第7話 説明とわだかまり……


 王都から無事に出られた僕と聖は、長い石造りの橋を歩いていた。


「こうして見ると、大きな場所だったんだな」


 後ろを振り返りながら、感慨に耽っている聖に対し、僕はやっと出られたという事しか思い浮かばなかった。


「――にしても、これ凄いな!」


 聖は、城を出る辺りからテンションが高い。


 そしてそのテンションのまま、僕に見せるかのように、1枚のカードを取り出す。


「……ギルドカードね」


「そう、それだ!これがあれば、自由に都や街を出入りできるんだろ?」


 聖が手にしているのは、冒険者のギルドカードと呼ばれている物で、冒険者が依頼を受けたり、達成した依頼の報酬を受け取ったりする為の必要なカードだ。


 この世界には、都や街や村に定住していない人々が多い。


 旅人や商人は、都や街などに入る為には門を警備している兵士に、税金を納めて入るのだが、冒険者はこの税金が免除されている。


「なんで、冒険者だけは税金が免除なんだ?」


 僕の説明に、聖は少し嫌そうに問いかけてくる。


「……決して、冒険者を特別視している訳じゃない。冒険者には、なるべく留まって欲しいからだね」


「なんでだ?」


「……守って欲しいからだよ、自分の住む場所をね」


「何から、守るんだ?」


 王都からかなり距離を稼いだ事を確認した僕は、鞄からある物を取り出しながら、聖の質問に答える。


「……盗賊団だったり、魔物から」


「――魔物!?ここは!……いや、そういう世界なんだよな。でも、それだったら、兵士は何しているんだ?」


「……この世界の兵士の主な仕事は、警察や自衛隊の様な治安を守ったり、法に違反している奴を取り締まったり、領主や街の警護であったり、戦争要員かな?まぁ、大規模な討伐には参加するみたいだけどね」


「冒険者は?」


「……外敵を排除してもらう。生活費を稼ぐ為に、体を張る仕事が冒険者。そして、冒険者が多くいるほど、その街は潤うという利点がある」


「潤う?」


「……魔物を討伐すると、素材や魔石が手に入る。それらは、ギルドで換金される。ギルドからその物品を領主が買い取って、資産化したり商人に売ったりする収入へと繋がる。そして盗賊は、生け捕りにすると強制労働として過酷な仕事への人員になり、人件費が節約するし。普通に税金を徴収するよりは利益が大きいからね」


「なるほどな」


 取り出した物を腰に巻き付けながら、心の中で溜息をつく僕に対して、合点がいった感じに深く頷いている聖。


……はぁ。

 説明するの、面倒臭い。


「それはそうと、晴人。それは?……刀か?」


「……そうだけど。何?変?」


 そう、僕が鞄から取り出したのは武器の刀。


「どうしたんだ?それ」


「……恩人から貰ったんだよ」


「――恩人?って、その鞄をくれた人だったか」


「……そうだよ」


 腰から提げられた、刀ホルダーの具合を確認しながら答える。


「――なぁ、晴人よ。申し訳ないが、そのマジックバック、もう1つ持っていたりしないだろうか?」


「……えっ?」


「流石にこの荷物を持ったままでは、お前を守れそうにないんだ」


……持っていなくても、現状ではお前に僕は守れないよ。


 しかし、確かに今は整備された石造りの道だが、おそらく暫くすれば、歩くには不便な道に変わるだろう。


 そうしたら、トランクを引くことも、ままならなくなるはずだ。


「……少し待って」


 僕は、再び鞄を開けて中を探り、目当ての物を取り出して、聖に渡す。


「……これ、あげるよ」


「良いのか!晴人、ありがとう!」


 受け取った聖は、早速腰と足にベルトを巻きつけ始める。


 僕が渡したのは、レッグバックタイプ。


 リュックタイプの鞄に比べて、少し小さ目だか、それでも容量制限は解除済なので、トランクもバックパックも、先程購入した盾も軽く入るだろう。


「……サイドのポケットやフラットポケットは普通だからね。このメイン部分を広げながらトランクに近付けて、収納アッキピオって唱えて」


「――分かった!アッキピオ!」


……聖って、こんなに元気キャラだったかな?もっと、静かめな感じだった様な。


 魔術の才が無くても、マジックアイテムは使える。


 唱えるのは魔術語ではなく、ただの暗証番号の様なものだからだ。


 トランクとバックパックを、レッグバックに収納した聖は、背中に盾を担ぎ身軽になった事を嬉しそうに笑っている。


「はぁ、晴人の恩人様々だな!……そういえば、どんな相手か聞いてもいいか?」


「……少しだけなら」


 前置きしてからそのまま、恩人シャルの事を、聖に話して聞かせる。


 彼女の出会いや、この世界の事を教えたくれた事や、僕が持っているアイテムは彼女から貰った事などをだ。


 勇者に関しての話は、取り敢えずやめておいた。


「良い出会いがあったのだな」


 話を聞き終えた聖は、両腕を組んで深く納得した様子で頷いているが、何となく僕は心の中でチッと舌打ちしてしまう。


……何か、ムカつく。


 聖は、昔から僕の保護者の様な態度をする時があったのだが、今はその態度が僕を酷く苛立たせる。


 今日は特に苛立つのは、きっと聖の存在のせい。


……駄目だ。

 これは、嫉妬。


 最低な感情を抱いている僕自身に気付いて、自己嫌悪に陥る。


……分かっているんだ。


 この世界に来てから、僕はずっと彼ら・・に嫉妬し続けている。


……あぁ、1人だったら良かったのに。


 そうすれば、旅をしていく内にこの感情も消えたかもしれないのにと。


『ハルトは、幸運じゃな』


 不意に、シャルさんの言葉が脳裏によぎった。


『……幸運?』


『そうじゃ。くだらない魔王討伐なんぞに駆り出されずに済んだのじゃからのぅ』


『……くだらない?』


『何の恩も気持ちもない世界の為に、命投げ出すなんて愚の骨頂じゃよ。……勇者共は何故か嬉々として協力している様じゃが、全く持って理解出来ぬ。まるで、遊びか何かと勘違いしている様じゃが、死んだらお終いなのにのぅ』


『……勇者が死ぬ?』


『当たり前じゃろ。幾ら、身体強化なり治癒力が速くても、そんなの強力な魔術を食らえば、一発でお終いじゃからな』


……あぁ、本当だね。


 あの時のシャルさんの悪戯っぽい笑顔を思い出して、気分の悪い感情がスッと消えていく。


……やはり、貴方に逢えて良かったよ。


 僕は歩みを止めて、空を見上げながら、全身を使って大きく深呼吸する。


「晴人?」


 何度も深呼吸を繰り返しながら、この世界に着いてからの、今までの記憶と気持ちを整理していく。


……うん、もう大丈夫。


 僕は、新しい指針の為に行動あるのみだ。

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