第8話 モテ男指南始まる

 「さあ、ペタ! 早速始めるわよ!」


 昼休みになるや、みやこが自信に満ちた顔でペタの教室を尋ねてくる。ペタはまた公子のグループと一悶着あるのではないかとヒヤヒヤしたが、幸い公子達は昼休みになるなり教室から出ていっていた。彼女らはいつも教室ではない決まった場所でお昼を取っているらしい。ペタ自身は、いつものように一緒にお昼を取っている流星と向かい合わせに座っている所で、今まさに弁当を開けようとしているところであった。


「あ、ああ。でも、その前にまずお昼を食べないか?」


「ふふふ、甘いわねペタ。お昼ご飯を食べる事からあなたの指導は始まっているのよ!」


 そしてみやこは自分の分の弁当であろう包みをでんと二人の机の上に置く。


「ほう、坂巻。見た目に似合わず健啖家だな」


 いつも一緒に教室で弁当を取っている流星が、みやこの取り出した包みに驚いている。ペタも、彼女が大食いなのだと思って驚く。その間にささっと不在の生徒のイスを借りてきたみやこが、きょとんと首を傾げた。


「え? あ、これ? 私の分はこっちよ」


 そう言ってみやこは最初の包みより一回り小さいものをまた取り出した。


「え? じゃあこれは?」

 

「それは貴方の分よ、ペタ」


「ええっ!?」


 みやこの言葉に、まるでそんな話しを聞かされていなかったペタは仰け反った。流星も興味深そうにペタを眺めてニヤニヤとしている。


「ほほう、女子の手弁当とはな。羨ましいな、ペタ」


「あ、戸内君。言っておくけど、これは指導の一環なんだからね」


「ふむ?」


 言いながらみやこが大きい方の包みをばさっと広げる。何の変哲もないステンレス製の弁当箱が現れ、みやこはその蓋をすっと広げる。


「おおっ!! ……おお!?」


 流星が奇妙な声で二度驚いた。最初の驚きは期待に満ちた驚き、二度目の驚きは、中身が少々予想外だったことに対するものだ。


「え、えっと……これ、何?」


 ペタもまた、みやこの弁当箱の中身を見て顔を引きつらせる。その言葉に、みやこは憤慨した。


「何ってお弁当でしょ、見て解らないの!?」


 ペタは思わず首を縦に振りそうになったが、すんでで堪えた。しかし、みやこに対して何の遠慮も無い流星がずばりと言いきってしまう。


「そりゃあ見て解らないだろうな。こりゃ酷い」


「なっ……!!」


「お、おい、流星!」


 正直な感想を告げる親友に、ペタは色をなして収め様としたが後の祭り。みやこは絶句し、ついで顔を真っ赤に染めてわなわなと震え出したのだ。


「だ、だって……作った事、ないし……しょうがないじゃない!」


「いや、ほら! 見た目は悪くても味は悪くないとか、あるだろうしさ。食べずに判断するのは良くないよ!」


 おかげでペタは自分でも全く慣れないフォローをするハメになった。もはや涙目寸前のみやこは、上目遣いにペタを見やる。


「ほ、本当……?」


「もちろん! これ、俺の分だっけ? 食べていいんだよね、いただきます!」


 無駄な言葉は重ねずに、ペタはみやこの弁当に箸をつけた。総じてどれもかなり茶色い弁当で、どれが何のおかずなのか見た目の見当がおよそつかない。謎のロシアンルーレットになっていたが、意を決してそのうちの一つをつまみあげ、躊躇する間もなく一気に口に運ぶ。


「むぐむぐ……――。――っ!?」


 カラン、とペタの手から箸が転がり落ちる。咀嚼していた顎は完全に動きを止め、ペタの下から突き抜ける刺激が脳をざっくざくと突き刺していく。


「ちょ、ちょっとペタ? 大げさなんだから。怒るわよ、もう!」


 みやこがペタの反応を見て憤慨しているが、当のペタ本人はそんな事に構っていられる状況ではなかった。口の中の異物を飲み込む事も吐き出す事も出来ない状況に、次第に息苦しくなっていく。


「ふうむ、これは見た目以上と考えて間違い無いな。ペタよ、大丈夫か?」


 流星の気遣わしげな声に、辛うじてこくんと頷くだけで精一杯のペタ。それだけの動作ですら、口の中の異物がまだ触れていなかった舌の部分を刺激して気を失いそうになる。


「う、うぅーー……。ペタ、そんなに、なの……?」


 しかしそんな涙目のペタも、みやこの悲しそうな顔と、潤んだ瞳を見て、はっとする。あんなに勝気だったみやこが、不安そうな顔を浮かべている。たったそれだけの事だったが、ペタはそれを目の当たりにして奮起する。気合一閃、極力舌への感覚を集中させないようにして強引に噛み砕き、呑みこむ。


「んぐんぐんぐ……っ!! ぷはっ!!」


「お、おい……ペタよ、お前という奴は」


 流星が呆れたように苦笑していたが、ペタはそれよりも驚きに目を丸くしているみやこを気にかけていた。


「お、美味しいよ?」


 自分でも自覚があるほどに酷い嘘だったが、みやこはその言葉にぱっと華やいだように微笑んだ。


「そっか……、そっか。――ありがとう、ペタ!」


 みやこも気付いている。自分が作ってきたこの弁当は、想像を絶する味なのだろうと。だが、ペタは作ってきたみやこを悲しませないように無理して食べ、あまつさえヘタクソなやせ我慢の嘘までついてくれた。みやこには、そのペタの気持ちが何よりも嬉しかった。


「いや、俺の方こそ弁当作ってもらってありがとう」


「あ――」


 そう言ってぎこちなく照れたように笑うペタに、みやこはぱっと頬に朱が挿した。


「あ、で、でも。これ以上はダメだよ。あの、流石に――失敗だって、自分でも思うし」


 そう言って、みやこはぺたの食べたお弁当を引き寄せると蓋をし、包み直してしまう。


「え、でも――」


「いいの。その代わり……、次はちゃんと味見して、真っ当なお弁当作ってくるから」


 ぱちっと可愛らしくウィンクするみやこに、今度はペタが照れる番だった。


「そ、そっか。ありがとう。次も楽しみしてるよ」


 ペタはそう言って微笑んだ。そんなさらっと出て来た言葉に、みやこの顔は真っ赤に染まる。


「あぅ……いきなり、不意打ち……、ご、ごごご」


「え?」


「合格ーーーーっ!!」


「うわっ!?」


 自棄になったように叫んだみやこは、まだ赤いままの顔をしてずびしとペタの顔を指差す。


「い、いいい、今のは凄く良かったわ! そういうさりげない言葉がモテ男には必要なのよ!」


「そ、そうなんだ……?」


「こ、これで”お弁当を作ってくれた女の子に対するフォロー”の段は完璧ね!」


「ええっ!? 何か早くない!?」


 ちょっと気の利いた言葉を言えただけで合格と言われた事に、ペタは心底驚いた。


「ま、まあでも。まだ”本当に美味しいお弁当を食べた時に褒める”の段はまだだから、明日も作ってくるわ!」


 頬はまだ赤いままであるが、何故か挑戦的な目つきのみやこに再びずびしと指で指される。


「え? あ、あぁ。うん」


 きっとみやこは努力家なのだろう。自分の作った物をそれとなくマズイと知らされても、めげることなく精進しようとする。何か目的と手段が入れ替わってしまっているような気がしなくもないペタだったが、そのみやこの性格はとても好感が持てると、感じたのだった。


「なあ、俺は今思ったのだが……」


 それまで黙って成り行きを見守っていた流星がふと口を挟む。


「なあに、戸内君」


「ペタのモテ男云々以前に、坂巻が男子に慣れる方が先なんじゃないか?」


 流星の指摘に、みやこはあたふたと慌て出す。


「どどど、どうしてそんなことを?」


「いや、これは俺の推測だから違ってたら申し訳ないが……、坂巻、お前男と付き合ったことないだろ?」


 何の遠慮もなしに流星がずばりと切り込むと、みやこは絶句して黙り込む。


「うぅ……ぬぐぐ」


 一人百面相をしていたみやこは、やがて何も言われてないし、だから気にしてないですよ? と言わんばかりの態度で弁当を食べ始める。


「ふうむ……触れてはいかんかったか。すまんな、坂巻」


「な、何のことかしら?」


 あくまでとぼけるみやこに、これからのモテ男指南を本当に任せていい結果になるのだろうかと不安を覚えるペタであった。

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