第11話 みやこダッシュ!
委員会を無事に終え、まだ所用があるという公子と教室で別れたペタは下駄箱に向かった。
「……随分、遅かったじゃないの」
そこには、仁王立ちして唇を尖らせたみやこが待ち構えていた。
特に待ち合わせていたわけでもないのだが、ペタは何故かその拗ねたようなみやこの態度に罪悪感を覚える。
「ごめん、ちょっと委員会の仕事を急にすることになって」
特にやましいこともないので正直に答えると、みやこはすっと目を細める。
「へえ。その割には随分と楽しそうにしていたそうで。王子 公子と一緒にね!」
どうやら、みやこはペタが公子と一緒だったことを誰かから聞いていたようだった。
「そんなに怒らないでよ。俺だって、不可抗力で一緒の委員になったんだから……」
「……ごめん。ちょっと、今のは言い過ぎたわ」
しゅんとしてしまったペタに、みやこも態度を改める。
「いや、いいよ。それより、俺はこれからも委員会で遅くなることがあると思うんだけど……」
言外にどうしようか? と目でみやこに尋ねると、みやこも幾分か落ち着きを取り戻したすまし顔で頷いた。
「解ったわ。これからは、放課後はペタが委員会のない日だけにします」
「ありがとう、みやこ」
感謝し、笑いかけるペタにみやこはぽやっと頬を染める。
「別に、そんなお礼を言われる程の事じゃないでしょ。いいから、行こう!」
そんなあからさまな照れ隠しの様子に、ペタは心の奥まで暖かい物が満ちていくのを感じていたのだった。
明くる日のこと。
いつものようにやってきた昼休み、すっかりクラスの馴染みになってしまったみやこが、いつものようにペタのクラスへと凄い勢いでやってくる。それは一部で「みやこダッシュ」と呼ばれ学校の七不思議の一つになっている、等という冗談がまことしやかに囁かれていた。そんないつも通りの風景のはずだった。
「さあ、ペタ! 今日も心して食べるのよ!」
何故か偉そうに、そして嬉しそうでもある顔でみやこがペタの弁当を机に広げる。ペタもいつものように感謝し、受け取ろうとしたその時。
「あの、ちょっといいかな?」
横合いから、いつの間にかやってきていた公子に声をかけられる。
「……なに?」
話しかけられたペタではなく、みやこが不機嫌さをまるで隠そうともしない刺々しい言葉で牽制する。しかしながら公子も、返答したみやこを軽く受け流し、ペタへとまた声をかける。
「今日、お昼に委員会の招集があるって伝え忘れて……ごめんなさい、ぎりぎりになっちゃって」
「あ、そうなのか。じゃあ行かないとマズいね」
お昼抜きは正直辛い物があったが、一旦引き受けた以上は投げ出すような真似は出来ない。みやこも、憮然とした表情ではあったが事が公的な用事であるために、特に文句を連ねてくる事もなかった。
「それじゃ、ごめんだけど行ってくるね」
しかし、席を立ったペタに向かって、みやこが何かに気づいたように呼び止めた。
「お昼抜きは辛いでしょうから、これ持っていきなさいよ」
今し方広げたばかりのお弁当を手際よく包み、持たせてくれる。
「ありがとう。また感想は伝えるよ」
「そうね、また後で、ね」
言葉はペタに向けていたが、顔は公子に向けてみやこが答える。その顔には、何故か余裕の表情がありありと浮かんでいた。公子はそれを受け、顔をしかめかけたが、鉄の自制心で押し止めてペタを促した。
「さ、早く行きましょう」
「あ、ごめん。今行くよ」
二人が連れ立っていく後ろ姿を、みやこは実に面白く無さそうな顔で見送っていた。
「ねえ、平太君」
教室を出て少し歩いた頃、不意に公子がペタに声をかける。
「何、王子さん」
「うーんと、こんな事聞いていいか解らないんだけど……」
公子は言い辛そうに少し迷いながらも、やがて意を決してペタへと振り返る。
「平太君て、その……坂巻さんと付き合ってるの?」
その思わぬ質問に、ペタは噴き出すのを何とか堪えた。
「ななな、何で急にそんな!」
慌てるペタに、公子は少し不満そうに唇を尖らせてじっとペタを見つめる。
「だって、いつも二人で何かしてるし……とっても楽しそうにしてるから」
確かに、当初からそのように揶揄されたり、からかわれたりすることは良くあった。しかし、それをまさか公子にまで言われるとはペタは考えもしなかった。
「王子さんも知ってるかもだけど、俺とみやこは言わば師弟関係みたいなものだからさ」
言いながら、ペタは自分の言葉に妙に説得力がないことを感じていた。少なくとも自身の言葉に嘘はないはずなのだが、心の片隅で何かぬぐいようのない違和感がちくちくと刺激するのだ。そして、その正体を公子はあっさりと口にする。
「……さっきみたいに、毎日手作り弁当を仲睦まじく食べてるのに?」
そう、それは確かにペタも何かが違うとどこか思っていた事の一つだった。最初は確かに、ペタの指導目的でという話であったのが、いつの間にやらそれは形骸化し、仲良くお弁当を食べているだけになっている。
「それは……」
ペタは何か反論をしかけるも、途中で勢いを落としてしまう。
「……ごめんなさい、私がこんな事言うのも変だよね」
ペタの困惑するような様子を見て、公子は頭を下げる。公子とて、ただペタを困らせるつもりがあったわけではないのだ。
「上手く言えないんだけど……みやことは、やっぱり友達、何だと思うよ」
考え考え絞り出されたペタの言葉に、公子は胸の奥で何かがぶわっと膨らむのを感じた。それはそのまま身体を駆け上がり、頭部に至っては頬から表へと逃げ出そうとする。
「そ、そっか。そうなんだね」
かっと火照る頬を隠すように俯いて、公子はそそくさと廊下を先へ急ぐ。その後ろを、ペタも置いていかれないように早足でついていくのだった。
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