第9話 彼女はベラドンナ?

 放課後のこと。ペタがいつものように帰り支度をしていると、廊下の方から慌ただしい足音が響いてくる。教室にいた何人かが訝しげに顔を向けると同時、だんっと急制動をかけて教室に飛び込んできた女子がいた。


「ペタ! まだ帰ってないよね!?」


 誰あろうみやこの登場に、教室の人間は納得したようにそれぞれ視線を外した。みやこの奇行は早くも慣れつつあるのだった。


「まめまめしいねえ」


 流星のからかいに、みやこは気にした風もなくさっとペタの机へと近寄る。


「それじゃあ今から放課後の特訓よ!」


 ペタはもう予想していたことだったので、諦観にも似た気持ちで受け入れる。


「それで、何するの?」


「ふふん、モテる男は女の子が困っている所を見逃してはいけないのよ!」


 ずびし! とペタの鼻先に指を付きつけるみやこ。


「それはまあ、納得出来るけど」


「というわけで! 私がペタのために用意してきたから感謝しなさい!」


 得意満面の笑みで胸を張るみやこに、ペタは意味が解らずに首を傾げた。


「用意してきたって、何を?」


「決まっているでしょう。”困っている女の子”よ」



「連れてきてくれてありがとー、みやこちゃん。本当に、人手が足りなくて困ってたのよね! 助かるわー」


 のんびりしたような先輩女子の声に、ペタははあ、と気の無い返答をした。


「じゃー、ここからここまでの範囲の草むしり、お願いねー。あー、さっき見せた植物は抜いちゃダメよー? まあ、みやこちゃんは解ってるよねー。よろしくね、みやこちゃん」


 そうして上機嫌な先輩は去っていき、後には未だに納得の行かない顔をしたペタと、何故かやる気に満ちているみやこが残された。ペタは多少躊躇いがちに口を開く。


「……あのさ」


「何、ペタ? ぼさっとしてないで手を動かして!」


 みやこは既に準備万端、学校指定のジャージ姿に軍手まで装備し、完全に草むしりモードになっていた。ここは学校の裏手に作られた園芸部の花壇スペースであり、校舎の端から端まである花壇の草むしりをたった今仰せつかったところなのであった。体操服に着替えろ、とみやこに言われた時から感じていたイヤな予感は的中した。


「……何で、草むしり?」


 当然のようなペタの疑問だったが、みやこは逆に何故そんな事を問われるのか解らないと言った顔をした。


「だって、園芸部の先輩がとっても困っていたんだもの。やっぱりそういう時は颯爽と現れて手助けをするものなのよ!」


 ぶちんぶちんと草をむしりながら力説するみやこに、ペタはジト目を向ける。


「ちょっと聞きたいんだけど……みやこって何部に入ってるの」


 ペタの疑問に、みやこはかがみこんで草をむしろうとした体勢のままギクリと動きを止めた。


「……ま、まあ細かい事はいいじゃない」


「さっきの先輩、みやこのことすっごく良く知ってそうな感じだったよね」


「そそそ、そうかしら? 気さくな先輩なのよ、きっと」


 面白いほどに震える声音を聞いてペタは確信する。みやこは園芸部員なのだろう。正直、指導にかこつけて体良く利用されている気もしないでもなかったが、ペタはみやこの隣にかがみこむとぶち、ぶちと草を抜き始める。それを、動揺していたみやこは驚きに目を見開いた。


「ペタ?」


「確かに、今すぐ横に”困っている女の子”はいたよ」


「えっ……あっ……」


 そのペタの気遣いに、みやこは騙したようにしてペタを連れて来た事を今更ながら恐縮してしまった。


「あ、あの、ペタ……」


「ほら、ぼさっとしてないで手を動かすんでしょ」


「う、うん!」


 みやこはこのお人好しな少年に感謝しながら、二人で一生懸命に雑草を抜きつづけた。



「ふー、あらかた抜き終わったわ」


 満足げに額の汗を拭い、笑顔を見せるみやこに、ペタも同意する。始める前は花壇に生い茂っていた雑草はほとんど抜かれ、地面をさらけ出していた。


「これでここの花壇も使えるようになるわ」


 感慨深げに呟いた言葉に、ペタがおや、と反応する。


「ねえ、みやこ。ここって園芸部の花壇なんだよね」


「そうよ」


「その割には、随分と手入れがされてなかったみたいだけど……。まるで、何年も放置されてたみたいに」


「あー、うん。それはね……」


 しばし言葉に迷っていたみやこだったが、やがて隠すほどの事でもないと思い立ったのか、説明をし始める。


「実は、園芸部って結構ピンチでね。部員は私を含めても4人しかいないの」


「えっ? 4人って……、だって、園芸部の管理してる花壇ってここだけじゃなかったよね、確か」


 ペタの記憶では、校門横から塀沿いに植えられた並木に沿うように併設された花壇と、更に中庭の手入れも園芸部がやっているはずだったのだ。4人でやるには、範囲が余りにも広すぎる。そのペタの疑問を感じ取り、みやこは困ったように笑った。


「そうなんだよね、4人では全然手が回らなくって。だから、一番目立たないここの花壇がずっと後回しになっちゃってて……」


 雑草が抜かれ、綺麗に均された花壇を見詰めるみやこの横顔には、自省の感情が見え隠れしていた。


「だから、今日ペタが手伝ってくれて本当に助かっちゃった。ありがとう、それと――」


 みやこは、ペタに身体ごと向き直ると、真っ直ぐに、真摯に見詰める。そして、がばっと身体を90度に曲げて頭を下げた。


「騙して連れてきて、ごめんなさい!!」


「ちょ、ちょっと……」


 ペタがみやこの突然の真剣な謝罪に掛ける言葉を見失ってしまうが、いつまでたってもみやこが頭をあげようとしないので、ふうっと溜め息を一つ吐いた。


「もういいよ。みやこ達がそんな状況だって知らされてたらどっちにしろ放ってはおけなかったし。それに困ってる女の子を手助けするのは、モテ男としては当然、なんでしょ?」


 最後の言葉を冗談めかして告げると、ようやくみやこは頭を上げた。


「あは、そうだったね。うんうん、ペタは順調にモテ男への道を歩んでいるわ!」


 そこで、みやこはようやくいつもの自身満々な態度に戻る。ペタはそんなみやこの姿を見て、良かった、と心の底から思うのだった。やはり、彼女には落ち込んで沈んでいる顔等は似合わないと、この短い付きあいの中でも感じていたのだから。


「じゃ、今日は先輩に作業報告して帰りましょ! 今日のお礼とお詫びに、何か奢ってあげる!」


「そっか、それじゃ遠慮なくご馳走になるよ」


 みやこの気持ちがそれで収まるのなら、と喜んで受け入れるのだった。

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