第10話 乗合馬車にて……


 僕の言葉に、聖が沈黙してから暫くの時間が経過していた。


 その間の僕はというと、タブレットを取り出して、中に入れていたこの世界の情報を見直しをしている。


……この乗合馬車の終着は、と。


「――冒険者のあんちゃん達、見てみなよ」


 不意に、御者のおじさんに声をかけられた僕達は、幌から顔を出して外を見る。


 林を抜けて、目の前には麦畑が広がっていて、随分見通しが良くなっていた。


「あそこの山見えるだろう?あそこに、盗賊団のアジトがあるって、ギルドで話していたのを聞いたんだよ。それに多くの冒険者が駆り出されてさ、おかげで護衛の仕事を引き受けてもらえなかったんだよなぁ」


 御者のおじさんは、愚痴っぽい口調で僕達に教えてくれた。


……なるほど。そういう理由があったのか。


「――晴人」


 僕の脇を聖が小突いて、こちらに説明を求めているような目をしている。


「……警護よりも、盗賊団の討伐の方が冒険者にとっては実の入りが良いんだよ。基本、宝を発見したらその発見者に権利があるんだ。だから、一攫千金目当てで行く冒険者が多いのは仕方が無いし、盗賊団の中には懸賞金が掛かっている奴も多いらしい」


「そうなんだよなぁ。仕方が無いっちゃあ仕方がないんだがよ。あっちも生活があるからなぁ。でもよ、こちらにとっちゃあな」


 確かに、それで警護してくれない者がいないのは困りものだろう。


……しかし。


「……王都の冒険者なら、ピンからキリまでいる。警護の仕事を生業にしている冒険者もいるハズ」


「あぁ。俺んとこにもな、常連で警護してくれるパーティがいたんだけどよ、彼らはもう1つの討伐の方に駆り出されてよぉ。今回は仕方が無いと諦めて依頼出したら、まさか誰も来ないなんてなぁ。乗合馬車やってて初めてだよ。こんな事、はぁぁぁ」


 そう言いながら、御者のおじさんは深い溜息をついた。


「……もう1つの討伐?」


「なんでも、王都を挟んで反対側の街の周辺に魔物が大量に発生したらしくてよ。そちらは、王都の兵主権で討伐に向かったらしい」


 御者のおじさんにとっては、タイミングが悪かったようだ。


 2つの大きな討伐作戦が起きて、実力がある冒険者はそのどちらかに行ってしまったということらしい。


 すると、また聖が僕の脇腹を小突いてくる。


……なんだよ。さっきから。


「……何?」


「魔物の討伐も……実の入りが良いのか?」


 御者のおじさんに聞こえないように、小声で聞いてくる聖に、あ〜。と僕は納得した。


 王都での防具屋と同じように、素人とばれるのを警戒していたのだ。


 確かに、僕達はこの馬車の警護を兼ねて乗っているので、素人とばれると御者のおじさんの怒りを買う恐れも出てくるのだ。


 因みに、冒険者ギルドのランクは、F〜AでSになっていて、最低ランクはFで最高ランクはSだ。


 カードの色もランクによって決まっており、緑色・橙色・青色・藤色・銀色・金色・黒色となっている。


 そして、馬車の警護を請け負えるのは冒険者のランクがDからになっている。


 僕達のカード色は青でDランク、ギリOKである。


 そして、冒険者の主な仕事は、魔物討伐。


 確かに、常識を知らないのは非常に不味いのだが。


「……ってか。説明しただろ」


「ん?そうだったか?」


「……税金免除の理由と一緒に、冒険者の必要性について話した時に」


 僕の言葉に、最初は目をパチくりとして分からない様子だったが、思い出したのだろうか目に理解の色をみせた聖は、ポンと手を打って頷いた。


「――思い出した。アレだな、素材と魔石が金になるんだったな」


「……正解」


 僕は再び外の、盗賊団のアジトがあるらしい山を眺めた。


「……おじさん。暫くは、気を付けた方がいい」


「うん?何を気を付けるって?」


「……討伐で打ち漏らした盗賊が、下りてくる可能があるから」


「――なるほどなぁ。確かになぁ」


 僕の忠告に、御者のおじさんは直ぐに納得する。


「こりゃ、暫く様子見で街でのんびりするかぁ」


 頭を掻きながら、御者のおじさんは仕方が無いと諦めているようだった。


 こればかりは討伐隊が、殲滅してくれるのを祈るしかない。


 聖は、そうか、そういう事か。と独り言を呟きながら僕の向かいで納得している。


 彼もそれなりに、学ぼうとしているようだ。


「……聖、こっち来て」


 僕は、後方へと聖を誘い移動する。


 素直についてきた聖に、持っていたタブレットの画面を見せる。


「これは?」


「……この国の地図」


 そう、僕が見せているのは、城の書物庫で手に入れたこの国の地図。


 僕は、タブレット上にタッチペンをあてながら、地図の説明を始める。


 僕達が召喚された国は、ダリルカ王国。


 そして、次に世界地図を見せて、この世界が7つの国で成り立っていることを説明し、僕達がいるダリルカ王国の位置を指し示す。


 この国の概要説明に、聖は真剣に黙って聞いている様子だったので、そのまま続けることにした。


「……乗合馬車が向かっているのは、ココ。リボックの街だ」


 片道ほぼ6時間である。


「すると、この馬車が到着するのはかなり遅い時間になりそうだな」


「……そうだね。着いたら直ぐに宿の確保をしないと」


 僕が、そのままタブレットを操作していると。


「すまん、晴人」


 もう何度目かの謝罪の言葉を口にする聖だったが、彼の表情を見て今までの謝罪とは毛色が違うという事だけは理解する。


「俺は、何をしていたんだろうな。晴人は、こんなにもこの世界を知ろうと努力していた時に、俺はただこの剣を振っていただけだった。しかも、それは何の役にも立たずに。晴人お前に足手まといと言われるのも、この身に実感した」


 いつの間にか、彼は強く手を握り締めていた。


「ただ、足手まといと言われても、俺はお前に付いていくしか出来ない。本当に、不甲斐ないな。だが、お前が差し出してくれた手に俺は報いたいと思っている。だから、俺も努力する!最低でも、お前に足手まといと言われないようにするくらいには」


……本当に、コイツは気持ちの良い男だよ。

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