第8話 狙う者 

思い出の詰まった家に別れを告げ、身を隠すように路地裏へと入る。

もう夜も更け、月の光を頼りに道を歩いていく。


元々廃れているこの場所の路地裏は、その静けさも相まってどこか不気味な雰囲気を放っていた。


「どこに行くかは決まってんのか」


レネクスがふとフェリシアに問いかける。

フェリシアは考える間もなく、首を横に振って答えた。


「私、いろんな人に追われてるから……行く当てなんて、ない……」


その言葉にレネクスは目を見開き驚きを露わにする。


「マジかよ。……今までどうしてきたんだ」


「大体空き家とか、あとは殺して住む人がいなくなった家に寝泊まりしてた」


さっと今までの生活がフェリシアの脳裏に浮かんだ。

大抵自分が寝るときはそのすぐ前に人を殺している。

最初のうちこそ、その罪悪感に眠れない日も続いたが、最近ではもう慣れてしまいその生活が体に定着してしまっているほど。


“慣れ”というものの怖さを感じながらも、その必要性をフェリシアは熟知している。

そのことに辟易へきえきしている毎日だ。


暫く何も言うことができずにいたレネクスだが、ふっと溜息をつき、「なるほどな」と呟く。


「じゃあ今日もそんな感じか」


「たぶん」


そう会話をしながら、人目から逃れるように路地裏をずっと歩いていくと、自分たちのものとは別の足音が後ろのほうから聞こえていることに気付いた。


「おい」


「わかってる」


二人の間に緊張が走る。

自分たちの姿と目的、そしてやったこと、──それらを知られるわけにはいかない。


「じゃあどーすんだ」


「誰なのかわからないから……」


曖昧にそう答えたフェリシアにレネクスが言った。


「じゃあ誰なのかわかればいいんだな」


「そういうことになる、かな」


そう言った直後、フェリシアはレネクスに腕を取られる。


「来い」


その言葉と同時に突然引っ張られたかと思うと、レネクスは歩みを速めた。


レネクスの一歩は大きく、フェリシアにとっては駆け足くらいで追いつけるくらいだ。


突然歩みを速めたレネクスたちに合わせるように、後ろから聞こえる足音も早まる。


「確実に俺たちのことつけてんな」


そう呟くとレネクスは曲がり角を曲がり、更に角を曲がって身を潜めた。


フェリシアは顔をのぞかせ、様子を伺う。

後をつけていた者は、歩みを止め周囲を見回している。その顔を見てみると、フェリシアは一度息をつくものの、再び気を張り意識を集中させた。


後をつけていたのは汚れた衣服に身を包んだ男。

無精ひげを生やし髪も整えられていない。

だがさらにその後ろに何か気配を感じた。

普通の人間ではない、何か――。


「あれ、たぶん普通の人間。ホームレスとかじゃないかな。私の知らない人だけど。……でも、近くにもう一人いる」


フェリシアの言葉にレネクスも顔を出し、隠れたフェリシアたちを探す者の顔を確認する。


「あー、確かに。……ありゃ下級魔族だな」


「わかるの?」


「ああ。わかりやすい。……あいつ弱いぞ、きっと」


「そうなんだ。……それで、どうするの?」


「あー。……あいつら次第だろ」


そう言うなり、レネクスは角から出て、あとをつけていた男のもとへと近づく。

彼に倣いフェリシアも男の側へ近寄った。


「おい」


レネクスの声に反応し、男の体がビクつく。


「あんた、俺らのこと探してんだろ」


その言葉に男が振り向いた。


「あっ……」


小さく声を漏らして、男はおろおろと戸惑っている。


フェリシアは、男の様子を訝しむように僅かに首を傾げた。


「何か用でもあんの」


レネクスがそう言って返答を急かす。


だが答えようともせず、男はチラチラとフェリシアのほうを見ている。

いや──正確には、……その、後ろ。


言い淀んでいた男だったが、何を見たのか目を見開く。

そして待ちに待った時が来たかのように、一瞬にしてその表情が狂気に満ちた――――。



「死ねぇぇぇええええ!!!」



その言葉が聞こえた次の瞬間、フェリシアの背後に殺気をまとった黒い気配が近づいた――――と、その時。


――――何かがぶつかるような爆音が響き、石が崩れ落ちるような音がその後に続く。


突然の出来事にフェリシアは目を見開き、思わず固まった。



振り返ってみれば、傍の壁にレネクスがいる。

こちら側に背を向けその表情は見えないが、その手は彼が言っていた下級魔族らしき者の頭を鷲掴みにしていた。


やがてその手は離され、解放された魔族は背を壁に預けたまま、力なく崩れるようにその場に座り込む。


その顔は恐怖に歪み強張っていた。

噎せるように咳き込みながら、肩を震わせながら苦しげな呼吸をしている。


「どういう、こと、だよ……」


ホームレスらしき男が後ずさりながら、震える声でそう呟いた。

今の一瞬の出来事に彼もまた理解が追い付かないらしい。


「……なぁ。俺がした質問の答え、まだ聞いてねぇんだけど」


「っ……」


「何か用でもあんのかって聞いてんだよ」


レネクスが壁のほうを向いたまま男に再度問いかける。


そして振り向き様に、レネクスの目が男を捉えた。

男の体が震えあがる。


レネクスはそんな彼に構うことなく言った。



「……用ってのが今のこれなら、……喧嘩売ったってことで、いいんだよな――?」





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