいるわけか。それなら仕方ねえ、俺もペタの説得に協力するぞ。おーい、ペタよ、坂巻の奴はお前より誘いたい相手がいる――」
「ちょっとちょっとちょっと! そんなこと言ってないでしょl」
顔を真っ赤にしたみやこが、流星にからかわれたと知ったのは、その彼の実に楽しそうな意地の悪い笑みに気付いてからだった。
「――っ!!! ペタ! 友達は選ぶべきよ!」
やけくそのようなみやこの怒声に、ペタは苦笑するしかなかった。選ぶも何も、今の所ペタの友人らしい友人は流星くらいしかいないせいだ。と、そこでペタは今の自分の考えに違和感を覚え、未だ怒り醒めやらないみやこを眺め、合点が行く。
「な、なに? ペタ、そんなに私を見て……」
「ごめん。そう言えば、俺にはいつの間にかかけがえのない人が増えたんだなって思ってさ」
「なきゅぁっ!!?」
ペタが何とはなしに口に出した言葉は、みやこの頭をオーバーヒートさせるには十分であった。
「……やるな、ペタ。坂巻に止めを刺すとは」
妙な感心をしている流星の隣で、ペタはこの心地良い関係がいつまでも続けばいいと、そう願わずにはいられなかった。
「はぁーぁ……」
日曜日、休日にも関わらずいつも通りに起床し、母の作った和風の朝食を食べ、遊びに行くと出てきた快晴の空の下。天気とは正反対の憂鬱な溜息が口をついて出た。いつもより少しラフな格好で行き先も決めずに歩いているのは、誰あろう王子 公子だ。
「何かつまんないな……」
今週は委員会の仕事もお決まりの会議くらいで、ペタと一緒にいる時間が余りなかったせいかもしれない。本当なら、今日はいつもの3人娘に遊びに誘われていたのだが、何となく気が乗らなかったので適当な理由をつけて断ってしまっていた。だというのに、ブラブラと外を歩く羽目になっているのだから、自分の行動に苦笑してしまう。
「でも、それくらいでこんな気持ちになるなんて……」
公子は、自身が感じている寂しさに説明がつかず、もやもやとした感情を持て余していた。最近、自分でも思う。かなりペタの事を意識していると。でもそれは、あの時の事を恩義に感じて、何か自分に出来るお礼はないかと考えてのことではないかと自己分析していた。
「でも、本当にそうなのかな……」
自分で呟いた言葉も何故か虚しく響いていく。目の前に答えはあるのに、見えていないようなもどかしい感覚だった。
そうやってしばらく当て所もなく散歩していると、自分が普段は余り立ち寄らないような地域密着型の商店街に来ていた。公子自身は、親と一緒に街中の輸入品中心のスーパーに幼い頃から通っていたために、こういう活気のある商店街にはほとんど来たことがない。初めて見聞きするもののはずなのに、どこか懐かしいというノスタルジーを感じて、自然と頬が緩んでいた。
「あらあらあらー、困ったなー」
ふと、道の先、八百屋の前で何やら途方に暮れている幼い女の子がいた。……年齢の割にちょっと地味な格好の子だな、と思ったが、それよりも困っているらしい所を見過ごすことは出来なかった。ひょっとしたらそれは、自分を助けてくれたときのペタも似たような心境だったのだろうかという想像も働いたからなのかもしれない。公子はなるべく驚かせないように声をかけた。
「あの、どうかしたの?」
「あら? あはは、それがちょっと困っちゃってー」
家の手伝いだろうか、見た目に似合わず大きな買い物カゴに満載の食材を詰め込んでいる。
「ここのお店のご主人が、店空けちゃってるみたいでねー」
公子もその言葉に釣られて店を眺めると、確かに店内は無人だった。いくらこの地域が治安が良いほうだとは言っても、不用心なものだと公子は驚く。
「やっぱり、誰かいないとマズいなーって。だから帰ってくるまで待ってたんだけどね!」
その理由に納得したものの、少し不可解な事もあった。
「それを、どうしてあなたが?」
「いやあ、帰ってきたらそのまま品物売ってもらうし、一石二鳥かなってね!」
あっけらかんと気の長い話しをする少女に、公子は呆気に取られる。変わった子だなと思ったが、同時に可愛らしくもあった。なので、公子は自然と一緒にいてあげようと思う。
「それじゃ、私も一緒に待っててあげる」
「えっ、いいの? 忙しいんじゃない?」
「どうせ大した目的があったわけでもないから、気にしないで」
「そっか、ありがとう!」
無邪気さをこの上なく発揮した満面の笑みを正面からむけられ、知らず顔が赤くなる。見ているだけで幸せになれそうな笑顔だった。
「あたしは愛衣だよ。あなたは?」
「私は公子よ。愛衣ちゃんは随分買い物に慣れてるみたいだけど、いつも家のお手伝いしてるの?」
買い物カゴを持っている姿が見た目に反してかなり堂に入っている。すると、愛衣はきょとんとして首を捻った。
「家の手伝いっていうか、これが私の仕事だからね!」
またしてもにぱっと笑う愛衣に、誇りすらまとっているような雰囲気があった。公子は、自分が今まで接したことのないタイプの少女に出会い、非常に興味を持つ。
(でも、何かしら……この愛衣ちゃんの雰囲気、私良く知っている気がする)
愛衣は無邪気で元気、奔放な性格をしているようで、内側から滲み出るような優しさを感じさせる。その、優しさが誰かに良く似ている気がした。誰だったか、と思い出そうとしていたところ、愛衣が公子の顔を覗き込むように尋ねる。
「公子ちゃんは、この辺の人じゃないよね?」
「あら、どうして?」
愛衣に断言され、軽く目を見張る。
「だって、私あんまり見かけたことないから。この商店街は私の庭なんだよ?」
「そうなの? すごいね、愛衣ちゃん。正解、私は普段は駅向こうのモール中心にお買い物してるの」
子供ならではの大げさな物言いが可笑しくて、公子は優しく笑う。
「おお、と言うことは公子ちゃんはお嬢様なんだね!」
愛衣は驚いていたが、公子の方は割と言われ慣れている事であったので、いつものように受け答えをした。
「ううん、普通だよ。不自由なく暮らしてはいるけどね」
「そうなの? でも、何となく気品があるなあ。ウチの子にも見習って欲しいくらい!」
「ん……?」
公子は、今の言葉に引っかかりを感じた。と、不意に愛衣がぴょこんと反応して通りの向こうへと目を向けた。
「ったくあの野郎…今度来たらただじゃおかねえぞ」
その先には、ぶつぶつと悪態をつきながらこちらへ歩いてくるエプロン姿のおじさんがいた。
「へい! チョージ!」
愛衣がビシリと真っ直ぐに手を挙げ、ぶんぶんと勢い良く振りながら呼びかける。チョージ、と呼ばれたおじさんは、その姿を見ていかめしくしていた顔を綻ばせる。
「おおっ、パワフルメイちゃんじゃないか!」
余りに恥ずかしい呼び名に、関係のないはずの公子が赤面してしまう。しかし当の本人は恥ずかしがるどころか、イェーイ! とサムズアップして応えている。
「すまんすまん、どうやら留守番してくれてたみたいだな」
「そうだよー、チョージ何してたの?」
愛衣の問いに、チョージはまたしても仏頂面になって肩を怒らせる。
「それよ! 見てくれよ、これ!」
そう言ってチョージが取り出した物を愛衣と二人覗き込んで、あっと声を上げる。チョージの手には、籠一盛り分の柿全てにに愛らしい顔が描かれていた。
「近所のガキのイタズラさ。俺が接客している間にやりやがって……気付いてからおっかけたんだけど、逃げ足が早くってなあ」
苦々しい顔ながら、チョージは心底憎んでいるというわけではないようで、何処か諦めにも似た溜息を一つついた。
「全く、しょうがないなあチョージは。大事なお店ほったらかしにしちゃダメじゃないのー!」
「いやはや、全く面目ねえや。夕飯の買い物だろ? すぐに包むよ」
大の大人相手に説教の真似事をする少女が微笑ましく、公子は思わず頬が緩んでしまった。その様子を見て、チョージがらっしゃい、と声をかけ、営業スマイルを向けた。
「お嬢さんは見ない顔だね。何が入り用だい?」
客と間違われたことに慌て、公子が身体の前で手を振る。
「ご、ごめんなさい。私、買い物に来たんじゃなくって……」
「この子はねー、私が寂しくないように一緒に留守番してくれてたんだよ! とってもいい子!」
「ほー、それは悪いことをした。しかしお嬢さん、美人だね! 俺が後20年若けりゃなあ、ほうっておかねえよー」
「あはは、ありがとうございます。でも、私なんて普通ですよ」
流石にこの手のお世辞には慣れたもので、無難な受け答えで流そうとした、のだが。
「あー、俺はともかく、ペタなら年齢的にもいいんじゃねえか? な、パワフルメイちゃん」
「えっ!?」
予想だにしていなかった名前に驚き、公子は愛衣を振り返る。愛衣は変わらぬ無邪気な笑みを浮かべつつ、“ないない”と手を横に振った。
「平太はまだまだお子ちゃまだからねー、こんな美人相手は務まらないね、きっと!」
「相変わらずペタに容赦ないな、パワフルメイちゃん……」
衝撃で呆然としていた公子は、はっと己を取り戻すと早口になりつつチョージに訪ねる。
「あ、あの! ペタって、都築 平太君のこと……ですよね?」
「おお? お嬢さん、ペタのこと知ってるのかい?」
「ほほー」
逆に驚いているチョージとは対照的に、愛衣は瞳を輝かせて公子を見詰めた。
「クラスメートなんです。同じ委員会にも入ってて……」
「そうなのかい! いや、世間は狭いもんだねえ」
「ホントホント。まさか息子のクラスメートと偶然会うなんてねー!」
「……え?」
公子は、それを自分の聞き間違いだろうと思った。しかし、愛衣は、目の前のどう見ても自分より年下にしか見えない少女は、ちょこんと小さくお辞儀をして花のような笑みを見せた。
「初めまして! 都築 平太の母、都築 愛衣です!」
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