第3話 母はアッパー系
「お帰り、平太! どうする、どうする、どの薬飲む? 冷やす? 暖める? それとも病院かしら!」
家に帰ると、予め早退する事を伝えていた母が各種薬一式から氷嚢湯たんぽ、果ては保険証まで準備万端に待ち構えていた。異様にテンションが高いのはいつものことであり、息子が体調がよろしくないこともイベントの一つとしか捉えてないのもいつものことなので、平太は溜め息を一つつくだけで済ませた。
「幸せが一つ逃げたね!」
平太の溜め息にまで突っ込みを入れ無邪気笑う母、都築 愛衣(つづき めい)は基本良い人のはずだ。母はこのご近所界隈ではかなりの有名人で、老若男女問わずにメイちゃんと呼ばれ親しまれている。何年経っても子供のような見た目と性格のおかげか。つい先週、赴任したばかりの警官に補導された程である。その時も母は笑っていた。保護者に連絡を入れるように言われ、何故かペタが迎えに行った時のやるせなさは、忘れられない。そして
「あ、平太! おーいおーいやっほやっほー!」
交番の中から平太を見つけ、にっこにこしながらぶんぶんと全力で手を振る母。
「君が保護者? 彼女のお兄さんか何かかい?」
「いえ、息子です……」
「息子? 息子って……え? 息子!? 息子なの!?」
ペタの母親であると知った時の警官の驚愕した顔も忘れられない。
だが、ペタには今そんな母の相手をするのも煩わしい。
「母さん、暫く眠るよ。それで様子見て、まだ具合が悪かったら薬もらうか病院行くから」
「おっけー! 任しといて!」
何を? と問い返す気にもなれず、ペタはのったりとした足取りで自室へと辿りつくと、着替える事もせずに倒れこむようにベッドに沈み込んだ。
「………………」
そして、ペタはそのまま意識を失った。
どれぐらい寝ていたのか、ペタはふと目が覚めると周囲を確認する。
「あ……れ……? げほ」
制服のままだったはずなのに、何時の間にかパジャマに着替えていた。更に、頭が酷く重く、喉の痛みと咳があり、身体中が熱い。間違い無く風邪の症状である。
「あれー、へいたん起きた?」
聞きなれない呼び名で母の愛衣が部屋に入ってくる。
「あっはっは、見事に風邪になってるねこりゃ」
陽気な言葉とは裏腹に、優しい手つきで寝ているペタの額を確かめる。
「なるほど……風邪かあ……」
「まあ、多分病院行くほどじゃなさそーだね、どうする? 何か食べる?」
ついぞ忘れかけていた母の珍しい優しさに触れ、病気の弱り目も手伝ってかペタは不覚にも泣きそうになった。
「今は、食欲がないかな……」
「ん? んん? あれあれ、平太ってば泣きそうになってる! あはは、なっさけなーい」
マジ笑いしている母に、ペタは瞬時に先程の感傷を吹き飛ばして涙を引っ込める。
「もう、俺寝るから部屋から出といてくれ!」
「はいはい。また後で様子見に来たげるから拗ねないでよー」
「母さん!」
「あははは」
ペタの怒鳴り声に愛衣は逃げるように部屋を後にした。寝起きで怒鳴ったせいか、ペタはしばらく咳に苦しんだが、それが収まるとまた眠気が戻り、そのまま身を委ねて眠りについた。
それから2日が過ぎる。
「いやー、まさかここまで深刻とは思わなかったね」
「本当にね……でも半分以上は母さんのせいだと思うけど」
「えー? なんでなんでー?」
「様子見に来てくれるのはいいけど、その度に俺を叩き起こして暇つぶしの相手させたからだろうがっ!!」
余りにも悪びれ無い態度に流石のペタも切れた。
「だって折角珍しく平太がいるのに、つまんないもん」
ぷっと膨れたように拗ねる母に平太はくらくらと風邪のせいではない類の眩暈がした。恐らく怒りからくるものだ。
「でも、オカゲサマデようやく風邪も治ってきたよ」
「愛のある看病のおかげね!」
「あのね……」
ペタの皮肉にも動じず、明るい笑顔で言いきる愛衣。
「だってお父さんだって『ぺたばっかりズルイ!』って言うくらい一生懸命看病したものね!」
それが事実だという事が尚更ペタの頭痛を激化させた。この両親は揃って頭の中身が幸せ回路で満たされているらしい。
「じゃあ明日は学校行くの?」
「何で息子が病気快復して学校へ登校するというのに、そんな残念そうな顔してるんだよ……」
「だってつまんないもん」
またか、とペタは思ったが、もはやまともに相手をするだけ無駄なのであった。
「ま、大事無くてよかったね!」
「ああ、そうだね」
平時の2倍は精神的に疲れたが、それも一応は母なりに心配してくれてのことと解っているペタは、結局この騒がしい母をうとんだりは出来ないのであった。
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