第9話 死神と影 レネクスside
「死ねぇぇぇええええ!!!」
ホームレスらしき男が目を見開き、口に三日月を浮かべながら叫ぶ。
次の瞬間、フェリシアの背後に殺気に満ちた黒い気配が近づいた。
その正体に気づいたその時、レネクスはソレの頭部に手をやり、その勢いのまま側の壁へと打ち付ける。
――――何かがぶつかるような爆音が響き、石が崩れ落ちるような音がその後に続く。
……それは一瞬の出来事だった。
あまりにも早く、沈黙が辺りを包み込む。
――彼の顔に変化はなかったが、纏う雰囲気はまるで違った。
フェリシアを襲おうとしたのはホームレスの男の仲間であろう魔族。
レネクスが感じ取っていた下級魔族だ。
壁に打ち付けられたその魔族は、あまりの強い衝撃に頭部から血を流し、そして吐血している。
そんな魔族に構うことなく、レネクスは彼の耳元でその彼にしか聞こえないほどの声の大きさで告げた。
「お前なんかがアイツに触れられると思うな。……その前に、俺がお前を殺す」
レネクスの声は低く、その恐ろしさは尋常ではない。
魔族の目は、レネクスの胸元で揺れる薔薇の首飾りを映す。
――『魔王様が変わった』――
その噂を魔族が聞いたのは、レネクスが前魔王を倒し、その玉座を手に入れた次の日のことだった。
――『今度の魔王様はまだ1000歳を迎えていないらしい』――
――『随分と若いんだな』――
――『だがその強さは史上最強って聞くぜ』――
――『歴代最年少、史上最強の魔王ってか?』――
――『そういうことだ。俺の聞いた話じゃあ、そいつの象徴は黒薔薇。会えば、それは死を意味するって言われてるぜ』――
――『容姿は?』――
――『それが誰も知らねぇんだよなぁ……。ただそいつは、薄い紫色をした薔薇の首飾りをしてるらしい』――
――『紫? 黒じゃねぇのか? 薔薇が象徴の悪魔なんて他に聞いたことねぇぞ』――
――『そうなんだよな。そいつ家族どころか一族みんないねぇらしいし』――
――『マジかよ。まさに死神だな』――
走馬灯のように思い出したその時、魔族は自分の目の前にいる彼が“魔王”であることに気づいた。
自分のやったことを後悔すると同時に、一層増した恐怖によって体が震え始める。
「そこで見てな。……お前の身にこれから起こる、“最期”だ」
そう言った魔王の目が見開かれ、残酷な光を宿した。
「どういう、こと、だよ……」
レネクスの背後でホームレスの男が震える声でそう呟いた。
その言葉に、レネクスの意識は魔族からその男に向く。
魔族から目線を外し俯くと、彼は男に向け言った。
「……なぁ。俺がした質問の答え、まだ聞いてねぇんだけど」
「っ……」
「何か用でもあんのかって聞いてんだよ」
返ってこない答えに、苛立ちに声を低め、振り返り様に男を見る。
その目からは殺意が感じられ、あまりの恐ろしさに男の動きが止まった。
「……用ってのが今のこれなら、……喧嘩売ったってことで、いいんだよな――?」
そう言うと、レネクスは魔族から離れ男に近づいていく。
制帽から覗く片目が残虐な光を浮かべていた。
手袋を外し、それらが彼の手を離れたと同時に燃え上がり、黒光りする鎌へと姿を変える。
「ひっ……く、くるな……っ……」
呟き、思うように動かない足を必死に動かし距離を取ろうとする男。
しかし足がもつれ、その場に倒れこんだ。
「わ、悪かったって……! この女、指名手配犯なんだろ?! コイツを殺せば金が手に入るって知って……。悪魔と契約して、その悪魔に協力してもらえば、殺せるって……金が手に入ると思ったんだ……」
そう言う男をレネクスはただ蔑むような目で見下ろし、そして問う。
「誰から聞いた? ……お前なんかが普通に知れる事じゃねぇだろ」
その問いに一瞬の救いが見えたのだろう。
男は恐怖に歪んだ笑みすら浮かべ、答えようと口を開いた。
――だが、言葉が出ない。
「なんでだ……? さっきまで、覚えてたのに」
小さく呟く。
「あ? 覚えてねぇってのかよ」
「ちがっ――! 姿が思い出せねぇんだよ! 記憶が抜き取られたみたいに、そこだけわかんねぇんだ……!」
必死に言う男に、レネクスは。
「なら用済みだ。――死ね」
容赦なく、鎌を振るう――。
――鮮血を撒き散らしながら、男の首が弧を描くようにして宙を舞った。
一瞬の静寂を挟み、頭部を失った男の肉体が倒れ、地を赤く染める。
「…………」
その光景をただ見ることしか出来なかった悪魔は、恐怖に体を震わせていた。
トン、と手に触れた生暖かい何かに、目線を向ける。
「っ……」
それは目の前で殺された男の生首。
瞬間、迫った【死】に息が止まった――――。
二つに裂かれた悪魔の頭の片方。
まだ動く目と、視線があった。
「…………」
レネクスは悪魔の命の図太さに感心を抱きつつも、鎌を手袋に戻し、空いた片手から二つの死体に炎を放つ。
消えていく自分たちの痕跡。
人間は赤く燃え上がり、悪魔は黒く燃え上がっていた。
ならば、――天使はどうなのだろうか?
天使の色は、……天使の【死】は、何色なのだろう。
ふと、そんな疑問が浮かんだその時――。
「――レネクス」
自分を呼ぶ声に、レネクスの意識が炎から離れる。
振り返った彼の目に写ったフェリシアの顔は、変わらずの無表情だった。
「早く行こう。これを見られる前に離れなきゃ」
抑揚のない口調からは、何も感じられない。
感情の一つさえも、感じ取ることはできなかった。
レネクスはフェリシアに歩み寄り、そのままその横を通り抜ける。
彼女が後に付いてきていることを横目に確認し、再度手袋をしながら歩を進めた。
「お前、つまんねぇな」
表情の動かないフェリシアにレネクスは言う。
思わず面影を重ねた“彼女”は、未だに彼の心を優しく抱きしめ離さない――……
「――手遅れだったか」
遠くなる二人を見つめ呟く影が一人。
この存在がレネクスら二人の未来を大きく左右することを、彼らはまだ知らない――――。
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