第4話 旅立ち、そして……


「……本当に行かれてしまうんですね」


 僕が、城から出る日。


 見送りは、王女様とアベルさんの2人だけ。


 因みに、アベルさんは王女様付きの執事さんだ。


「……我儘放題で、ご迷惑をお掛けしました」


 僕は、この城で過ごす上で仕方がなかったにしろ、傲慢な態度を取っていたことを、彼女達に素直に詫びた。


 正直、最低な性格悪な奴と、城内では認知されていたことだろう。


……まぁ、そう意図して認識してもらったんだけどね。


「お気になさらないで下さいませ。……ハルト様の御人柄は、勇者様方から聞いておりますし、私も短い間でございましたが、貴方様が優秀なお方と理解しておりますので」


 王女様の側に控えているアベルさんも深く頷いているのが、少しむず痒い。


……この王女様、伊達に王家の人間ではないんだよねぇ。


 人を見る目は確かだし、何より頭の回転が本当に速いのだ。


……まぁ、シャルさんには負けるけど。


「でも、本当に宜しいので?」


「……はい?」


「勇者様方に、ハルト様が出発するのを教えなくて……」


 僕は、彼女の言葉に城に視線を移す。


 白亜のお城で美しいが、如何せんその中身は真っ黒だったりする。


 聖達は勇者修行中だから、その邪魔は憚れた。


「……一生の別れではないですから」


「――姫様。こちらをハルト殿に」


「そうでしたわね。ハルト様、こちらは私共の気持ちです。お受取り下さいませ」


 王女様は、アベルさんから大きな布袋を受け取り、それを僕に渡してくる。


「……これは?」


「当面の生活費と申しますか……ハルト様には大変ご迷惑をお掛けしましたし、せめて不自由ない暮らしを送って欲しいと思っておりますので」


 受け取りつつ結んである紐を解いて中を確認すると、そこには眩いばかりの白金貨がぎっしり詰まっていた。


 この国の通貨は、銅貨・銀貨・金貨・白銀貨・白金貨で、紙幣は存在していない。


 大雑把に日本円に替えて説明すると、銅貨1枚=百円に始まり千円・一万円・十万円・百万円になる。


 この重さの感じだと、ざっと見積もってもは軽くありそうだ。


……この世界の物価だと、確かに一生遊んで暮らせるなぁ。


「……あの、とても嬉しいのですが」


「何か問題でもありましたか?」


 キョトンとした表情で首を傾けている王女様だが、これをお願いして良いものか正直迷うが、でもこのままだと僕も困る訳で。


「……両替お願いしても?」


「――はい?……両替ですか?」


「……果物1つ買った時に、白金貨を渡しますと、僕は店の人に白い目で見られてしまいます」


 不思議そうに僕を見上げていた王女様だったが、例え話を聞いて合点がいった表情に変わった。


「――あぁ!そうですわね!アベル、お願いしても宜しいかしら?」


「……承知致しました」


 僕から布袋を受け取り、城へと引き返していくアベルさん。


……本当に申し訳ない。


 そこへアベルさんと入れ違いに、聖が現れる。


「……聖?」


 僕は彼の格好を見て、不思議に思った。


 聖は、この世界に来た頃の格好と荷物を抱えて現れたからだ。


 勇者に選ばれてから、聖達の服装は肩が凝りそうな豪奢な服を着ていたのだけど。


 ただ見送りに来ただけなら、この格好はおかしい。


「あの……セイ様?その格好は如何されました?あ、洗濯が間に合っておりませんでしたか?それでしたら早急にーー」


「俺も行くことにしたよ、晴人」


 突然現れての発言で、しかもそんな予兆など、微塵も感じられなかった聖に対して、僕は多少戸惑ってしまう。


「セイ様っ!?」


 両手で口元を隠し大きく目を開いたまま聖を見つめる王女様は、寝耳に水をまさに体現していた。


 しかし、そんな驚いている彼女をスルーする聖は、ただ僕を見ている。


……男に見つめられても。

 僕はノーマルだよ、聖。


「……理由を聞いても良い?」


「あぁ、晴人。お前はあの時、離せと俺に言ったのに、俺はお前を巻き込んでしまった。……だから、俺はお前を守ると決めたんだ」


……あぁ、聖はこういう奴だったな。


「というわけで、カリーネ様。申し訳ないが、俺もこの城を出る事にする」


「ですが、勇者様は3人いらっしゃらないと魔王討伐が……」


 王女様に頭を下げる聖に対して、明らかに受け入れるのは難しいと王女様は困った様子だ。


……それにしても、聖。

 王女様を名前で呼ぶくらい距離が縮まっていたのか。


「……一応、先代の勇者は1人と聞いた」


「えっ?……確かにそうですが」


「そうなのか?晴人」


「……先代の勇者は、僕達と同じ日本人だったらしい。記述では、おそらく武士だったみたい。その前の勇者が3人で、そっちはヨーロッパ系だったみたいだよ」


「だから、勇者の武器が3本か」


 自身の持っている剣の柄に、聖は撫でるように軽く触れる。


「……先代の勇者召喚の儀では、巫女の力が弱くて1人しか答えて下さらなかったと聞きましたわ」


 その事についても、書物庫で読んだ本に書いてあった。


 王家直系の女子には、巫女の力が宿るという。


 だがその力が宿る時、魔王も復活すると云われている。


 今の所、それは500年周期らしいが、その力で召喚の儀を行うことができる。


 しかし、その力を使ってしまうと巫女の力は失われるらしい。


……先代の巫女は、身体が弱かったらしいとの記述もあったな。


 自分の世界の問題は、自分達の力で何とかしろよ。と言いたい。


 それで違う世界の人間に助けを求めることは、本当に迷惑極まりない。


……そんな楽、もうさせてやるものか。


 他力本願の世界なんて、いっそ滅んでしまえばいいのだ。


「それなら、勇者は後2人いるから大丈夫だな」


「え!?い、いえ。そういう問題では……」


……鈍感属性主人公だったんだな、聖。


「――姫様」


「アベル?――あぁ、ハルト様への両替が済んだのですね」


 再び王女様は、アベルさんから布袋を受け取り、それを僕に渡してきた。


 受け取った布袋は最初の大袋ではなく、硬貨の種類毎に区別してあるのか中袋が5つ。


「……有り難うございます。お手数をお掛けしました」


 僕は、再度王女様とアベルさんに頭を下げた。


「――姫様、これを」


「……えっ?」


 アベルさんは、僕に渡した物と同じ物を王女様に渡してきた。


「……もしかして」


「陛下が、セイ様の件を了承されました」


 アベルさんの言葉に、ショックを受けている王女様の手は震えていて、布袋を受け取ることが出来ない様子で、彼は仕方がないと思ったのか聖に直接手渡した。


「有り難うございます、アベルさん。お世話になりました、カリーネ様」


 聖もまた、僕と同じ様に王女様に頭を下げる。


 驚きで声が出せずにいる王女様ではあったが、それでも首を振って聖に反応する。


 僕は、彼女に2通の手紙を差し出した。


 首を傾げる王女様に僕は口を開く。


「……1通は隆史と敦弘宛で、もう1通は貴方宛です」


「……私…宛です?」


「……貴方は賢い方です。周りの者がが見えていないモノを、貴方なら見る事が出来る。この先の未来も、貴方なら見えていると、僕は思っています。ですので、僭越ながらそれに伴うアドバイスを」


 僕の言葉に、彼女は大きく頷き、自分宛の手紙を胸に抱いた。


……これなら、大丈夫そうだな。


「……聖、後悔しないか?」


「後悔などするものか。俺はお前を守ると決めたんだからな」


……ま、すぐに後悔する姿が思い浮かぶんだけどね。


「……では、行きます。2人の勇者をどうか宜しくお願いします」


「はい、承りましたわ。……お2人もどうかお気を付け下さいませ」


 こうして、予定外の出来事が起こりはしたが、僕は異世界へと飛び込む事にしたんだ。

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