第5話 初めてのお買い物……
「活気があるな。晴人、ここは?」
「……バザーだね。食品が売られているようだ」
城から出た僕達は、貴族街を抜けて、市井が活動する場所へと降りてきていた。
木製の屋台が多く立ち並んでいるその場所は、大声で呼び込みをしている人達や、品物を見ながらあれこれ話し合っている買い物客で溢れかえっていて、聖の言う通り活気に満ちていた。
「ーー皆、楽しそうだな」
僕達は、人混みを避けながら先へと進んで行く。
……予定では、今すぐにでもこの王都から出るハズだったんだけど。
チラリと、後ろから付いてくる聖へと視線を向ける。
初めて見る光景を前に、まるでお上りさんの如く、キョロキョロと忙しなく目を動かしている。
聖の格好は、僕達がこの世界に来る前の素人装備でこのまま王都の外に出るのは自殺行為だ。
……腰に提げている、勇者の剣以外ね。
聖は返そうとしたのだが、王女様が役に立つはずだからと、持って行くのを薦めたのだ。
……恐らくまだ、勇者の力とやらは満足に使いこなせないよね。
幾らチートを授かったといっても、己の身に馴染ませていない力なんて無力に等しい。
僕は当初の予定を変更し、これからの行動を自分1人から聖との2人と考え直し、あらゆる可能性を再度頭の中で構築し、その対応策を計算しながら目的地へと進んで行く。
「晴人、何処へ向かっているんだ?」
活気のあった通りから徐々に薄暗い路地に変わった所で、心配になったのか聖が尋ねてくる。
「……聖の装備がある店に向かっている」
「俺の?……いや、俺はこのままで平気だ。俺には勇者としてのーー」
「……知っている。でも、まだ未熟。だから、装備が必要」
僕の言葉にバツの悪そうな表情を見せる聖、どうやら図星だったようだ。
……当たり前。
この世界に来て、まだ1週間なんだから。
「……それで、僕を守るなんて笑わせる」
「晴人?」
思わず本音が口から出てしまったが、タイミングよく側にいた子供たちの笑いのお陰で、聖には聞こえなかったようだ。
僕は首を振って、何でもないアピールをすると、それを見た聖も頷きを返してくれた。
……本当に笑わせる。
そんなやりとりをしている内に、僕達は目的の店へと到着した。
店の看板は盾のマークがあった。
予定通り、防具屋のようだ。
「晴人、此処は?」
「……防具屋だよ。聖用の盾をココで買おうと思っている」
「盾?」
「……聖の得物は片手剣だよね。もう片方に盾を装備すれば安心」
「いや、だから俺には身体強化の能力がーー」
「……僕を守るんだろう?身体を呈して守るつもりなの?幾ら治癒力が高くても、死んだら意味がないよ」
僕の言葉に、またまた言葉を失う聖が、次第に困惑した表情になり、目の前の友人が、本当に自分の知っている友人なのかと言っているような目を僕に向けている。
……これが、本当の僕だよ。
「……店に入ったら、聖は口を開いてはいけない。返事は、首を振って答えて」
「理由は?」
「……聖は盾に関しての知識は無いでしょ?聖が素人とバレるのは、僕としては都合が悪いから。僕が欲しいのは上級者向けの盾だからね」
「素人と分かると、売ってくれないのか?」
「……この店の主は、自分の作品に誇りを持っているらしいから。使いこなせない相手には、幾ら金を積んでも売ってくれない可能性があるらしい」
「らしい?本の知識か?」
「……違う。僕の恩人の情報」
勿論、シャルさんが教えてくれた知識だ。
「恩人?」
「……入るよ」
僕は、聖の問いをスルーして店のドアを引き中へと入る。
薄暗い店内には、雑多に並べられた、大中小の様々な盾が置かれていたり掛けられていたり。
店内の掃除や盾の手入れは欠かしていないようだが、換気は怠っているようで少し埃っぽい空気が、僕の鼻を擽る。
「ーーいらっしゃい」
カウンター越しの男性が僕らを迎えるが、その目は僕達を値踏みしているようだった。
僕は、聖を見ながら口を開いた。
「……彼用の盾を探しているのですが、合いそうなのありますか?」
僕の問いに、店の男は聖に視線をロックオン。
聖は胸の前で腕を組みつつ、口をかたく一文字にして何となく寡黙な人物を演じている様子。
……そういえば、聖の奴って小学生の時の学芸会では銅像役だったっけ。
因みに僕は、定番の木の役だったけど。
「そうだな。兄ちゃん、力はありそうだから、奥の壁に掛かっているヤツが良いかもな」
店の男は、キチンと聖の事を観察した上で、僕達にお薦めの盾がある場所を教えてくれる。
……スキンヘッドさんなのに、心根は優しい人だったとは。
決して、人は見た目だけで判断してはいけない。
「……有り難うございます」
聖には、その場で待ってもらう事にして、僕は店の男に教えられた場所へと行き、聖に合いそうな盾を探し始める。
棚にはギッシリと盾が積み上がっていて、1枚抜くと雪崩を起こしそうな感じがする為、安易に抜かず隙間越しに見たりしたが、思ったような盾はなかった。
どうしたものかと、視線を壁に掛かっている盾へと向けて、軽く視線を流していくと、目当ての盾がそこにはあった。
壁から外して、その盾の具合いを確かめる。
……シャルさんって、本当に凄いや。
この盾は
当然、その時の僕には盾を使用する気がなかったので、話だけ聞いていたのだけれど、聖が同行することになった時に、改めてこの盾の事を思い出しこの店に行くことにしたのだった。
その盾は、僕が使うには大き過ぎるが聖が使うには、大きさでは問題なさそうで付与の効果も……なるほどしっかり健在なようだった。
重さも、身体強化をしていなくても聖には問題なく持っていられそうだ。
僕は目的の盾を手にして、聖がいる場所へと戻った。
「……聖、これ持ってみてくれる?」
僕が盾を差し出すと、無言のまま聖はその盾を受け取る。
「……どう?重くない?」
聖は僕の言葉を受けて、重さを確認しているのか盾を上下に動かした後に、重くはなかったのか首を振り、そのまま左右に盾を動かし始める。
僕は、盾を動かしている聖を見ながら、重さも使い勝手も問題ないと位置づけ、聖の様子を見ている店の男に向き直り口を開く。
「……これ買います。お幾らですか?」
「ーーえっ!?それ買ってくれるのかよ!」
僕の言葉に、カウンターから身を乗り出しながら、店の男は驚きを見せている。
……ん?何でそんなに驚いているのかな?
「――あぁ、済まねえ。その盾は先々代が作った盾なんだけどよぉ、全然売れなかったからよぅ。まさか俺の代で買う奴が現れるなんて思ってもいなかったからよぅ」
驚いた理由を話しながら店の男、もとい店主は余程嬉しかったのか涙ぐんでいる。
理由は何にせよ、成人男性の泣きを目の当たりにした僕達は、引きつった笑顔を返すしかなかった。
「……お幾らですか?」
「ん?……そうだなぁ、全然売れなかったからなぁ。金貨5枚で良いさ」
この世界の物品の価値が全く分からない僕だが、余りの低価格に驚く。
確かにこの店がある場所は、ある意味マニアックな区域に位置しているが、それ位の収入で成り立つ商売とは思えないのだが。
……この店が、貸店舗ではなく自前なのだとしたら、それも納得できるか。
それに冷静に考えると、この世界の一般家庭の生活費は1ヶ月金貨1枚もいかないのだ。
「……分かりました。では、コレで」
僕は聖に耳打ちして、彼の硬貨が入った布袋を出させて、その中の1枚を取り出しカウンターの上に置いた。
「――って、白銀貨ぁぁぁ!?」
今度は違う意味の驚きを見せる店主に、僕はその理由を話す。
「……これ程に良い盾が金貨5枚なんて安いし、先々代に失礼だと思います。僕には、この盾はこの位の価値があると断言します」
「……アンタぁ」
「……これからも、この店で良い盾を作って下さい。という意味も込めてですからね」
「――応よ!しっかり、作っていくぜ!」
店主がハイテンションのまま、こちらに向かって手を差し出してきたので、仕方なくそれを握り返すと満足そうなその笑顔に「ま、いっか」と思う僕だった。
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