第12話 限定的女の子

 委員会は滞り無く終わり、昼休みも半ばに解散となる。流石に、皆も食事をしたいだろうという配慮からかなり拙速に進行されていたおかげで、まだお昼を食べるにも十分な時間があった。


「さて、それじゃあ俺はお昼を食べてくるよ」


 ペタは、みやこが持たせてくれた弁当箱を手に公子にそう告げた。


「あ、あの! 折角だし、一緒にお昼しない?」


「あ、あー……うん。解った。それじゃあ一緒に行こうか」


 ペタは先程のみやこと公子のやりとりや、自身との問答を思い浮かべて何とはなしに罪悪感を感じたものの、相手から言われて反論も出来ずに承諾する。ペタの返事に、公子はその目を輝かせてはにかむように微笑んだ。


「それじゃあ、屋上にでも行こう?」


「了解」


 ペタの通う西火高校は屋上が一般生徒にも開放されており、天気の良い日にはそこそこの人気があった。その一角、なるべく目立たぬ位置にあるベンチに、二人はほんの少し距離を開けて座り合う。


「それじゃあ、頂きましょう」


 公子が思いの外食事の礼儀が正しいのを見て、ペタは関心した。どうやら、流星が言っていたお姫様というのもあながち間違いでもないのだな、等と考える。あまりじろじろ見るのも失礼かと、公子から視線を外して自分の分の弁当を広げる。その中身は最初作り始めた頃からは比べるべくもなく綺麗にまとまっていて、改めてみやこの努力の程を感じ入っていた。と、弁当に見とれていたペタが気配を感じて振り向くと、公子が真剣な面持ちでみやこの弁当を凝視している。


「ど、どうしたの?」


「それ、坂巻さんの手作りなんだよね」


 抑揚のない平坦な声の公子に、ペタは少々引き気味に答える。


「そうだよ。最初はからっきしだったんだけど、みるみるウチに上達してね。今では楽しみな位美味しくなってる」


「……ふうん」


 ペタは自身の失敗を悟った。みやこの弁当を褒めた途端、公子の表情が徐々に厳しくなっていったからだ。


「私だって……」


「えっ?」


「ううん。それより、ちょっとおかず交換しない?」


 公子は楽しいことを思いついたと言った顔で、ペタの前に自分のお弁当を差し出した。ペタが覗き込んでみると、派手さはないものの全体的に可愛らしくまとまっており、素直に美味しそうと思えるようなものだった。しかしながら、ペタはみやこが作ってくれたお弁当を勝手に人にあげていいものかと、しばし迷う。


「私も平太君が手放しで誉めてるお弁当食べてみたくて」


 いたずらっ子のような笑顔を向ける公子を相手に、ペタはそれ以上渋る気がなくなってしまった。


「いいよ、それじゃあ好きなものを取ってよ」


「じゃあねえ……平太君が一番お気に入りの物を食べたいな」


「うーん、俺が好きなものかあ……これかな?」


 そう言ってペタが指し示したのは鳥の唐揚げである。みやこは、いつもペタが一番最初に箸をつけるのが唐揚げであることを覚えてからは、一番細かく味の調整について聞いてきていたのだった。おかげで、その唐揚げは完全にペタの好みの味に仕上がっている。正直、この唐揚げに関してだけは母親のメイのものより美味しいと思う出来であった。そういった理由も含めて伝えると、公子は真剣な面持ちで唐揚げを凝視する。


「そっかあ、これが平太君の好みの味なんだね。一個もらっていい?」


「うん、いいよ。それじゃあ王子さんのお弁当からは……」


「平太君、私のお弁当でおすすめはこれだよ。一番自信があるの」


 公子が勧めてきたのは、ハンバーグだった。女の子らしく一口サイズになっていて、小さく可愛らしい。


「自信があるって、それじゃあ王子さんも自分でお弁当作ってるんだ」


「まあね。お料理は好きなの。だから、平太君も参考に感想を聞かせてね」


 ペタは解ったよ、と返事しながらお互いおかずを交換する。そして、公子のおすすめだというハンバーグを口に入れた。


「これは……」


 口に入れてペタは驚いた。明らかに、冷凍食品とは味が違う。肉のうまみと、冷めても美味しいように考えられた味付けが絶妙で、思わず言葉を失ってしまう。


「どうかな?」


 これだけの味を出せるというのに、公子はそれでも少し不安そうにペタに訊ねる。


「美味しいよ、凄く。こんな美味しいハンバーグ初めてってくらい」


 そのペタの正直な感想に、公子は顔がにやけてしまうのを止められなかった。


「そ、そっか。一応自信作だったから、気に入ってもらえてよかったな」


 公子は頬を熱くしながら、自分のお弁当をつついていく。ペタも、そんな公子を見て思わず優しい気持ちになりながらも、みやこのお弁当をしっかりと味わって食べるのだった。



 本日の放課後は委員会も休みのため、みやこのモテ男指南があった。ペタの目の前に立つみやこは、びしっとぺたに指をつきつけて宣言する。


「真のモテ男になるためには、女の子しっかりとエスコート出来ないとダメなのよ!」


「そ、そう」


「そこで、ペタにはちゃんと女の子を楽しませる事が出来るようになってもらうわ。というわけで、街に行くわよ!」


 拳を振り上げておー! と気勢を上げるみやこに逆らうことも出来るはずがなく、ペタも弱々しく拳を上げて応じた。


「早速、乙女心くすぐり作戦を考えないとね」


「そういうのは本当に全然解らないな……」


 弱気なペタに、ふふんと得意げな顔でみやこは指を振った。


「そのためのメシア様みやこ様、よ。安心してついてきなさい!」


 みやこが自信満々になればなるほど、比例してペタの不安は増大していく。しかし、だからといって代案があるけでもなく、仕方なしにずんずんと街を行くみやこをちょこまかと追っていくペタ。


「あっ」


 と、先を行っていたみやこが不意に足を止めて、一件のケーキショップをのぞき込む。そしてその視線の先、ある商品を見詰めて目を輝かせた。


「あれは……幻のシュークリーム!? あのお店、ここだったんだあ!」


 ペタもみやこの隣から覗くと、店内のガラスショーケースの中にあるシュークリームがみやこのお目当てらしい。


「ペタ! 女の子はシュークリームが大好きなのよ!」


「……え?」


 突然鬼気迫る表情で振り返ってきたみやこに、ペタは思考が固まる。


「そしてあのシュークリームは幻のシュークリームなの! 一日限定個数しか作られない、至高の味なのよ!」


 みやこのセリフが一周遅れてからペタの頭に届く。


「女の子がっていうか、それってみやこが好きなだけ……」


「だから! エスコートするならあのシュークリームを一緒に食べないといけないのよ!」


「でもーー」


「いいからさっさと行くわよ! 売り切れたらどう責任取るの!?」


 もはやペタに反論の隙はなく、手を引かれるがままに店内に引きずり込まれる。その店は外観からしてかなりデザインに気を使っているのが解ったが、中に入るとやはりセンスの良い調度類でまとめられていて、どちらかというと現代的ではなく、欧風のシックな雰囲気で統一されていた。二人が入ったドアベルの音に反応して、若いウェイトレスがやってくる。


「いらっさいましー、何名様ですかー?」


「え、あ、二名です」


 にっこり笑顔で不可思議な日本語を使うウェイトレスに面くらい、目を白黒させながらみやこが応える。


「てんちょー、二名様ご案内でーす」


 店の雰囲気には全くそぐわないような気楽なノリのウェイトレスに、みやことペタは苦笑した。席に案内され、ペタはメニューに目を通す。流石にスイーツの種類は豊富だが、それに負けない位お茶類が充実している。紅茶だけで5ページ、ウーロン茶だけで2ページなど、その種類の多さにペタは呆れてしまった。


「いっぱい種類あるのねー。ペタは何にするの?」


「ううん、どうしようかな」


 正直、ペタはこういうお店を利用したことがない。決めかねて迷っていると、みやこの叱責が飛んだ。


「もう、ダメよペタ!」


「えっ? えっと、何が?」


 困惑しているペタに、みやこは人差し指をぴっと真上に立て、胸を反らせて語り出す。


「モテ男指南! こういう時は、例え初めてのお店でもスマートに決めないとダメなのよ! 女の子を待つのはともかく、待たせるなんて言語道断なんだから!」


 ペタは、その言葉にやっぱりそれって個人の嗜好によるのではないかと思ったが、気持ちよさそうに語り終えているみやこを前にして何も言わないでおいた。


「それじゃあ、俺はこのヌワラエリヤの紅茶ってのにするよ」


「いい趣味してるじゃない! 私は何にしようかなあ。やっぱり基本のダージリンね!」


 ニコニコと、上機嫌にメニューを決めていくみやこを眺め、ペタはこういうのも悪くないのだな、と感心するように思った。


 その日は、みやこと二人で美味しい紅茶とケーキに舌鼓を打ち、楽しい時間を過ごし、その日はお開きとなった。

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