第14話 男の憧れ
「はあ? え、何?」
教室に戻ったペタが、待っていてくれたみやこに事情を説明すると、苛立ちを隠しもせずに聞き返してくる。もちろん、ペタもそうなるであろうことは予測していた。しかしそれでも、一度頼まれた手前投げ出すわけにもいかなかった。
「だからさ、その……ウチのクラスの中臣って男子に、みやこのお弁当を作ってやって……欲しいんだけど……」
ペタが再度同じ内容を説明するも、その言葉が尻すぼみになってしまうのは仕方なかった。みやこがペタの言葉にみるみるうちにまなじりを釣り上げ、憤怒の表情を作ったからである。
「何でっ!? 何で、私が見ず知らずの男子の為にお弁当作ってあげなきゃいけないワケッ!?」
我慢がならないとばかりに声を上げるみやこに、そりゃそう言うよなーとペタも思うものの、何とか説得しようとなけなしの知恵を振り絞る。
「さっきも言ったけど、中臣は週末のサッカー部の合宿訓練にかけてるらしくて。そこを乗り切るキーアイテムに手作り弁当が必須って占いで出たかららしいんだけど……」
「だからっ!? 何で私? 関係ないでしょ!」
「それは、あいつ今作ってくれるような宛もないし……それに」
「そ・れ・に?」
「毎日俺がみやこの弁当を食べてる顔があんまりにも幸せそうだったから、羨ましかったみたいで……」
言いながら、ペタは自分でも全く説得力がないと自覚していた。またみやこが爆発するのではないかと、恐る恐る顔を見ると……。
「う……そ、そう。私のお弁当でペタが幸せそう……ね」
意外なことに、みやこは一時的に怒りが収まっている様子だった。ここがチャンスだ、とペタは悟る。
「そうそう、それがあんまりにも羨ましいし妬ましいから、哀れな自分にも可愛い女の子の手作り弁当を分けてくれよって」
尚、今のセリフは全て中臣が実際に真顔で言い放った言葉である。
「かかか、可愛い女の子って……! まま、まあ、私が可愛いのは、事実でしょうけど?」
高飛車なセリフとは裏腹に、みやこの声は面白いほどに震えまくって狼狽えているのはバレバレだった。しかし、ここでそれを指摘すれば折角の光明を逃してしまう。ペタは、勝負とばかりに畳みかける。
「そうとも、みやこみたいな可愛い女の子にお弁当作ってもらえたらどんな男でも実力以上の力を出せるに決まってるさ!」
「ぺ、ペタ……」
「それに、協力してくれたら俺達二人にちゃんとしたお礼もするって、中臣が約束してくれたよ」
そしてこれが止めのセリフ。ペタには、もうこれ以上の舌鋒を尽くすのは不可能だった。今でさえ普段の自分は決して言わないであろうセリフのバーゲンセールなのだ。じっと、みやこの言葉を待つ。
……二人の間に重い沈黙が横たわり、やはり無理な事だったのかと弱気が頭をかすめたその時、みやこがふっと何かを諦めたような吐息をついた。
「……解ったわよ」
「えっ!」
「仕方ないから、ペタの顔立てて協力してあげるって言ってんの」
「あ、ありがとう、みやこ!」
「その代わり、こんなのは今回だけなんだからね!? 私が本当は何とも思ってない奴にお弁当作ったりするの好きじゃないって、ちゃんと覚えててよ!?」
「えっ? ……う、うん。解った……?」
何故そんなことを強調するのか、ペタにはその本質は解っていなかった。とはいえ、これで義理は果たした。緊張から解放され、ペタはどっと押し寄せる疲労に身を任せ、だらしなく机に身を投げ出した。
「ちょっとペタ、気が緩みすぎよ。女の子にそんな姿見られて幻滅されたらどうすんのよ?」
「いやあ……みやこは幻滅するの?」
「私は、別に。ペタが普段からそんなだらしないとか思ってないし」
「みやこがそう思ってくれてるなら、別にいいじゃないか」
「え、ペタそれって……!!」
ペタは、隣で絶句したようなみやこを不思議そうに見上げる。今、この教室にいるのはペタとみやこだけなので、それなら誰にも気にされないし問題ないだろうという意味で応えたのだが、みやこは何故か顔を赤くして怒ったように唇をひん曲げ黙り込んでしまった。
「とと、とにかく! その中臣君だっけ? 食べられないものだけ教えてね! あ、それとお弁当箱は用意させること!」
「うん、了解。あれ、でも――好物とかは聞かなくていいの?」
ペタの疑問に、既に鞄を掴み上げて帰る気満々だったみやこは口を大きく横に広げていーっと唸る。
「そこまでサービスしてあげる必要ないでしょ!」
そんな意地っ張りなみやこの態度に、ペタは思わず笑ってしまった。
「あっ、ペタ何笑ってんの!!」
「いや、ごめん」
「そんな態度なら、ペタの弁当抜きにするわよ!」
「えっ、それは困る!」
言ってから、ペタはおやと思う。いつの間にか、みやこのお弁当をペタ自身が意外なほど楽しみにしていたのだと言うことに、今更気がついたのだ。ペタの心情を見透かしてか、みやこはいつもの自信満々な態度を取り戻し、胸を強調するようにぐいっと反らす。
「ふふん、ペタはもうすっかり私のお弁当の虜になってしまったようね!」
確かにその通りかもしれない。この少々生意気なお師匠様は、すっかりペタに取っては当たり前になりつつあるのだと思わせずにはいられなかった。
「はい、これ。約束の物」
あれから何日か経って、中臣にお弁当を引き渡す日がやってきた。
「うおおおおぉぉぉぉぉ! こ、これが女子の手作り弁当……! まさに俺は伝説を目の当たりにしている!」
おおげさに騒ぐ中臣に若干引き気味ながら、みやこのお弁当を手渡す。ちなみにみやこは相手をするのが面倒くさそうという理由でここにはいない。中臣の反応を見るに、その判断は正しかったとペタは思う。
「ペタ、マジでありがとな! 心から感謝する!!」
サッカー少年らしい爽やかな笑みで、ペタの手を握りぶんぶんと勢いよく振り回す中臣。その素直な感謝に、言いようのない喜びがペタの心を満たしていく。
「あっ、そうだ。言ってたお礼なんだけどさ」
「ああ、そうだった。あんまり考えてなかったから、特に内容も聞いてなかったけど……」
「へへん、そんな事言うなって。きっと二人に喜んでもらえるさ」
そうして中臣が差し出したお礼を前に、ペタは首を傾げた。どうやら、何かのチケットのようだ。
「これは?」
「まあ、それであの子と二人、楽しんでこいよ! じゃっ、これはありがたく食べさせてもらうな!」
詳しい内容は説明しないまま、中臣は弁当を抱えて浮かれるように去っていった。
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