【甘色1号】その出会いはクッキーのように
その出会いはクッキーのように (1)
大型バイクが空を切る。
魔改造されたマフラーが特徴的なそれは、高速で縦回転しながら一直線にコンビニへと突っ込んでいった。ガラスの砕ける甲高い音と「いらっしゃいませ~♪」というどこか気の抜ける女性の音声が店内に響く。
相当な運動エネルギーを内包したヤンキーバイクは暴力的な勢いで店内を跳ね回り、次々に商品棚をなぎ倒していった。さながら、怒り狂った野獣のように。
大音響。
怒れる金属塊は、ひとしきり暴れた後、店の奥の冷蔵棚に突き刺さって停止した。
日用品、菓子、総菜パンやらをひたすらに散乱させたそれは、店の奥でひっくり返って前輪を規則的にクルクルと回していた。
コンビニの中は無人だった。夜闇を否定するように煌々と輝く店内の照明も、店先の「24時間営業!」と掲げられた看板も、全く意に介しないように無人。
当然だ。この一帯は「ほんの数時間前に」警戒区域に指定されたのだ。避難命令のない日本国における、事実上の避難命令。「一般人の立ち入り禁止」を定義するものであり、例えどのような理由があろうとも、滞在している場合は罰則が適用されてしまう。
そう、例えどのような理由があろうとも。
夢を胸に秘めながら生活費のために店番をしていた店員、イートインコーナーでコンビニスイーツを食べながらスイーツな時間を満喫していたカップル、その隣で雑談というにはいささか下劣な会話に興じていたおばさん集団、そして店の隅っこで成人雑誌の購入を躊躇していた男子高校生……。
その全てが、優しい口調でありつつもどこか高圧的な警察官の誘導に従い、この場所からの即刻退去を余儀なくされたのだ。
なんとも悲しきことである。特に、自分の欲望を満たすため、勇気を振り絞ろうとしていた男子高校生。なにせ警官に呼びかけられたその時には、コスプレ物の成人雑誌を手にしていたのだから!
すごくどうでもいいことに思える? いや、そんなことはない。
例え他人にとってはどうでもいいことであろうとも、全ての人にある自由。その自由に基づき、このコンビニに人々は居たのである。その自由が侵されたのだ。人々の自由が奪われたのだ。
これでもかってくらいにおおげさに聞こえる? いいや、そんなことはない。
最初は取るに足りない「小さなこと」でも、長い目で見ると非常に大きな影響力を持つ場合もあるのだ。この自由の侵害が、いつか大きな戦争を生み出す可能性もないわけではない。たった一人の人間の覚えた不快感。その解消のために別の人間が危害を受け、さらにその解消のために……と連鎖的に憎悪を生み出し、大きな争乱を生み出す可能性を、絶対という単語をもって否定できるだろうか。
それに、何より。
「この一帯が警戒区域に指定される原因になったもの」も、最初は実に、実に「小さなこと」として受け止められていたのだ。この国に住む、ほぼ全ての人間にとって。
【選ばれし者の楽園:キルヒェの予言】
そう呼ばれるものが、この警戒区域指定の原因だ。
ソーシャルネットワーク上にある政府関連のアカウントのいずれかを乗っ取り、文章の書かれた画像を投稿するのがこの予言の特徴であり、約1年と半年前から、だいたい2ヶ月に1回程度の頻度で投稿されていた。
今回の予言の内容はこうだ。
《豪腕の使徒が秩序を築き、新しき世界の扉が開かれる。白き神々の御意志の下に。竹井戸市 新竹井戸北2丁目14番地。半径1.3km。8月XX日 AM2:28。選ばれし者の楽園:キルヒェ》
前半はどこか詩的な言葉が選ばれつつも、後半の場所と時間の指定だけはやたら具体的でどこか違和感のある文章。
どこからどう見ても、悪ふざけにしか思えない言葉。
それによって、この周辺は警戒区域となったのだ。
政府関連アカウントの乗っ取りは確かにおおごとではある。しかし、普通であれば、こんなものは誰かのイタズラ、妄言や狂言として捉えられるであろう文章のはずなのに、今や国を動かすほどの意味を、そして「力」を持つようになってしまっていた。
まだ寒さの厳しい時期に最初の予言が下された。
経済産業省関連機関のアカウントが乗っ取られ、先のような、詩的な言葉と具体的な場所の指定のある画像が投稿された。
予言の前半部分には、こうあった。
《白き神々による破壊と創造の始まり。絶望の悲鳴をあげる者は「選ばれぬ者」なり》
なんだそれは。誰のイタズラだ。どんな厨二病だ。馬鹿馬鹿しい。
軽くニュースを騒がせる事件として扱われはしたが、アカウントハックされた機関の職員も含めて、ほぼ全ての人はその言葉を「小さなこと」だと思ったのだ。何事も起こらないだろうと、そう思ったのだ。
川に多少の汚水を流しても、流れの中で拡散され、まるで汚水が混じったことなど「なかったこと」にされてしまうように。その文章は、人々の日常に流され「なかったこと」になったのだ。
そう、予言の時間になるまでは。
だから、予言の場所には人が居た。
大勢、とはいかないまでも、それなりに人間が居たのだ。
その人々がどうなったか。
まず、半分程度の人間は無事だった。
しかし、半分に近い人間が大なり小なり傷を負った。
傷を負った者の中には、不幸なことに障害が残る形になってしまった者も居た。
そして、最も不幸な数名の人間は、死んだ。
そう、人が死んだのだ。未来を、全ての可能性を閉ざされたのだ。
予言の場所では、白い謎の生物が出現し、それを従えた「何者か」によって破壊活動が行われたらしい。
明らかな、テロ活動。
予言は、その布告だったのだ。
その後も予言は常に「実現させられて」いた。
その度に、大きな被害が発生した。
軽トラックが時速100kmは軽く越えているであろう速度で飛んでいった。
フリスビーのように横回転しながら、アスファルトで舗装された道路の上スレスレを飛んでいった。
向かう先は、曲がり角に位置するガソリンスタンド。やはりこちらもコンビニと同様に無人だ。
軽トラックは、ガソリンスタンド手前のガードレールに接触してバウンド。縦方向のベクトルに力が加えられ無茶苦茶な回転が始まった。
敷地内のコンクリートの地面を削り、給油機をなぎ倒し、その車体を所々ひしゃげさせながら軽トラが転がり進む。店の奥、放置されていたタンクローリーへと……。
数秒後には大爆発が巻き起こった。
瞬間、赤黒く夜空が照らされる。
爆発の衝撃波が、その爆発に吹き飛ばされた破片が周囲に破壊を巻き散らす。
隣接するビルの窓ガラスが粉砕される。
街路樹に炎が燃え移る。
信号機が鉄片で切り裂かれる。
地獄の嵐。
そんな形容がぴったりな光景。
そのただ中に、まっすぐ人影が突っ込んでいった。
そう、人影が、飛びながら、突っ込んでいった。
衝撃波なんてちょっとした強風、破片なんて存在しなかったかのように、地上1メートル程度の高さを維持しながら、文字通り飛んでいった。
完全な飛翔だ。
人影は、少女だった。
幼さは残るが、精悍な顔つき。少々キツい目をした、かわいいというよりも、美しいと形容した方がいいような少女だった。
白を基調としたブラウスと青系の色のネクタイ、それと同色のスカートに身を包み、黒髪のポニーテールがなびかせていた。ポニーテールの結び目には、やや大きめの青のリボンが揺れていた。
少女はどちらかというと小柄な体を空中で制御し、ガソリンスタンドのあるカーブを速度を落とさず、高速で曲がっていった。
少女の正面には、円錐状に光り輝く「なにか」があった。
その「なにか」は、形容するのであればシューティングゲームにおける「バリアー」のような。発光する障壁のようなものだ。
少女が破壊の嵐の中を進んでいけたのは、その「なにか」により爆発の衝撃波も破片も「押し返された」ためである。
「まったく! でたらめ過ぎるじゃないの!!!」
そんな自身のでたらめさを棚に上げつつ少女が叫び、背後を振り向く。
後方のビルの壁に、ぱっと見で1000万円は下らないであろうスポーツカーが突き刺さった。
その角度は、ビルの壁に対して垂直だった。
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