第11話 初めての宿屋……


 日も沈んだ頃に、僕達はようやくリボックの街に到着した。


 何時間も馬車に乗っていたせいで、尻が結構痛い。


「冒険者のあんちゃん達、有り難うよ。おかげで無事到着できたよ」


 御者のおじさんは、そうお礼を言ってくれたが、正直な所僕達は警護の仕事はしていない。


 道中、魔物も盗賊の類いは現れなかったのだ。


「……オススメの宿屋はありますか?」


「宿屋?あぁ。それならこの先の、宿り木っていう宿屋がお薦めだな。飯も旨いし、しっかり屋の女将さんがいるんだ」


 御者台から人差し指を向けながら、おじさんは教えてくれた。


 僕達は、お礼を言っておじさんと別れ宿屋を目指した。


「ここも、活気がありそうな感じだな」


 聖は歩きながらそう感想を述べるが、到着したのが遅すぎたのか、屋台通りは生憎全て閉まっていた。


「……腹減ったなぁ」


 そう口にした瞬間、隣からグーっと音がした。


 見ると自身のお腹をおさえながら、バツの悪そうな顔をした聖と目があった。


「「ハハハハッ」」


 この世界に来てから、初めて腹の底から笑った出来事だった。


「……宿屋で飯を食おう」


 僕達は、再び笑いながら宿屋へと急ぐことにした。


「いらっしゃいませ。宿り木へようこそ。お食事ですか?ご宿泊ですか?」


 木の枝が描かれている看板を見つけ、中に入った僕達にカウンター越しから感じの良さそうな年配の女性が出迎えてくれた。


「……両方です」


「こちらは、朝と夜の食事付きで一泊銀貨3枚になります」


……高いのか安いのか、分からないな。


 幾ら情報を頭に入れても、この辺の物価などはどうしても元の世界の感覚が邪魔をする。


 乗合馬車の御者のおじさんとの出会いのお陰で、予定よりもかなり距離が稼げたこともあり、少し余裕も出来たので、この街でのんびりすることに決める。


「……取り敢えず、10泊で2部屋分お願いします」


「承りました。では、こちらに名前の記入をお願い致します」


 僕達はそれぞれ宿代を支払い、名簿に記入する。


 ダメ元で、片仮名でハルト・ナルミヤと書いたのだが、女将さんには通用した様子で何も言われなかった。


……これが、異世界補正と言うやつかな。


 この世界の言葉のやり取りや、書物に書かれているこの世界の文字が読めたりなど、僕自身は普通に母国語で話をしているし、読んだ文字は全て母国語に見えるので、別段苦労がなくホッとしている。


 僕達は、それぞれ女将さんから部屋の鍵を受け取り、指示された部屋へと移動する。


 この宿屋は、2・3階が宿泊施設で、1階が受付と食堂になっている。


「……じゃあ、5分後に食堂集合で」


「分かった」


 隣同士の部屋を割り当てられた僕達は、それぞれの部屋に入った。


 中はベッドと机と椅子しかない簡素な感じだったが、長く馬車に乗っていたせいもあってか、取り敢えずベッドの上にダイブする。


 城の部屋のベッドとは、明らかにこちらの方が硬かったが、それも些末な事。


……どちらも、硬い事には変わりないし。


 こういう、ちょっとした事で元の世界が、いかに住みやすかったかという事を実感してしまう。


 ホームシックとまではいかなくても、やっぱり元の世界をつい懐かしんでしまうのは、僕の心の弱さなのかもしれない。


……まだ、覚悟が足りていなかったか。


 僕は、ふと僕達を襲ってきた黒の連中の事を思い出しながら、右手を見つめる。


……思い出すと、まだ少し震えるな。


 異世界に行きたいと思って、これまで努力をしてきたが、実際に人を殺したのは今回がもちろん初めてだった。


 あの時は聖がいた手前、精神を乱すわけにはいかなかったし、この世界にくる前に覚悟もしていたので、それ程取り乱さずにはすんだのだか、やっぱり手の震えを見ると本心では、恐怖があるということなのだろう。


……慣れるしか、ないか。


 この世界は、そういう世界なのだから。


 右手を堅く握り締めると、部屋のドアを叩く音が聞こえ、僕はベッドから起き上がり、ドアを開けるとそこには聖が申し訳無さそうに立っていた。


「悪い。何か1人で行くには勇気がいるものだな」


 どうやら、聖には珍しく人見知りが発動したようだ。


「……分かった」


 僕はそのままドアの鍵を閉めて、聖と一緒に階段を降りていき食堂へと入った。


「ご注文は何になさいますか?」


 空いているテーブルを見つけ適当に腰を下ろすと、直ぐに若い女性が、注文を取りにきた。


「……オススメ料理を2つお願いします」


「はい、承りましたぁ♪」


 若い女性は愛想よく注文を受けると、カウンターへと向かって行った。


「……便利だよね。オススメ」


「確かにな。ま、不味い物は出てこないからな。俺の経験則的には」


 中々に落ち着く食堂内で、僕達はリラックスしていた。


「甘い物は……無さそうだな」


「……聞いてみれば?」


「うむ。勇気がいるな」


 腕を組んで困った様子の聖に、僕は苦笑い。


「……じゃあ、向こうから持ってきたオヤツを食べるしかないね」


「――おぉ!その手があったな、すっかり忘れていた」


 どうやら、解決出来たようだ。


 その後の僕達は、運ばれてきた料理を綺麗に平らげ、疲れていたせいもあって、直ぐにベッドで熟睡してしまうのであった。

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