第13話 広がる疑惑

 次の日、いつものように登校し教室に入った途端、少なくない視線がペタに集中する。


「え、な、何?」


 たじろぐペタに、流星がちょいちょいと手招きをして呼び寄せた。何が何だか解らないまま、ペタは自分の机に鞄を置くと流星へと近寄る。


「ペタよ、お前さん昨日は坂巻とデートしてたそうじゃないか?」


 ニヤニヤとのたまう流星の言葉に、ペタはこの注目の意味を悟った。昨日のモテ男指南の場面を誰かに見られて誤解されていたのだ。


「違うよ、あれはいつものモテ男指南の一環だから」


「ほーう、そうなのか」


 ペタの反論にも、流星はまるで信じていないように疑わしげに口を曲げる。


「みやこがそれ聞いたらまた怒るよ」


「ふうむ、それはどうかねえ?」


 それは間違いのない事だと、ペタは疑いはしなかった。そのとき、パタタタタ! という軽快な足音が廊下から響き渡ったと思ったら、スパン! といつものように教室後方のドアが開け放たれ、息も荒く真っ赤な顔をしたみやこが駆け込んできた。


「ぺぺぺぺペタ! あ、あ、あんた何て噂流してるの!?」


「ええっ!? う、噂って……」


「ああああああんたと私が昨日デートしたって! 教室で質問責めにあったわ!!」


 なるほど、確かにみやこの教室でも噂が広まっていればそのような事になるのだろう。しかしペタは自分が噂を流した、と言われたのが心外だった。


「みやこ、俺だってさっき教室に来て初めて聞いたことなんだよ。だからその噂流したのは俺じゃないって」


「えっ!? で、でもペタが俺の彼女超可愛いって吹聴してたって……」


 ペタの反論に狼狽したみやこの余りな言葉に、がくんと膝から崩れ落ちそうになった。


「お、俺がそんな事を言って回るわけないだろう! 事実無根だよ」


「何それ! つまり私は可愛くないって言うの!」


「ち、違う! みやこ、落ち着け! 話がズレてる!」


 この、ペタとみやこのいつもと言えばいつものやりとりに、今日に限っては噂の効力が加味されて野次馬的好奇の視線が強く集まっていた。


「ほ、ほら。周りから見られてるし……」


「うっ……」


 今まで頭に血が上っていたせいで冷静には見られなかったのだろう、みやこは自分たちがいつも以上に注目されている事を意識し、ぎしりと固まってしまった。そこへ、流星がタイミング良く声をかける。


「坂巻よ、いくらペタがお前さんの餅男指南とやらをされたからって言って、このペタがそんなこと言うと思うかい?」


 問われ、みやこはじっとペタのとぼけたような顔を見つめる。何だか落ち着かない気分になり、ペタがもじもじとし始めた時、みやこははあっと嘆息した。


「そうね……冷静に考えてこのペタにそんな事出来る訳ないよね」


 相当に失礼な事を言われているような気がしたものの、ペタはみやこが誤解を解いてくれたことにほっとため息をついた。


「しかし、何でそんな噂が流れたんだろう?」


 そう、それは今更と言えば今更の話なのだ。ペタがみやこと何か変な事をしているらしいぞ、というのはこのクラスはもちろん、学年全体でも割と知られている事だったりする。今更、外でちょっとお茶したくらいでそこまで騒がれるという事に何か納得のいかないものを感じた。


「うーむ、それはつまり、お前さんの見られ方が変わってきたのかもしれんな」


 流星の言葉に、ペタは首を傾げた。


「見られ方?」


 おうともよ、とうなずいて流星は訥々と語り始める。


「まあ、言っちゃ悪いがペタは今まで殆ど認識もされてないような人間だったわけだ」


 それは確かに事実なので、ぐっと堪えて続きを促す。


「が、ここの所はそっちの賑やかしいのと一緒になって散々あっちゃこっちゃで何かやってるだろ」


「ちょっと! それ誉めてないでしょ!」


 みやこの抗議は流し、流星はつまりだ、と続けた。


「それだけお前が注目され始めたってことじゃないのかねえ」


 とんちんかんとも言えるみやこのモテ男指南が効力を表してきたという事なのだろうか。


「つまり、私のおかげってことね、ペタ!」


 みやこは相変わらずの謎の自信を発揮して、ペタに向かってふんぞり返っていた。


「今回は自分も被害を被っているのに、その溢れかえる自信はどこから出てくるんだろう?」


 ペタが真剣に考えても、みやこの頭の中身を覗く事はできそうも無かった。


 ――だが。


 もしこの時、ペタが本当にみやこの頭の中を覗くことが出来ていたのなら。二人の今後の関係も、もうちょっと違ったものになっていたかもしれない。学年を揺るがしたあの事件も、起こり得なかったのかもしれない。それは、神ならざる身であるペタには、到底窺い知れることではなかった。


「おーい、ペタよ!」


「えっ?」


 放課後、帰り支度をしていたペタを呼び止めたのは、同じクラスの中臣だった。中臣は、少し申し訳なさそうな顔で切り出す。


「実はさ、ちょっと頼みごとがあるんだけど、どうかな?」


 ペタは、今までそれほど話した事があったわけでもないその中臣の意外な内容に軽く驚いていた。


「俺に頼み?」


 聞き返すと、中臣はしばらく言い辛そうにしていたが、やがて意を決してがばりと頭を下げた。


「頼むっ! これこのとーり!!」


 平身低頭で拝まれてしまい、慌てるのはペタの方だった。


「ちょ、ちょっと! とりあえず頭を上げてくれ!」


「頼み事聞いてくれるか!?」


「とりあえず話は聞くから!」


 根負けしたペタが悲鳴を上げると、中臣はあっさりと頭を上げてからっと笑う。


「いやあ、そうかそうか! とりあえず、詳しい話はあっちでな!」


「えっ!? ちょ、ちょっと待って! そんな押さないでよ! あ、あ、流星! みやこにちょっと待っててくれるように伝言頼んだ!」


「おー、了解したー」


 強引に押し出されるペタに、流星はいつものいたずら小僧のような笑みを浮かべてひらひらと手を振って見送る。その目は、また面白そうな事になってきたと思っていることを雄弁に物語っていた。


 ペタが教室から拉致も同然に連れてこられたのは、中庭の隅の目立たない一角だった。連れてきた張本人は、用心深く周囲を窺い、誰もいないことを確認すると安心したようにおおきく息を吐いた。


「よし、それじゃあペタ。本題に入るぞ」


「あ、ああ」


 ペタを正面に真っ直ぐ見据える中臣の真剣な表情に、ペタも緊張が募り喉を鳴らした。


「じ、実はな」


「うん」


 しかし、中臣はそこで更に小さく手招きをして口元を寄せる。そこまで聞かれたくない話なのかと、若干の不審を混ぜつつも耳を寄せると。


「(こしょこしょこしょ)……」


「…………ぇ?」


 ペタは己の耳を疑った。しかし、呆然と見返した中臣は真剣な表情のまま頷きを一つ返してくる。


「本気で言ってる?」


「当たり前だろ! こんな事頼めるの、お前しかいないんだっ!!」


 気合いの入った返事に、ペタは頭痛がしてくる思いだった。


「なあっ、頼むよ!!」


 余りに必死な様子に、ペタは重苦しい気持ちを抱えながらもとりあえず聞いてみる、と返すのが精一杯だった。


「ホントかっ!? 助かるよ!! 上手くいったら、ちゃんと“二人には”礼をするからっ!」


 心底喜んでいるクラスメイトを前に、ペタは顔がひきつっていくのを自覚する。

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